いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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45 ハグ

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 陸は外に出ると、フレイの姿を目で追う。はるか上空で、彼はドラゴンの姿で陸が陸上でのトレーニングを基に組み立てた方法で己を鍛えていた。けれど、どこか闇雲になっているようにも見える。
 陸はフレイに向かって大きく手を降る。気がついたら戻ってきてくれるが、今回はどうだろうか。
 フレイはそれから少しして陸へ向かって飛んできた。
 す、と地面に降り立つと、大きな目玉に陸を映す。

「どうしたんだ? 話は終わったか?」

 どうやら、陸とラリが真面目な顔で家に入っていったから、彼なりに気にしていたようだった。

「ああ……。なぁ、フレイ。ここのところ、練習ばかりだったし、たまには遠くに二人でピクニックにでも出かけないか?」

 もっと他に誘い文句はなかったのかと自分でも思う。
 フレイはきょとんと首を傾げた。

「って言っても、クッキーとお茶しかないが」

 陸は手に持っていたバスケットを見せる。先程ラリにお願いして、常備しているお菓子から少しもらったものだった。

「ピクニック? 別にいいけど……」

 不思議そうにしつつも、彼は頷いた。鞍を用意し、乗って飛び立つ。
 以前、フレイが偽物の恋人になろうと言ってきた月光化の群生する丘にある湖へ行こうと提案すると、フレイも異論はなかったようで、あっさりと頷いてそちらへ進路を向けた。
 



 到着すると、陸はまずフレイに人間の姿に戻るようにと告げる。彼は首を傾げながらも木陰に行き、人間になって戻ってきた。
 陸は両手を広げると、フレイを抱きしめる。

「……陸?」

 フレイの戸惑ったような声がする。陸は無視して力を込めた。

「おい、どうしたんだ? いきなり……」

 過去の記憶を色々と探し、愛を感じる瞬間をいくつか思い出した。章介に頭を撫でられた時だったり、美味しい食事を食べさせてもらった時。
 何より、一番に思い出したのは幼少期に、泣いていたら彼に抱きしめられた時だった。
 その時のことを思い出し、ぎゅうぎゅうとフレイを抱きしめる。
 今の彼を通じて、子供の頃の彼に愛を注ぎたいと思ったのだ。

「何をそんなに心配してるのかわかんねぇけどさ、お前ならきっとウィング・クラッシュ・レースで優勝できるよ」

 散々母親に『お前には無理だ』と言われてきた彼に、一つ一つ言葉を染み渡らせられるようにと願いながら告げる。フレイの体が固まった。

「それはフレイの実力あってのものだ。体や顔をで釣ろうとしなくても、お前自身の能力で成し遂げられることなんだ」

 これだけくっついていれば、フレイの心音が聞こえてくる。どくどくと脈打つ鼓動は常よりも速い。陸も同じだった。
 彼を安心させるためとはいえ、好きになっている男に抱きついているのだ。
 体が彼の温かさに反応してしまうかもしれない。
 けれど、陸はフレイに肉欲を伴わない愛情があるのだと示したかった。

「……ラリじぃに何か聞いたのか?」

 フレイの声が震えている。陸は頷きを返した。

「何を聞いたんだ?」

 さらに彼が尋ねてくる。陸は少し考えて答えた。

「何を聞いたとして、今のこの行動が、ラリさんのお話に対する俺の反応だよ」

 まるで子供をあやすかのように陸はフレイの背中を優しく撫でる。

「意味わかんねぇ……」

 フレイは陸の肩に顎を乗せてくる。そうだろうな、と陸も我ながら思う。

 フレイに対し、慈愛のような感情を抱いていた。けれど、それを口にするのは憚られる。本人からしても、放おっておいてほしいと思っているかもしれない。それでも、陸に出来る精一杯の行動がこれなのだ。

「……でも、陸の体温はすっげぇ安心する」

 フレイの手が陸の背中に回される。すぅ、と深呼吸をして、彼はかすれた声を出した。

「……俺が優勝するってことは、陸も優勝するってことだもんな。……俺、自分の優勝もだけど、今すっごく陸を優勝させたい」

 耳元で囁かれる彼の言葉に、一気に体温が上昇する。やり返されたような心地になった。

「がんばろうな、陸」

 フレイが続ける。陸はフレイの頭を撫でて返した。

 しばらくそうしていて、フレイは陸からそっと離れる。今度は陸も引き止めず、フレイと一歩分距離を取った。
 フレイは照れたような顔をしている。耳まで赤かった。きっと陸も同じように頬を染めているのだろう。

「なんか、ハグっていいもんなんだな。初めて知ったかも」

 照れているような彼の言葉に、心が沸騰したような錯覚を抱く。
 肉欲のない愛を示したいと思ったのに、早速恋心がうるさく主張を繰り返すのだ。
 陸はバレないようにと願いつつ笑みを返す。

「またしてもいいからな」

 冗談めかして告げると、フレイの瞳がきらりと輝いたような気がした。

「いいな、それ。じゃあ、また明日もお願いな」

 あっさりと返され、陸は口を引き結ぶ。
 彼の体温が伝わるのは心地いいが、心臓が持つのだろうかと不安になった。






 翌日、何事もなく昼の練習時間が過ぎ去り、本当にするのだろうかと考えていると、就寝前になってフレイは陸の部屋を訪れた。

「ん」

 彼は平然とした顔をして両手を広げる。

「……うん」

 陸は高鳴る心臓を必死で抑えながらもフレイの胸板に近寄った。
 彼の両手が回され、陸を抱きしめ返す。ハグなのだから、と陸もフレイの背中に回した。
 これまではフレイは同じ部屋で寝泊まりをしていたのに、予行練習から帰ってきてからというもの、陸と同じ部屋ではなく、外で寝るようにしているようだった。聞いてみたところ、以前連れて行ってもらった秘密基地とやらで休んでいるという。夏だから、ひんやりとして気持ちいいのだと。
 暫くの間そうしていて、フレイは満足したのか笑顔で離れる。

「ありがと。よく眠れそうだ」

 あっさりとした言い方に、やはり自分の肉欲込みのこの感情は隠しておかなければと思う。あくまでフレイからしたら、親愛の情なのだろう。

「そりゃよかった。じゃあ、また明日」

 陸も出来るだけ軽く返す。フレイは手を振りながら窓から飛び立ち、すぐにドラゴンの形状になって秘密基地へと向かっていった。

 その後姿を見ながら、ぎゅっと陸は己の二の腕を片方の手で握る。

 章介のために戻らなければと思うのに、育っていく恋心がどうしようもなくて、もう少しこの世界にいたいと考えてしまった。

 こうして、寝る前にハグをするのが習慣化してしまい、陸の恋心はどんどん育ち、うるさいほどに存在を主張するようになってしまったのだった。
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