いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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47 バディ志願者

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 更に人に絡まれたフェルディがついてこれていないのを見て、和樹はふぅと息を吐き出す。

「すみません、陸さん……。変なところに巻き込んで」

「いや……、一体どうしたんだ? 随分とフェルディがモテていたじゃないか」

 和樹は肩を落とす。

「異世界人と組んでいるドラゴンは毎回こんな感じです。優勝したら異世界に戻るのであれば、来年はそのドラゴンのバディに自分がなれるかもしれないと思うようで……。特にフェルディは去年三位でした。異世界人と組んでいるドラゴンの中では最高順位です。だから、ああして人が集まってくるんです……」

 彼の顔には困惑とともに嫉妬の色が浮かんでいる。以前はフェルディからの愛に戸惑っている様子だったのに、今は彼の中にもこうして執着を見せるくらいには愛情が育っている様子だった。

「……じゃあ、今回俺達が優勝したら、フレイにもああやってバディ志願者が殺到するのかな」

 ぽつりと陸が漏らした言葉に、和樹は目を丸くして陸の顔を凝視する。

「……陸さん、強気ですね」

 告げられてハッとする。そういえば、当たり前のように自分たちが優勝する前提で話していた。
 けれど、謙遜しようとして考え直す。

「……そうだな。勝つつもりでここにいるから」

 照れて笑ってしまうのは仕方ない。そんな陸を見て、和樹はホッとしたように頬をほころばせた。

「いいですね。フレイさんはもう元気になったんですか?」

 強者の風格というのだろうか、陸がやる気なのを純粋に悦んでくれているようだった。
 陸は大きく頷いた。

「ああ。何があったかはわからないが、今のフレイはやるぞ」

 和樹も口角をあげる。余裕そうな顔に、早く戦いたいと気が逸った時だった。

「おい……」

 和樹を引き寄せるように後ろから引き、自分の腕の中に収めたフェルディが威嚇してくる。

「フェルディ……。もうあの人達は行ったの?」

 和樹の声が再び不機嫌に戻った。

「金輪際近づくなと言っておいた。いいか? 何度も言うが、俺は和樹しか背中に乗せたくない。それに和樹は戻らないんだからバディ解消もありえない」

 陸に接する態度と違い、相変わらず和樹に対してはこの黄色の髪を持つ竜人は必死になって機嫌を取ろうとする。
 和樹は眉尻を下げた。

「……わかってるけどさ」

 現在和樹は十八歳である。うまく精神のコントロールがしきれないのだろう。

 陸だって人のことは言えない。

 自分がいなくなった後のフレイのことを考え、気分が落ち込んでしまった。
 優勝し、バディが解消された後のフレイならばきっと引く手あまただろう。自分以外を乗せて空を飛び、またウィング・クラッシュ・レースに出るのかもしれない。

 毎晩のようにしているハグだって、その新しい相手ともするのだろうか。自分を相手にしているように、フレイは全幅の信頼をその相手に寄せるようになるのだろうか。

 嫌だと思ってしまう。

 俯いて黙り込んだ陸に和樹は伺うような視線を向けてくる。陸は慌てて笑顔を取り繕った。

「そろそろフレイのところに戻るな。お互いに健闘出来るように願ってる」

 告げて、陸は二人のもとから去る。後ろでは少しの間言い争う声が聞こえてきていた。







 スタート地点である広場に行くと、ドラゴンに変身したフレイもいて、どこか居心地悪そうにしていた。渡されたはずの胸のゼッケンを付けておらず、手に持っている。
 もしかして、と思った。

「フレイ」

 声を掛けると、彼はホッとしたような顔をして振り返る。

「よお……、遅かったじゃねぇか」

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 わかっていつつも尋ねると、彼は視線をそらした。

「なんか……、さっきから優勝したら次は自分と組もうってやつらが来てて……」

 どこか戸惑っているようだった。

「……よかったじゃないか」

 ついつい声が低くなってしまう。こんな顔を見られたくなくて、自然に見えるように背を向けた。フレイは不満そうな声を出す。

「どこがだよ。優勝してもいないのに、んなこと考えられねぇって」

「でも、いつか考えなければいけない問題だろう」

 苦笑しつつも、胸の中がもやもやする。フレイは肩を落とした。

「優勝しても、陸と一緒に飛んでいたい……」

 彼の言葉に振り返り、凝視する。くりくりとした大きな目玉がじっと陸を見つめていた。

 フレイはこれまで散々陸に愛していないのに愛していると告げてきた。今回もそうなのだろうかと思ったが、真面目な顔は本気のようだった。

 どうやら自分はバディとして、フレイに好かれているようだ。

心臓がトクトクと高鳴っていく。嬉しいと思ったし、それを自分も心の何処か奥底で望んでいる。

「……そうなったら、楽しいだろうな」

 子供向けアニメのように、どこにでも行けるドアがあればいいのに、と思った。いつでも好きな時にあちらの世界とこちらの世界を行き来できればいい。
 
 そうしたら、章介に生活の基盤をこちらに移すと告げて、こちらで生活できるようになる。彼に会いたくなったら会いに行けばいい。章介からも、会いたくなったら話しに来てくれたら素敵だし、きっと章介はラリとも馬が合うだろう。
 
 そんな妄想を繰り広げていると、ふいにフレイの視線を感じて顔を上げた。ドラゴンの表情は心情を読み取りづらい。何を考えているか読めない表情でじっと陸を見つめた後、彼は鼻筋を陸の額に押し当て、ぐりぐりとこすりつけてきた。

 大きな生き物にじゃれつかれているようで非常に可愛らしい。
 
 そんなことをしていると、出走三十分前になったというアナウンスが流れ、部外者は広場から出ていくようにと指示された。
 
 フレイと陸は配られていたゼッケンをつけ、番号通りの位置へと行く。

 地面に直径三メートルほどの円が描かれており、その中に入って順番を待つことになっていた。陸は縦横に並ぶ人々を見渡し、これほど多くのドラゴンとライダーがいることに口をぽかんと開けた。以前の草レースの三倍近くの人数がいるのだ。

 和樹とフェルディはいるだろうかと探したところ、少し前の方にいるようだ。陸たちよりも順番は三つほど若いだけのようですぐに見つかった。

 未だに二人の間にわだかまりがあるのか、ドラゴンの姿になったフェルディが必死に和樹に何かを言い続け、和樹はつんと唇を尖らせて聞き流している。
 フレイは緊張していないだろうかと隣を見る。案の定、体を固くして落ち着きなくキョロキョロと視線を泳がせていた。

 ずっと望んでいた出走だもんな、と陸はフレイの手を取る。鱗に覆われた手は大きく、鋭い爪がついていた。

「これまであんなに頑張ってきただろう?」

 ぐぅ、と空色のドラゴンは首を短くした。

「……そうなんだけどよ。やっぱ、緊張するもんなんだなぁって」

「まぁ、正直俺も緊張してる。こんなにいるのに、優勝できるのは一チームだけなんだよなって……」

 びくり、とフレイの体が震える。陸は彼の顔を引き寄せた。耳らしきくぼみのあたりに口を近づける。

「その一チームになってやろうぜ」

 フレイは少し固まり、こくりと頷く。
 騎乗してくださいとアナウンスが流れたので、陸はフレイの背中に乗った。
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