いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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52 海を見に行こう

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 落ち着いた声に導かれ、フレイは正面を見る。複数のドラゴンの尻尾が見えていた。

「山岳地帯はあと数分で終わって、まずは海が見える。今日は雲一つない晴天だから、きっと波が光を跳ね返してキラキラ輝いているはずだ」

「え」

 いきなり何を言うのだ、と思いつつも周囲の景色を観察する。
 山の向こうに広大な海が姿を表しつつあった。

「海を見に行こう。お前と同じ空の色を反射した海が、この高さなら綺麗に見える」

 そうだろうか。考えながらも、すい、と翼を羽ばたかせる。ぐん、と前に進んだ。さらに海が近づく。

 フレイからすると、空の上から見る海はこれといった思い入れのないものだった。けれど、今、陸の口から告げられた言葉に、むしょうに海を見たいと思ってしまった。

 また羽ばたく。前に進む。羽ばたく。進む。

 繰り返していると、先頭集団の中に戻っていて、一面の海が姿を表した。

 遠浅なのだろうか、エメラルドグリーンの水の奥に砂浜が見え、海にまだら模様を作っていた。近くは青と緑を混ぜたような爽やかな色彩で、遠くへ行くにしたがってフレイの体の色よりも濃いオーシャンブルーへと徐々に色を変えている。

 上空は澄み切った青空が広がっており、遠くに入道雲が点在していた。空の色を映し出した海の水面には太陽の光が跳ね返り、波の形状に輝いている。その中を縫うように、波によって削られた縦に細長い島々がそびえ立ち、周囲を海猫が飛び回っていた。

「……綺麗だな」

 思わず呟く。とんとん、と二度ほど陸がフレイの背中を優しく叩いてくれた。

「さぁ、障害物レースの始まりだ。まずは高度を落とそう。あの光のラインよりも下にいかなくてはいけないらしい」

 予行練習では当然存在しなかったが、本番では魔術師により光の線が作られていた。目の前を飛ぶ数匹のドラゴンはすでに降下する姿勢に入っている。

 フレイも遅れないようにと羽を水平にすると下へ向かった。風が強くなる。向かい風だった。

 その中を細長くエメラルドの色をした優美なドラゴンがすいすいと進んでいく。去年の覇者だ、と思い出した。フェルディはその後ろについている。

 荒削りな自分では、あんな飛行はできないだろう。

 それでも、とフレイは背中の重さへ意識を集中させる。陸が体重を傾けた方へと飛んでいった。

 飛行の間、多くのドラゴンは飛ぶことに集中し、テクニカルなことは二の次になりやすい。

 そこで、今回はフレイは陸に全てを委ねることにしたのだ。陸ならば理想的なコースをとってくれる。自分は彼の指示に従っていればいい。

 彼に全幅の信頼を寄せ、その分自分は飛行に集中出来るのだ。

 陸は運動に対する感度がいいのか、体重移動によりフレイに指示を送る方法を早々に習得した。結果として編み出したこの飛行法は有用だったようで、フェルディ達を抜かせないものの、大きく離されることはなかった。

 細かく神経を研ぎ澄まし、島に当たらないように、高度制限を破らないように進んでいく。いつも聞こえてきたら焦ってしまう和樹の歌声すら今は気にならなかった。

 次第に炎の輪が見えてくる。ラリの家ほどの大きさしかない輪は、ドラゴンであれば一度に四匹通過するのが限度である。

 これも陸の操縦に従ってくぐっていく。細かい動きが要求され、何度も炎に接してしまいそうになったが何とか抜けられた。

 そうして飛ぶこと数十分。ついに難所を超えられた。あとはひたすら横風に耐えながらも海の上を進んでいくだけである。

「よくやった! フレイ! 四位にまで上昇したぞ!」

 がしがしと陸がフレイの首の付け根あたりを撫で回してきた。ふいに周囲を見ると、一位と二位は去年の覇者とフェルディが並んでいたが、前にあと三組ほどいたバディたちがいなくなっており、他に一組のドラゴンとライダーがいるのみだった。

「苦手な蛇行運転をよく頑張ったな! あとはしばらく直線コースだ。追い込みに向けて体力を回復させろ」

 がしがしと鱗越しに感じる体温は、最近では胸の底がくすぐられるような感覚がするようになった。言われた通り少しずつ前から離れない程度の速度に落としていった。

 戦略としては皆同様にしているのか、徐々に全体のスピードが落ちてくる。
 あとは前に向かって飛ぶのみなので、思考する余裕ができてきた。少し前からは風にかき消されながらも和樹の歌声が聞こえてくる。ふいに視線をそちらに向ける。前にも聞いた黄色いセンスイカンの歌だ。

 センスイカンとは海の中を進んでいく、あちらの世界にある乗り物と陸に聞いた。海の中を進んでいく黄色い乗り物と、フェルディの黄色い体が和樹の中で被ったのだろう。

 陸のいた世界に思いを馳せる。自分の知らない技術がたくさんあり、風習も文化もこちらの世界とは全く違うようだった。

 優勝したら、その世界に陸が帰っていく。

 ずきりと再び胸が痛むようになってしまった。考えては駄目だ。今は前進することに集中しなければ。

 それでも、再び浮上した考えは消えてくれない。

 フェルディの揺れる尻尾を見る。

 風の空気抵抗で揺れているのかと思っていたが、あれはどうやら上機嫌だから振っているらしい。和樹と一緒に飛べるのが楽しいのだろう。その前を飛んでいるエメラルドグリーンのドラゴンの尻尾も同じように揺れている。どうやら彼らも和樹の歌に耳を傾けているようだった。

 上位二つのペアは純粋に飛行を満喫しているようだ。当然だ。優勝してもペアが解消されることはないのだから。

 初めてフレイは、フェルディを羨ましいと思ってしまった。

 それからも走行は続き、ついに最終地点であるミリアの街並みが見えてきた。先頭集団にフレイもなんとかついていっている。とはいえ、順位を落としてしまい、五位にまで下がってしまっているが。

 疲労が体中にまとわりついているようで、体が重く感じられる。うまく羽を動かせない。寝不足のせいもあるが、メンタルの不調が一番の原因だろう。

「大丈夫か? ラストスパートかけられるか?」

「当たり前だ! 後ろからもどんどん他のドラゴンが来ているんだからな」

 実際、背後に他の集団の気配も感じつつある。
 まずは四位にいたドラゴンがスピードをあげた。ここからあと二十分は飛ばなければならない位置である。彼らに触発され、つい体の筋肉がこわばる。

「まだだ!」

 陸が声を掛ける。ぎこちなくフレイは一度羽ばたいた。

「わかってる」

 言いながらも、彼はよくわかったな、と内心で舌を巻いていた。きっとフレイの不調もばれているだろう。

「これまでにも、寝不足で飛ぶ時はあっただろう? 体調が整わない時は無理をしないのが鉄則だけど、今は無理をしたい時だよな? だったら、俺を信じてくれ」

 彼の手が優しく撫でてくる。いつだってそれはフレイの高ぶった心を落ち着けてくれるのだ。

「……おう!」

 つん、と鼻先が熱くなった。じりじりとスピードを七割程度まであげつつ、陸の指示を待つ。一組、また一組とラストスパートに入っていった。さらには一組のバディに追い抜かされる。

 これ以上は追いつけないかもしれない。

 不安が頭をもたげた時、ようやく陸の許しが出た。

「よし、行け! お前ならこのくらい追いつけるだろう!」

 彼の言葉とともに全速力で加速する。未だ体は重いままだった。それでも、必死に羽を動かしているとぐんぐん他集団の尻尾に追いついてくる。

 追い抜かしたい。前に出たい。

 陸の体が密着しているのがわかる。空気抵抗を極限まで減らしてくれているのだろう。他のライダーたちもドラゴンの体に巻き付いている。

 前に前に進んでいるのに、他のドラゴンたちも進み続ける。昨日は羽のように軽かった体は、今は泥の中を進んでいるようだった。

「くそっ……」

 必死に羽を動かす。

「大丈夫だ! お前ならまだ巻き返せる! 一秒でも差を縮めろ! 頑張れ!」

 陸の声援に応えたい。なのに体が言うことを聞いてくれない。倒れてしまいそうだ。どんどん視界の端が黒くなっていく。
 ばさり、と羽ばたき、せめて一組を追い越す。けれどそれ以上は順位をあげられず、結局フレイは五位のままゴールに到着することになったのだった。

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