いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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48 ウィング・クラッシュ・レース本番一日目

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 市長の言葉や去年の優勝者のスピーチなどの開会式が終わり、やっと出走の時間になった。

 笛から発せられるピッといった短い音の後、フレイは地面を蹴って飛び立つ。同じように周囲のドラゴンが我先にと空に舞っていった。

 一日目のダグーからサバンまでの道のりは最初に平坦区間があり、そこからは山越えである。

 フレイは直線に強い。山越えは高度制限があるものの、曲がりくねった場所ではないので、一日目に時間を稼いでおこうとあらかじめ決めていた。

 陸は前に向かって飛び始めたフレイの体にひっついて空気抵抗をできる限り少なくする。

 思っていた通りフレイは実力を伸ばしており、フェルディを含めた他のドラゴンをどんどん置き去りにしていった。

「おい、フレイ! まだ五割位の力でいいんだからな? これからゴール地点まで四時間近くあるんだから」

「これで四割だ。わかってるだろ?」

 確かに、フレイの実力はまだまだ発揮されていない。

 しかし、本番には「魔物」が潜んでいる。

 焦燥感や緊張といった心身の異常を、陸は総じてそう呼んでいた。その魔物に飲み込まれると、ゴールに到着するころには疲労困憊し、順位も伸び悩むという体験を何度もしている。

 周囲にいるのは逃げ切り型のドラゴン達だろう。そんな彼らと同じような速度で本当に大丈夫だろうかと思いつつ、フレイの飛び方に緊張や無理が見られない。

「不思議なんだよな。さっきからやたら体が軽いんだ。いつまででも飛んでいられるような気がする」

 フレイの声が弾んでいる。ふいに、昔、陸よりも年下で駅伝のメンバーに選ばれていた後輩の言葉を思い出す。

 本番になったらやたら体が軽くなる、と。

 そんな彼は本当に楽しそうに走っていたし、記録もどんどん出していっていた。

 フレイもそちら側の人間なのだろうか、と考え無性に羨ましくなった。陸はと言えば、本番では緊張し、うまく力が出せないことのほうが多い。

 だから、自分はプロになれないだろうし、大学を卒業すれば陸上は止めてしまうつもりでいた。

 フレイの鱗を撫でる。太陽の光が反射し、キラキラ輝いていた。

 平坦区間を抜けた頃も陸達はトップ争いの集団の中に入っていた。
 ウィング・クラッシュ・レースはこの大陸でのドラゴン騎乗レースの最高位に位置し、一位となると名実ともにその年一番速いドラゴンとなれる。

 その場所でトップ争いを繰り広げているのだ。

 信じられないような気持ちになりつつも、まだ先は長いのだからと気を引き締める。

 この区間が終われば次は山岳地帯だ。高度制限を示すために、上の方にレーザーのような光の線が魔術師によって作られた。あれに当たると減点になるという。自然とどのドラゴンも高度を下げていった。

 すると、今度は山によって道が狭められてしまい、ドラゴンが密集して走りづらくなる。

「体力はどうだ? 体は冷えていないか?」

 フレイに声を掛ける。

「おう! ぽかぽかしているし、体は軽いままだ。まだまだどこまでも走れそうだ」

 軽やかな声が返ってくる。周囲のライダーが横目で彼を見た。他のドラゴンには多少なりとも疲労の色が見えているのに。
 先頭集団にフェルディ達はいない。未だ体力を温存しているのだろう。
 陸は飛行用に改良を加えたスーツを着ている。とにかく冷えに対しての対策が取られており、体に密着する服の下に、毛皮を縫い付けていた。

「よし。なら、今のままのペースでいこう」

 高度制限を守ると谷に沿って走らなければいけないので自然と蛇行する。

 前回、和樹たちと模擬練習をした日から陸達は蛇行飛行の特訓をした。

 手綱を引っ張りながら体重を移動する。すると、まるでフレイが自分の体の一部であるように思ったとおりに動いてくれた。

 話さなくてもわかりあえる空間に心が跳ねていく。

 こうして二人はあっさりとトップに躍り出て、残り数百メートルの平坦区間へと入れたのだった。

「すげぇ! なぁ、陸! 俺達今、ウィング・クラッシュ・レースで首位独走してんだよな?」

 フレイの興奮した声がする。陸も口角をあげつつ、彼の背中を撫でて返した。

「ああ。言っただろ? フレイなら出来るって。さぁ、あとは合図を送ったら全速力だ。いけるか?」

「もちろん!」

 開けた地形に入り、遠くにサバンの街並みが見えてきた。大きな時計塔は見覚えがある。
 街の前に、ゴール地点の光の柱が見えた。後はあれを目指して走っていくだけだ。
 フレイは羽を大きく羽ばたかせる。心做しか速度が上がったような気がする。
 あと二十分ほどで到着するだろうか、と背後を振り返る。少し離れたところにドラゴンたちが追ってきていた。ここから多くのドラゴンがラストスパートをかける。

 練習により、フレイの全速力は十分は保つようになっていた。

 本番効果で今日はさらに飛べるだろうか。

 うず、と陸は手綱を握る。背後から次第に羽音が近づいてきた。
 以前はそわそわと陸の合図を待っていたフレイが今日はやけにおとなしい。信頼し、今できる全力を出してくれているのだろう。
 ばさり、とすぐ後ろに羽音が迫ってきている。

「よし! 行け!」

 体を下げ、フレイにできる限り密着させる。ほぼ同時にフレイは大きく羽ばたき、速度をあげた。風がスーツ越しに陸に打ち付ける。期待していた通りの風圧に、つい頬が緩んだ。
 ゴーグルをしていなければきっと目を開けていられなかっただろう。
 ぐんぐん街が近づいてくる。振り返る余裕なんてない。けれど、羽音が遠ざかっていくのを感じる。

「がんばれ! あと少しだ! お前なら行ける! トップだ! 一日目の優勝はお前のものだ!」

 腹の底から出した声も風にかき消されていく。フレイには届いていないかもしれない。それでも彼の速度がどんどんあがっていき、あっという間にゴールに到着したのだった。
 地面近くで爆竹が鳴らされ、ファンファーレが吹き鳴らされる。

「初出場のフレイ&陸ペア! 一日目ゴールを切りました!」

 アナウンサーの声が地上から聞こえてくる。
 人間が全速力で走った後にすぐには止まれないように、フレイもそこから少し行ってから旋回し、ゴールに降り立った。
 陸は自分とフレイを繋いでいるベルトを取り、フレイに抱きつく。

「よくやった! 一着だ! ウィング・クラッシュ・レース一日目で、お前は一位になったんだ!」

 ぐりぐりと額を彼の鱗に擦り付ける。フレイは大きな口を開けて、はぁ、はぁと全力で息をしていた。

「一位……」

 フレイは呆然と周囲を見渡す。二位争いを繰り広げたドラゴンたちが続々とゴールに到着し、地面に降り立ってきていた。

「一位……、俺が一位……」

 彼の声が震えている。次第に実感が湧くようになってきたらしい。眼の前には空中に映像が投影され、それぞれの到着時間を表示している。

 フレイと陸のゼッケンに書かれている番号を確認すると、一位と表示されていた。二位に二十秒近い差をつけている。
 フレイが唇を引き結び、陸を抱きしめ返してきた。

「やった! やった! すげぇ! 今日はまるで何かに引っ張られているみたいだった!」

 陸を抱き潰さないようにしてくれたのだろうか、フレイは彼から離れる。
 サバンの発着場はあまり広くない。到着した竜人は早く人間の姿に戻ってほしいというアナウンスを聞いてフレイは陸から離れてテントへ向かった。

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