いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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50 ずっと一緒にはいられない

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 病院の内部には通話室と呼ばれる部屋があり、陸たちはそこに案内された。四畳ほどの小さな空間の中央に、机と椅子が置かれているだけの簡素な作りだった。机の上には昼間に見た目玉のついたモンスターが乗っており、その隣には石でできた白い板がこちらに向けて立てられていた。

 陸とフレイは四つあるうちの二つの椅子に座り、その向かい側に事務員も座った。
 彼女が石板に力を送ると、淡く白い光を発し、まるでテレビのように映像が映し出される。
 あちらの世界で言う、テレビ通話のようなものなのだろうと陸は理解した。

「もしもし……。こちら国立中央病院サバン支部です。……はい。ラリさんの件です」

 首都でありスタート地点でもあったダグーの本部と繋がっているのだろう。向こうはひどく騒がしかった。祭りをしていると言うし、けが人や病人も普段より多く運ばれてきているのだろう。
画面が一瞬ホワイトアウトし、次に映像が映し出された時には、ラリの姿が一面に現れた。

「ラリじぃ!」

「ラリさん!」

 二人の声が重なる。目玉モンスターを通じた視点のようで、ラリの顔は右斜下から映し出されていた。同じようにフレイと陸の姿もこうして目玉モンスターがいる左下から映されているのだろう。
 ラリは困ったように眉尻を下げていた。

「ああ……、フレイに陸さん。この度は心配をおかけしました」

 陸はラリの様子を注意深く観察する。

「周りの熱気に当てられて、熱中症になってしまったようです。先程目が覚めました」

 彼は力なく笑っている。フレイは複雑そうに唇をモゴモゴ動かしていた。

「もう大丈夫なんですか?」

 陸は身を乗り出す。

「ええ。すぐに治療術師に治してもらえまして……。本当になんてことない話なんで、連絡までしてもらわなくてよかったんですが……」

 陸とフレイがこのレース期間中に泊まる場所はウィング・クラッシュ・レースの本部に連絡しているので、そこを通じて二人の居場所がわかり、宿にまで連絡に来てもらえたようだ。
 これにはあちら側に控えているらしき看護師が答えていた。

「念の為です。ラリさんはもう九十歳近いのですから、万が一のことがいつ起こってもおかしくないんですよ」

 ラリが九十近いと聞いて陸は内心驚く。しかし、フレイがひ孫と言っていたし、言われてみればそう見えなくもない。

「ラリさんは本日はこれで帰っていただいて結構ですが、一週間ほどは自宅で休養をとってくださいね。特に、ここのところの暑さはラリさんの年頃の方には酷ですから」

 実際に、夏が近づいてきて徐々に暑さがましている。
 あちらの世界の日本の酷暑ほどではないが、老体には堪えたのだろう。
 ラリはどこか煩わしそうにしながらも、この場で看護師に逆らうのは得策でないと思ったようだった。

「そんなわけじゃから、私は宿屋で大人しくしておるよ。陸さん、これからもフレイをよろしく頼みます。フレイ、一日目一位おめでとう。お前ならきっと優勝すると信じておるよ」

 温かい微笑みを浮かべ、彼との通話が終わる。
 ラリが無事で安心し、陸は胸をなでおろす。けれど、フレイはやたら俯いて考え込んでいるようだった。






 夕食を終え、宿に戻ってもフレイの口数は少なかった。

 フレイは何も言わずにベッドに横たわっている。陸は淹れたお茶をサイドテーブルに置き、ベッドの上に座ったまま、じっと正面の壁を見つめていた。

 無言が続くものだから、陸は章介に思いを馳せていた。もし彼が倒れたらどうなるのだろう。親戚はいるようだったが、彼に引き取られてからというもの、これといった付き合いをしている様子は見たことがなかった。

 陸がいれば真っ先に連絡が来るだろうが、そうでない場合はどうなるのだろう。そもそも、あちらの世界での陸は現在どのように扱われているのだろうか。

 おそらく失踪扱いになっているだろうし、章介も心配しているに違いない。
 彼は今独りでいるのだろうか。きっと寂しいだろう。
 唇を引き結び、次から次へと湧いてくる嫌な予感を消したくて頭を振った。

「……悪い」

 フレイの声に彼の方を見ると、彼は陸に背中を向けたままだった。

「俺、軽率なこと言った」

 彼の声がすっかり低くなっている。陸は無言で彼の次の言葉を待った。

「……戻りたくなったら優勝したらいいとか、そういう問題じゃないんだよな。陸は本来あちら側の人間で、じいちゃんが待っているんだろ? 戻らなくちゃ、いけないよな」

 ざわざわと胸が波打つ。陸はフレイから視線を外すと、己の膝当たりを見つめた。

「……そうだな。じいちゃんには、俺がいないと……」

「うん……。きっと、心配していると思う」

 ラリが倒れたことで、フレイも章介について思いを馳せたのだろう。

 彼の言っていることも、陸がやはり戻らなくてはいけないと考えたことも、正しいことだし、今後もそのつもりで動くのは変わりない。

 それでも、胸が引き裂かれんばかりに痛かった。

 視界がにじみ、そんな顔を見られたくなくて寝る準備も終わらせていないくせにベッドに入る。まだ寝るには早い時間だったが、フレイも気を利かせてくれてランプの明かりを消してくれた。

 真っ暗になったが、目が冴えて眠れそうにない。もぞもぞと衣擦れの音がするから、フレイもきっとそうなのだろう。

 ふいに、陸が二度と走れないと病院で告げられた日のことを思い出す。

 生きてくれていただけでいい。章介はそう言ってくれていた。

 今は章介からすると、陸が生きているかどうかもわからない状態である。きっと気が気じゃないだろう。

 早く帰らなくては。後二日だ。

 そう考えるのに、こちらの世界にいられなくなるのをひどく寂しいと思ってしまう自分がいて、そんな自分が薄情な気がして、いたたまれなかった。
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