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49 インタビュー
しおりを挟む一日目の優勝者ということで、陸と人間の姿に変身し着替え終わったフレイはレポーターの女性に感想を聞かれることになった。
目玉がついたモンスターも一緒に居て、彼の目から見た光景が空中に浮かんでいるモニターに映るので、今モニターにはフレイの顔が大きく映し出されていた。
「おめでとうございます! 一日目一位のご感想は?」
複数の目玉モンスターに取り囲まれ、居心地が悪い。けれどフレイは得意そうな顔をしてニコニコと笑っていた。
「嬉しいです! この調子で優勝目指して頑張ります!」
彼がそう答えると同時に、レポーターは怪訝そうな顔をしてフレイを凝視していた。
「あれ……? あなた、どこかで見たことがあるような……」
彼女の言葉に、フレイは真顔になる。すぐにレポーターは思い当たったようだった。
「もしかして、フロイデさんの息子さんですか? たしかこの大会に出場しているという情報が入っていますよね」
陸は黙って事の成り行きを見守っている。フロイデについてはラリに軽く聞いていた。
「……まぁ」
フレイが肯定する。しぶしぶ認めると言った様相だった。
女性レポーターが顔を輝かせる。
「そうなんですね! さすが、遺伝子のなせる技といいますか、他のドラゴンの追随を許さない速さでしたね!」
目に見えて顔をしかめた眼の前の竜人に気がついていないのか、彼女は更にまくし立てた。
「お父様はお喜びになっていらっしゃることでしょう。やはり、フロイデさんに稽古をつけてもらったのですか?」
「彼は何もしていません。俺に稽古をつけてくれたのは陸です」
硬い声を出しつつも、フレイは陸の肩を引き寄せた。いきなり会話に引きずり込まれて陸は目を白黒させる。
「そもそも、彼とは滅多に会いません。遺伝子はもらいましたが、教育という意味では俺の恩人はこの陸です」
真顔の彼は怒っているのか、迫力があった。気圧されたようにレポーターは目を数度瞬かせると、今度は陸に顔を向けてきた。
「そうなんですね! では、あなたがコーチ兼ライダーということでしょうか? おめでとうございます!」
相変わらずの明るい調子である。一瞬場の空気が凍えたが、さすがの対応力だと思った。
「あ……、ありがとうございます。それもこれも彼……、フレイのおかげです。引き続き優勝できるように頑張ります」
笑顔の陸に、レポーターは手帳を見ながら続けた。
「タカナシ……、リク……、あ、もしかして異世界人ですか?」
う、と言葉に詰まる。とはいえ、名前からわかってしまうのだろう、陸はとりあえず頷いておいた。
「そうなんですね! 異世界人は上位入賞者の常連ですし、今年もますます熱いレースを期待しております!」
話を切り上げ、レポーターは目玉モンスターにまとめの口上を述べる。どうやら次は二位のバディに話を聞きに行くようだった。
「……わざわざ言わなくてもいいのに」
フレイは唇を尖らせている。
「陸が異世界人とか、俺の父親の話とかさ」
到着した順に解散していいらしく、フレイは陸と一緒に宿屋へと向かった。予約していた名前を告げ、鍵をもらうと部屋の中に入り、二人きりになる。
「嫌なら答えなくていいんだけど、フロイドってのがフレイの父親の名前なのか?」
尋ねると、彼は目に見えて顔をしかめた。荷物を床に置き、ベッドに腰掛ける。陸も同様にもう片方のベッドに座った。
「まぁな……。でも、渋々認知した上にラリじぃのもとに預けただけの人だから、数えるくらいしか会話をしたこともない」
吐き捨てると、彼はベッドに横になる。まだ夕食には時間があるから寝ていくつもりらしい。
「フロイドってのは何をした人なんだ?」
これ以上聞かないほうがいいだろうかと考えながらも尋ねる。このあたりはラリにあまり聞いていない。
彼は答えてくれた。
「三年連続でウィング・クラッシュ・レースに優勝した人」
なるほど、と思う。その彼が娼婦だったフレイの母を抱いて出来たのが彼なのだろう。
そこで、ラリに聞いたように、彼の自尊心が叩き折られ続けた結果、今のフレイが出来上がった。
「遺伝子とか言われても、アイツに育てられたこともないのにピンと来ねぇよ。あのレポーターはまるで、他の人との差異を見つけて、安心したがっているみたいだ」
はぁ、と彼のため息が漏れる。確かに、陸が異世界の人であることを強調したあたり、そうした感情は感じられた。
けれど同時に、それがこちらの世界の人間に求められている情報なのだろうとも陸は思っていた。
駅伝にいた海外からの留学生たちを思い出す。陸だって、あちらの世界にいた頃は留学生達が新記録を叩き出すのを見るたびに、自分とは違うのだからと考えそうになり、必死にその考えを打ち消していた。
陸はそっと立ち上がり、フレイに近寄る。
「遺伝子がどうであれ、一位という場所は努力した人間しか立つことが出来ない。フレイが頑張ってきたことは俺が知ってるよ」
彼の頭を優しく撫でた。実際、フレイは陸が考案した厳しいトレーニングについてきて、泣き言も言わなかった。
ぴくり、とフレイが動き、ゆっくりと起き上がると陸の顔を正面から見つめてきた。
「……陸の言葉は、いつだって甘いな」
「え?」
真面目な顔に、何と応えていいかわからなくなる。更に彼が続けた。
「ラリじぃがたまに作ってくれる砂糖たっぷりのお菓子みたいだ。……ずっと聞いていたくなる」
彼の瞳が少し潤んでいる。鼻の先端も赤くなっていた。どうやら陸の言葉はフレイの心に届いてくれたようだった。
「……なぁ、ずっとこっちにはいられないのか?」
真面目な顔に唇を引き結び、咄嗟に視線をそらした。
「もう少し、一緒にいてくれないか? それで、帰りたくなったら優勝するからさ……」
眉尻を下げ、懇願するような瞳で見つめられる。陸はフレイのこの顔に弱い。何でも言うことを聞いてあげたくなるし、お願いされている内容がこれでなければ、頷いてしまうところだった。
何より、陸自身がこちらの世界にもう少しいたいと望んでしまっている。
フレイの背中に乗って順位を競い合うのを楽しいと思う。ラリと一緒に牧場で働き、牛と触れ合っていると癒やされるし、フレイの成長を我が事のように嬉しく感じ、彼が輝く姿をもっと見たいと願ってしまう。
「……俺」
何と答えていいのかわからず、数度口を開けしめする。
フレイがじれたように口を開いたその時だった。
ドン、ドンドン。
扉が何度も叩かれる。
「すみません、ここにフレイさんはいらっしゃいますか?」
焦ったような声はここの宿屋の店員のものだった。
慌てて立ち上がると陸は扉を開ける。まだ十代に見える店員が立っていた。その後ろにはこの街の職員のバッジをつけた二十代後半のように見える女性がいる。
「フレイさんですか?」
彼女はフレイのいるベッドへと足を向ける。
「ラリさんと同居している、フレイさんでよろしいですか?」
確かめるように尋ねられ、彼はコクリと頷いた。
宿屋のチェックインの際に個人情報は渡していたのでそれで知ったのだろう。
女性は安心したように息を吐き出した。
「私はこの国の国営病院に勤めている事務員で、病人やけが人が出た時に身元引受人に連絡を取る仕事をしています。現在、ラリさんが倒れられ、意識不明の状態にあります」
「え……」
いきなりの言葉に陸もフレイもぽかんと口を開けた。
「他の親族に連絡しましたが、皆忙しいということで……。念の為フレイさんにもこうしてお声がけをしているという次第です。一旦、一緒に来ていただけないでしょうか」
彼女の顔は真剣で、嘘をついている様子ではないと悟る。フレイを見ると、彼も真面目な顔で頷き返していた。
当然陸もついていくことにして、彼女に案内され、サバンの病院へと向かったのだった。
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