いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

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53 浮上

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 地面に着地した時、フレイの体は倒れ落ちた。知らぬ間に体力の限界を越していたようで、立ち上がるのが辛かった。

「おい、フレイ! 大丈夫か!?」

 陸がフレイから降りて背中をさする。治療術師が走り寄ってきて体力を回復させてくれていた。徐々に体に力が入るようになっていく。

「……悪い。二日目は一位になれなかった」

 ぽつりと謝ると、陸は大きく首を振った。

「二日目はフレイの苦手な曲がり道だろ? 仕方ない! 切り替えて明日頑張ろう!」

 こんな時でも陸はフレイを責めない。フレイは奥歯を噛み締めた。
 優勝できなければ、陸は元の世界に戻れない。

「うん……、ごめん」

 ふらふらと起き上がると、治療術師に礼を言ってテントへ向かう。不甲斐なくて陸の方を見られなかった。
 テントの中で元の姿に戻る。服を着て、外に出ると待ち構えていたように複数の人間に取り囲まれた。

「お疲れ様です!」

「昨日の優勝者のフレイさんですよね? 異世界人と組んでる……。よかったら、今年優勝したら来年は僕と一緒に組みませんか?」

「いや、私とはどうでしょう? 体重の軽さでは男性には負けません!」

「えっ!? え!?」

 驚いて周囲を見渡す。我も、我もとフレイに近寄ってきていた。
 昨日の出走前にもいたが、こちらでもこういった人々が来るとは思っていなかった。

「いや……、俺、今日は五位だし……」

「それだけのポテンシャルがあるってことですよ!」

「まだまだ優勝を狙える範囲内にいるじゃないですか!」

 確かに一位との差は十秒もない。

 見てみると、遠くでフェルディも同様にライダー志願者に取り囲まれていた。

 半年前には、フレイの背中には、フレイの身体や顔目当ての人間か、興味本位の人しか乗りたがらなかった。今は、自ら装備を買い、身体を鍛えた人たちがフレイに乗せてくれと迫ってきている。

 こんなにも周囲の反応が変わるものなのかと不思議な気持ちになった。

「俺の後ろ、乗るの結構大変だと思うけど……」

「大丈夫です!」

「私なら余裕です!」

 フレイの忠告はむしろ検討中に思われたようで、前の方にいるライダー達は食い気味に答えてきた。
 ゆっくりと首を振り、含めるように返す。

「悪い……。今は優勝することしか考えられないから、もし俺が優勝したらまた来てくれ」

 人々の間をすり抜け、戻っていく。横目で見ると、フェルディが『自分は和樹でないと嫌だ』とはっきりと断っていた。

 ああやって返せるのが羨ましい。

 思ってしまい、フレイは唇を引き結ぶ。
 陸が、こちらの世界にいてくれればいいとずっと考えている。けれどそんな陸は、あちらの世界に戻るためにフレイと組んでくれたのだから、優勝してしまえばそれまでだ。
 寂しい、と一言で言ってしまえばそれまでの心を、なんとかなだめすかせる。 
 陸と出会う前だったら、先程のように沢山の人に求められたら有頂天になっていただろう。
 けれど、フレイの価値をこうして世に示してくれたのは他ならぬ陸だ。
 ぎゅ、と胸のあたりで拳を握りしめる。
 自分はもう十分に陸から様々なものをもらっている。感謝して送り出すのが最善の道なのだ。
 一緒にいたいと訴える恋心を抑え込み、無理やり口角をあげる。
 今日は早く寝て明日に備えよう、と意気込んだ。




 中々戻らないフレイを広場の隅に設置されているベンチで待ちながら、陸は腕を組んで考え込んでいた。
 フレイの調子が悪い。それは乗っていてずっと感じていたことだった。いつもならまるで前に引っ張られるようにぐいぐい進んでいく飛行のキレが鈍い。
 この感じは覚えがある。本番の魔物に飲まれてしまったのだろう。
 そうして実力が出せずにレースが終了する。何度も陸があちらの世界で味わってきたことだった。

「……フレイ、大丈夫かな」

 昨日一位だったのに、今日は五位にまで順位を落としてしまった。
 このままだと帰れなくなることも辛いが、それ以上にフレイが落ち込んでいるのでは、と考えると気が気じゃない。
フレイにはいつだって元気に笑っていてほしいのだ。

「お待たせ」

 少しして、フレイが姿を表す。表面上は何事も無く見えて安心した。

「いや、あまり待ってない。じゃあ、夕食を食べに行くか。何が食べたい? フレイの好きなものを食べに行こう」

 けれど彼は陸と三歩分ほどの距離を開け、彼の目を見て告げた。

「陸、今日は本当にごめん。俺、いつもの力が出せなかった」

 真剣な顔に唇を引き結ぶ。

「今日はササッと食べて、早く帰って休みたい。そして、また明日実力を出し切って全力で挑みたい」

 彼の瞳に宿る光を見て、彼は自力で這い上がったのだと感じた。
 一流のアスリートには切り替えの速さは必須条件だ。そしてそれをフレイはこのレースを通じて手に入れたのだろう。
 陸は眉尻を下げる。

「それはフレイが謝ることじゃない。フレイがいつだって必死なのはちゃんとわかってる。昨日はあんなことがあったんだ。今日はゆっくり休もう」

 フレイに近寄り、少し背を伸ばして頭を撫でる。

 年下の竜人は、憮然として唇を尖らせたが払いのけようとしなかった。

 すぐに手を離して陸は踵を返す。万が一、これで帰れてもフレイならもう大丈夫だと思えた。それが少し、寂しかった。




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