いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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46 会場入り

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 本番まで後二日と迫ってきている。このところ、陸はますますドラゴンライダーとしての楽しさが理解出来るようになっていた。

 今までは手綱を引いて行き先を指示していたが、最近では体重移動も追加して行うことで、よりフレイに直感的にわかってもらえるようになってきた。

 体に風を受けながら、フレイの背中について空を飛ぶ爽快感や、己の足で走っている頃には得られなかった速さは、また別の快楽を感じる。

 もっとこの楽しさを味わっていたい。

 そう思うのに、それはけして言えない。このところフレイは頻繁に陸をあちらの世界に戻すのを頑張ると告げてくるし、ラリも優しい笑顔で早くあちらの世界に戻れるといいですね、と声をかけてくれる。

 当然、章介をたった一人で待たせるわけにはいかないと陸もわかっている。
 それでも、陸は一日一日と過ぎていく時をただただ愛おしいと思い、もっとこの時間の中にいたいと願ってしまうのだった。

 フレイの背中に荷物を乗せる。ラリもドラゴンの形状になり、着替えを乗せたリュックを背中に担いでいた。

 彼も応援のためにスタート地点であり、ゴール地点でもあるダグーに来てくれるのだという。

「今から行けば夕方には到着するでしょう」

 東の低い位置にある太陽を見ながらラリが告げる。この世界も以前の世界と同じように太陽のような恒星が東から上り、西に沈んでいた。

「よし! じゃあ、出発しようぜ」

 待ちきれないという風にフレイが数度羽を羽ばたかせる。ラリも頷いて宙に浮いた。
 これから一年に一度のレースに出るためにダグーを目指す。
 それだけで、陸もにわかに高揚していた。出られなかった箱根駅伝を思い出す。もし、足を怪我していなければ今回と同じような気持ちを抱いていたのだろうか。
 陸はフレイの背中を優しく撫でる。

「絶対、優勝しような」

 ちくりと痛む胸を無視しながら鼓舞する。優勝するということは、陸はあちらの世界に戻るということである。けれど、同時にフレイの力を世に示し、彼の凹んでしまっている自己肯定感を高めるチャンスなのだ。

 フレイ以上に速いドラゴンにたくさん遭遇するだろう。

 けれど陸はフレイをその中で一番にしてあげたいと本気で思っていた。
 そうして、自分に自信を持って生きていって欲しい。
 フレイは少し間を開けて、コクリと頷く。

「おう! 頑張ろうな!」

 朗々とした声が返ってくる。変に緊張していないようでよかった、と陸は胸をなでおろした。






 ダグーではウィング・クラッシュ・レースのために各広場や公園でレースを観戦するために映像が映し出される装置が置かれ、そこで街中の人間がレースに釘付けになるらしい。

 その経済効果は大きく、各都市の宿屋や居酒屋、さらには応援グッズを売る雑貨屋までかなりの儲けを出すのだとか。

 到着すると、ラリは前もって予約していた宿屋へと行く。初日はもう一部屋とってフレイと陸も泊まらせてもらうことになっていた。




 いつも通りに寝る前のハグをし、ベッドに入ったものの、どくどくと心臓が暴れてしまい、結局就寝出来たのはそれから一時間位経ってからだった。いつもは十五分もあれば入眠できる陸からすると時間がかかった方である。
 その日は集合時間から一時間ほど前にラリに起こされ、彼が事前に買っておいたサンドイッチを朝食に腹八分目ほどまで食べた。
 そうして集合場所へと行くと、多くの人で賑わっていた。

「それじゃあ、俺達は受付を済ませてきます」

 陸がラリにそう告げると、彼は一度コクリと頷いた。

「では、私は大広場に向かいます。あそこは実力のある宮廷魔術師が二十人近く待機していて、五パターン以上の大きな映像を空中に投影してくれるという話です」

 以前の世界でのライブビューイングみたいなものがこちらでも開催されるようだった。
 ラリは陸に頭を下げる。

「では、陸さん。フレイをどうぞよろしくお願いします」

「え……、いや、こちらこそ……」

 陸も咄嗟に頭を下げる。ラリは笑みを浮かべて二人に手を振って広場の方へと向かっていった。その足取りは軽く、陸とフレイの出走もだが、このイベントそのものを楽しみにしていると見て取れた。
 それから無事に受付を済ませ、陸とフレイは準備のためにスタート地点へと行く。
 ウィング・クラッシュ・レースには人間にはなれないドラゴンも、竜人も参加する。竜人への配慮として設置されたテントへ変身のために入っていったフレイを待っていると、ふいに背後から知人の名前が聞こえてきて陸は振り返った。

「なぁ、フェルディさん。来年は俺と組まないか? 指示の正確さでは他のやつには負けないぜ」

「あら、私も中々のものだと思うけど? それに、私は歌がうまいから、今の子と同じくらい、それ以上に楽しく空を飛べると思うわ」

 フェルディの右肩には知らない男の手がかけられ、左腕には華奢な女性の手が絡みついている。その真中で彼は眉間にシワを寄せていた。

「何度も言うが、俺は和樹以外の人間と組む予定はない」

「あら? でもその和樹君は異世界人でしょう? だったら、優勝したら別の世界に帰るって言うにきまってるわよ」

 フェルディの言葉にすぐに女性が反論する。彼女に対する返答はさらにフェルディの後ろから聞こえた。

「残念ですが、僕は帰りませんよ。あちらの世界に未練はありません」

 不機嫌な和樹が立っている。
 何事かと見つめていると、彼は陸を見つけたようで、顔に笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、陸さん!」

 小走りで陸の方へ歩み寄ってくると、彼は陸の服の袖を掴んで早足に歩き出す。

「おい、和樹!」

 彼の後ろをフェルディがついてくるが、和樹はあえて無視をしているようで、陸を引っ張ってどこかへ行こうとしていた。

「ついてくるならその人達を追い払ってからにして」

「仕方ないだろう? 勝手に絡みついてくるんだから」

「じゃあ、そのまま相手していればいいよ」

 つん、と和樹は陸を連れて今度こそ早足で歩き出す。何かありそうだ、と陸はそのまま和樹に連れられてジューススタンドの方まで歩いていった。
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