55 / 72
53 浮上
しおりを挟む地面に着地した時、フレイの体は倒れ落ちた。知らぬ間に体力の限界を越していたようで、立ち上がるのが辛かった。
「おい、フレイ! 大丈夫か!?」
陸がフレイから降りて背中をさする。治療術師が走り寄ってきて体力を回復させてくれていた。徐々に体に力が入るようになっていく。
「……悪い。二日目は一位になれなかった」
ぽつりと謝ると、陸は大きく首を振った。
「二日目はフレイの苦手な曲がり道だろ? 仕方ない! 切り替えて明日頑張ろう!」
こんな時でも陸はフレイを責めない。フレイは奥歯を噛み締めた。
優勝できなければ、陸は元の世界に戻れない。
「うん……、ごめん」
ふらふらと起き上がると、治療術師に礼を言ってテントへ向かう。不甲斐なくて陸の方を見られなかった。
テントの中で元の姿に戻る。服を着て、外に出ると待ち構えていたように複数の人間に取り囲まれた。
「お疲れ様です!」
「昨日の優勝者のフレイさんですよね? 異世界人と組んでる……。よかったら、今年優勝したら来年は僕と一緒に組みませんか?」
「いや、私とはどうでしょう? 体重の軽さでは男性には負けません!」
「えっ!? え!?」
驚いて周囲を見渡す。我も、我もとフレイに近寄ってきていた。
昨日の出走前にもいたが、こちらでもこういった人々が来るとは思っていなかった。
「いや……、俺、今日は五位だし……」
「それだけのポテンシャルがあるってことですよ!」
「まだまだ優勝を狙える範囲内にいるじゃないですか!」
確かに一位との差は十秒もない。
見てみると、遠くでフェルディも同様にライダー志願者に取り囲まれていた。
半年前には、フレイの背中には、フレイの身体や顔目当ての人間か、興味本位の人しか乗りたがらなかった。今は、自ら装備を買い、身体を鍛えた人たちがフレイに乗せてくれと迫ってきている。
こんなにも周囲の反応が変わるものなのかと不思議な気持ちになった。
「俺の後ろ、乗るの結構大変だと思うけど……」
「大丈夫です!」
「私なら余裕です!」
フレイの忠告はむしろ検討中に思われたようで、前の方にいるライダー達は食い気味に答えてきた。
ゆっくりと首を振り、含めるように返す。
「悪い……。今は優勝することしか考えられないから、もし俺が優勝したらまた来てくれ」
人々の間をすり抜け、戻っていく。横目で見ると、フェルディが『自分は和樹でないと嫌だ』とはっきりと断っていた。
ああやって返せるのが羨ましい。
思ってしまい、フレイは唇を引き結ぶ。
陸が、こちらの世界にいてくれればいいとずっと考えている。けれどそんな陸は、あちらの世界に戻るためにフレイと組んでくれたのだから、優勝してしまえばそれまでだ。
寂しい、と一言で言ってしまえばそれまでの心を、なんとかなだめすかせる。
陸と出会う前だったら、先程のように沢山の人に求められたら有頂天になっていただろう。
けれど、フレイの価値をこうして世に示してくれたのは他ならぬ陸だ。
ぎゅ、と胸のあたりで拳を握りしめる。
自分はもう十分に陸から様々なものをもらっている。感謝して送り出すのが最善の道なのだ。
一緒にいたいと訴える恋心を抑え込み、無理やり口角をあげる。
今日は早く寝て明日に備えよう、と意気込んだ。
中々戻らないフレイを広場の隅に設置されているベンチで待ちながら、陸は腕を組んで考え込んでいた。
フレイの調子が悪い。それは乗っていてずっと感じていたことだった。いつもならまるで前に引っ張られるようにぐいぐい進んでいく飛行のキレが鈍い。
この感じは覚えがある。本番の魔物に飲まれてしまったのだろう。
そうして実力が出せずにレースが終了する。何度も陸があちらの世界で味わってきたことだった。
「……フレイ、大丈夫かな」
昨日一位だったのに、今日は五位にまで順位を落としてしまった。
このままだと帰れなくなることも辛いが、それ以上にフレイが落ち込んでいるのでは、と考えると気が気じゃない。
フレイにはいつだって元気に笑っていてほしいのだ。
「お待たせ」
少しして、フレイが姿を表す。表面上は何事も無く見えて安心した。
「いや、あまり待ってない。じゃあ、夕食を食べに行くか。何が食べたい? フレイの好きなものを食べに行こう」
けれど彼は陸と三歩分ほどの距離を開け、彼の目を見て告げた。
「陸、今日は本当にごめん。俺、いつもの力が出せなかった」
真剣な顔に唇を引き結ぶ。
「今日はササッと食べて、早く帰って休みたい。そして、また明日実力を出し切って全力で挑みたい」
彼の瞳に宿る光を見て、彼は自力で這い上がったのだと感じた。
一流のアスリートには切り替えの速さは必須条件だ。そしてそれをフレイはこのレースを通じて手に入れたのだろう。
陸は眉尻を下げる。
「それはフレイが謝ることじゃない。フレイがいつだって必死なのはちゃんとわかってる。昨日はあんなことがあったんだ。今日はゆっくり休もう」
フレイに近寄り、少し背を伸ばして頭を撫でる。
年下の竜人は、憮然として唇を尖らせたが払いのけようとしなかった。
すぐに手を離して陸は踵を返す。万が一、これで帰れてもフレイならもう大丈夫だと思えた。それが少し、寂しかった。
60
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる