いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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43 模擬戦第二回目

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「陸さん」

 砂粒と強風に煽られる砂漠地帯を抜け、あとはスピード勝負の区画となった。問題がなければ、残り一時間ほどで首都ダグーに戻れるだろうという頃だった。
 和樹を乗せたフェルディが接近してくる。フレイは少しスピードを緩め、陸と和樹が話せるくらいの距離についた。

「昨日みたいに競走しませんか? フェルディの練習にもなりますし……」

 フェルディに視線を移すと、彼は挑発的な目で二人を見ていた。

「やる」

 即答したのはフレイだった。大丈夫だろうかと彼を見るが、陸の位置ではフレイの後頭部しか見えない。
 フレイが陸よりも先に返答するのは稀だからだろうか、一瞬目を見張った和樹は伺うように陸を見る。
 陸も笑顔で頷いた。

「俺からも是非お願いしたい。やっぱり、競い合える相手がいるとちがうからさ」

 陸の返答に和樹は安堵したように頬を緩める。
 こうしてフェルディ対フレイの勝負が始まった。
 二人は再び距離を置く。少し遠くで風に乗って和樹の歌声が聞こえてきた。
 軽やかなメロディは陸も聞いたことがあるあちらの世界の応援歌。確か、五年前に流行っていたっけ。
 フレイは聞かなくてすむようにか距離を取る。

「よし! フレイ! 今日こそは勝とう!」

「おう!」

 気合十分にフレイはバサリと羽ばたくと加速する。

「残り三十分までは七割くらいの力でいい。バテるなよ」

「大丈夫! まだ六割も出ていない」

 軽く返され、地面を見る。景色がぐんぐんと後ろに引っ張られていく。
 昨日よりも速い。フレイの気合が入っているからだろうか。
 どちらにしろ、いい兆候だ、と陸は止めるでもなくそのままフレイの背中に乗っていた。
 異変が見え始めたのは遠くに首都ダグーのシンボルでもある時計塔が見え始めてからだ。
 フレイのペースが下がってきている。
 隣にフェルディが並んでいるので、致命的なほどではない。けれど、体が上下にブレるようになり、たまに頭を振るようになっている。
 何かおかしい。そう考えていると、フェルディのペースが早まる。この速さでは和樹は歌えなくなっているようだったが、代わりにフェルディの背中を優しくタップしてメロディを伝えているようだった。昨日の間に新しく編み出し、ここぞというところで使えるか試しているのだろう。

「フレイ! 俺達も行くぞ! 羽を動かせ! 体をブレさせるな!」

「おう!」

 叫ぶような返事が返ってくる。
 どこか辛そうだと感じ、眉間に皺を寄せた。

「フレイ?」

「なんだ?」

 ここであえて言うべきかと悩み、口をつぐむ。

「いや、いい。それよりもゴールを目指して飛んでいけ。お前なら出来る。お前の尻尾をフェルディに見せつけよう」

 とんとん、とフレイの背中を叩く。ぶん、と彼のスピードがあがったような気がした。
 今変に何かを言ってフレイに心配をかけたくない。
 フレイならきっと大丈夫。
 彼を信じることにして再び鼓舞をする。
 時計塔が近づいてきた。とっくに夕刻を指している。

「和樹君! 今回のゴールも発着場近くの木でいいか?」

 ドラゴンの発着場は大抵大きな旗を掲げているからわかりやすい。そこから少し離れたところに巨木があった。

「はい! あのオークの木のところでいいですね!?」

 和樹も応える。陸は頭を縦に振って大木を目指し始めた。
 フェルディもフレイも木へと向かってぐんぐんとスピードがあがっていく。

「行け! 頑張れ! あと少しだ!」

 フレイにできるだけ抱きついて空気抵抗を減らす。ばさり、と力強い羽ばたきでフレイは応えてくれた。
 けれど。
 木の上を通過するフェルディの尻尾が見える。
 すぐにその後フレイが通過したが、負けてしまったのはわざわざ誰かにジャッジしてもらうまでもない。
 フェルディと和樹が笑い合う声がする。リズムを伝える作戦が功を奏したのか、フレイの不調によるものだろうか。
 力なくフレイは旋回し、発着場へ向けて羽ばたいていく。

「……フレイ」

 何と声をかけていいのかわからない。
 この結果をどう分析するか陸自身も測りかねているのだ。
 言葉少なく地面に降り立ち、フレイは陸を下ろす。

「……ごめん」

 ぽつりと呟かれた言葉に、即座に返した。

「気にするなって! 本番で勝てればいい。後で二人で対策を練ろう」

 負けた後、よくコーチにかけられていた言葉だった。落ち込んでいる時に意味をなさないのは陸もわかっている。

「……うん」

 案の定、フレイは力ないまま返答する。どうしていいのかわからなくて、陸はその場に立ち尽くしてしまった。
 フレイとフェルディがテントへと入っていき、和樹に声をかけられた。

「お疲れ様です」

「和樹君……」

 ゴーグルを外した彼の頬に跡がついている。
 陸は表情を和らげた。

「お疲れ様。おめでとう」

 出来るだけ嫌味ではないように微笑む。和樹は頬を緩ませ、けれど不安そうにテントの方を見た。

「フレイさん、何かあったんですか? やけに元気がなさそうだったんですが……」

 やはり和樹にもそう思われているのか。陸は肩をすくめた。

「そうなんだよな……。でも、俺には何も言ってくれなくて」

 和樹は眉尻を下げる。

「一時的なものだったらいいんでしょうけど、尾を引くと怖いですね。あと二週間でレース本番ですし……」

 彼もテントに視線を移す。

「フェルディも、二年前にチームを組んだばかりの頃にスランプに陥ったんです。その年のレースは惨敗続きで……。でも、こればかりは僕達ライダーは本人を支えるしか出来ないんですよね。もどかしかったです……」

 彼とフェルディの間にも色々あったのだろう。

 その気持ちは陸もいやというほどわかる。どんなに監督に鼓舞されても、陸本人が走らなければ結果はない。

 あの頃は、監督に何を言われても心には響かなかったっけ、と苦い思いとともに過去を反芻する。

 今の自分はあの頃の監督とフレイの中で同じ位置にいるのだろうか。

 背中に乗って一緒にレースに参加するバディなのだ。そう思うと悲しかった。
 出来るだけ彼の言葉に耳を傾けよう。
 そんな事を考えながら視線を伏せた。
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