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54 マッサージ
しおりを挟む夕食を食べ終わり、予約していた宿へ入る。今日もツインルームで、フレイは窓側、陸は通路側のベッドを借りることにした。手桶に湯をもらってきて体を拭う。
そうして眠る準備が整った時、陸はフレイの寝転がっているベッドへ乗り上げた。
「えっ」
フレイが驚いたような顔をして陸を見上げてくる。いたずらげな笑みを浮かべ、フレイに馬乗りになった。
「マッサージしてやるよ。もしかしたら、明日の体が楽になるかもしれない」
うつ伏せにさせて背中から始める。最初は驚いていたフレイだったが、何も言わずに枕に顔を埋めた。
硬い筋肉に苦笑が漏れる。これはほぐしがいがありそうだ。
あちらの世界で仲間や章介にしていたマッサージを思い出す。自分自身、泊りがけの試合の際にはマネージャーにしてもらうこともあった。
「なんだこれ……。気持ちいい……」
フレイの声がふにゃふにゃになっている。
「こっちではあんまりこうやって筋肉をもみほぐす習慣はないのか?」
「少なくとも俺はこれが初めてだ……」
もんでほぐして柔らかくしていく。フレイの筋肉は鍛えられていて硬いのに弾力がある。布越しに触っていてもその肉体美を察せられた。
フレイの体も顔も、陸がこれまで出会った人間の中で一番好みだった。さらには走行能力まで備わっている。性格も明るくて、きっとこのレースが終わる頃には色んな女性が寄ってくるようになるのだろう。
その中から選んで、付き合うようになるのだろうか。
考えてしまった予想を頭を振って振り払う。
そんな陸の考えなんて気が付かないのだろう、フレイは緩やかな口調で告げてきた。
「なんか、これ、すげぇ落ち着く」
今にも寝落ちしてしまいそうな声についかわいいと笑みが漏れる。
「……陸は、本当に俺にたくさんのものをくれたよな」
「……え?」
か細い声に思わず聞き返す。
「こうして触られて、ぽかぽかして温かい気持ちになったの初めてかもしれねぇ」
とくとくと胸が高鳴っていく。素直な言葉が嬉しかった。
「それに、俺、ウィング・クラッシュ・レースで首位争いしてんだよな……。それってよく考えたらめちゃくちゃすごいことなんだよなって……。半年前は出られるかどうかってところだったんだからさ」
フレイがどんな顔をしてこんな事を言っているのか、後頭部からはわからない。けれど、それでいいと思った。きっと顔を突き合わせていたら、こんな事言えなかっただろう。
「ライダーなんて飾りだと思っていたんだ。でもきっと、この場所に立つには陸に乗ってもらわなくちゃここまで来れなかったと思う。……だから、俺、本当に陸にたくさんのものをもらってんだなって、さっき実感したんだ」
頬が熱い。数度口を開けしめして、陸は微笑んだ。
「俺だって、フレイにたくさんもらったよ。ドラゴンの背中に乗ってレースに出るなんて、あちらの世界にいたら体験すら出来なかったと思う」
「……楽しいか?」
見ていないとわかっていても、陸は大きく頷いた。
「ああ。最近、ますます楽しいって思えるようになったんだ。戦略とか、もっといろいろ学べたらよかったな。ほら、今日の一位の緑のドラゴンとか、まるで魚が泳いでいるようにすいすい進んでいっていたし、ライダーのほうは指示の出し方が的確で何手も先を読んでいたように思う。……もっとああいうふうにできるようになったら楽しいんだろうなって」
何より、大空に舞う大量のドラゴンは圧巻だった。そして自分もその中のひとりであると考えると冒険心が疼く。
「よかった……。俺も、独りで飛んでる時より、陸と飛んでる時のほうが何倍も楽しい」
彼の言葉がすとんと心の奥深くに落ちてきた。
これから先、彼はきっと色んなライダーを背中に乗せるのだろうが、その言葉があるだけであちらの世界に戻ってもやっていけそうだった。
「俺さ、陸には幸せになってほしいんだ。だから、明日は絶対に優勝する。優勝して、陸をあちらの世界に戻すって約束する」
陸の手が止まる。
フレイの言い方は、先程までのふにゃふにゃした口調ではなく、やたらしっかりとしていた。
陸は眉尻を下げ、つ、とフレイの背筋を撫でる。
「ありがとう……」
フレイはとうに陸との別れを覚悟しているようだった。つきつけられ、無性にさみしくなる。
こんな事を思ってはいけないことはわかっている。フレイは陸のためにがんばると言ってくれているのだ。自分はそれに答えて、明日も精一杯彼をサポートすればいい。
それでも、今この時間だけは、と陸はフレイの体をより丁寧にほぐし続けたのだった。
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