いいパートナーでいます。君への恋心に蓋をして。

箱根ハコ

文字の大きさ
59 / 72

57 ゴール

しおりを挟む

「調子はどうだ?」

 尋ねると、フレイは徐々に速度を上げつつ答えた。

「絶好調。十分休めたし、まるで今レースを始めたみたいだ」

 実際、フレイの走りは好調で言葉に嘘はないとわかった。

「……なぁ、陸。今だから言うけど、俺、本当はこのまま痛みがひどくなったらどうしようって不安だった。絶対に優勝しなきゃって……、このくらいどうってことないって。でも、これで重症化したらとも考えてて、怖かった」

 ちょうど中間の集団に合流したのだろう。周囲にそこそこの数のドラゴンが飛んでいた。その中でフレイは陸にだけ聞こえるような声量で告げてくる。

「……止めてくれて、ありがとうな」

 素直な言葉に、口角があがる。
 わしわしと背中を撫で回した。

「気にするなって! 俺等はバディだろ?」

「……そうだな!」

 フレイの嬉しそうな言葉に、陸も笑顔になった。

「今なら、もう少しスピードあげられるか?」

「もちろん! 先頭に追いつくか?」

「出来るならそうしたいけど……」

 フレイの体力がどれほど残っているかである。正面にはまだまだ多くのドラゴンの尻尾が見える。

「わかった」

 それだけ言うと、フレイはスピードを早める。陸も身をかがめて空気抵抗を弱めた。
 ぐんぐんドラゴンを抜き去っていく。めったにぶつからないだろうと思いつつ、陸も体重移動で行き先を示して協力をしていた。

「本当に今走り出したみたいだな」

「休憩中にちょっと寝たしな!」

 そういえば数分間全く反応を返さなかった。疲れていると思ったのだが、あれは眠っていたのか。
 彼の胆力に感嘆する。よくあの場で眠れたものだ。
 おかげでどんどん順位があがっていく。

「あと少しで砂漠地帯を脱する。そうしたらひたすら走りやすい平原だ。ここらへんで他のドラゴンもスピードをあげてくる。フレイ、まだまだがんばれるか?」

 徐々に草地が見えてくる。前回、砂漠を抜けたら途端に息が楽になったことを覚えていた。

「もちろん! 抜かせるって楽しいな!」

 こいつは……、と呆れた気持ちになりながらもフレイが楽しそうなので、まぁいいとする。
 彼の上に乗りながら、本当に彼は才能に溢れたファイターだったのだな、と思う。こんな場面で絶望するでもなく、前へ向かって走っていける。
 きちんと正しい師匠とライダーにめぐりあえれば、きっとまだまだ伸びるはずだ。
 それをもっと近くで見ていたかったな、と感傷的な気持ちになり、頭を振った。今、優勝できるかも怪しいのだ。

「よし! なら、草原地帯に入ったら、トップ目指して走っていこう」

「了解!」

 地面が緑の草で覆われる。フレイは一度羽ばたくと、より一層の速度を出した。

「息が切れたり、口が開くようになったら少し休みながら行っていいからな」

 そうはいっても、ここから十分くらいしたらゴール争いが始まる。優勝争いに入るのであれば悠長な事は言っていられない。

「わかってる」

 頬に風が当たる。ゴーグル越しに見る光景はまだまだ前方に何匹かのドラゴンが見えていた。
 けれど、その中に黄色いドラゴンの尻尾が見えてきて胸が鳴る。
 フェルディだ。
 とすると、本当に先頭集団に戻ることが出来たのか。
 感極まって視界がにじみ、鼻の奥がツンとなった。
 もしこれが駅伝で、テレビの向こうの光景だったらその人はその区間のヒーローだろうし、陸も必死に応援していただろう。
 そんな存在に、フレイは今なっている。
 どくどくと心臓が高鳴っていく。逆転劇を期待している自分がいた。

「よし! フレイ! 先頭集団が見えてきた! 残り時間はおおよそ二十分だ! このままの速度の後、全速力だ。行けるな?」

 確かめるように尋ねるとフレイは息を切らしながらも頷いた。声を出す気力はもうないらしい。
 それでも今は休めとは到底言えない。徐々に全体のペースが上がっていく。フレイも速いが、周囲も研鑽を積んできたドラゴンばかりなのだ。

「フレイ! ゴールが見えてきた! お前ならいける! 優勝目指して進め! お前の名前を大陸中に轟かせろ!」

 陸の声掛けに更にスピードが速まる。ついに和樹の歌声まで聞こえてきた。
 アップテンポな曲は追い込みをする時に毎回和樹が歌っている応援歌。フェルディのためだけに歌われている歌だった。
 彼らの前方にはもうドラゴンはいない。暫定一位のようだった。
 対する陸の目前には三匹のドラゴンの尻尾が見えている。
 ゴールである、光の柱が視界に映る。皆、力強く羽ばたき始めた。
 陸はフレイの背中にしがみつく。

「すごいよ、フレイ! 十分もロスしたのに、ゴール争いに絡んでるんだから! お前ならいける! 今年の優勝はお前のものだ!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。皮膚越しに彼の筋肉の脈動も、心臓の高鳴りも感じ取れた。

 一匹、また一匹と抜かしていく。最後はフェルディとフレイのデットヒートだった。

 後数メートルでゴールである。ここまで来たら祈るしかない。

 和樹の歌も止んでいる。

 猛スピードで移動しているはずなのに、周囲が止まっているように見えた。

 あれだけ長い戦いだったのに、ゴールした瞬間は一瞬だった。

 光の柱を通り越す。すぐ隣にフェルディがいた。

 少しの沈黙の後、ドラゴンに乗ってリポーターが優勝者の名前を叫ぶ。



「フレイ、陸ペア! 優勝です!」



 ほぼ同時に、わぁ、と歓声があがった。

 見てみると、すぐ下は広場で発着場として一般人を立ち入り禁止にしている区画の周囲から多くの市民がこちらを見上げていた。

 ふらふらと地面に降り立つ。陸はベルトを外してフレイから降り、彼の正面に回ると頭に抱きついた。

「フレイ! フレイ! 優勝だ! 俺達が優勝したんだ!」

 持っている力を使い切ったのだろう、フレイはぐったりと地面に倒れ伏している。それでも小さく何度も頷いていた。

「すごいよ、フレイ……。俺達本当に優勝しちまったんだ」

 涙声で何度も相棒を褒め称える。胸がいっぱいで、張り裂けそうだった。

「おめでとうございます! 十分のロスをもろともせずに優勝をかっさらうなんて、今後数年は伝説として語り継がれるでしょうね!」

 レポーターが笑顔で駆け寄ってくる。一昨日話した相手とは別人で、爽やかな雰囲気を纏った女性だった。

「ありがとうございます! 彼のおかげです!」

 陸は笑顔で返す。レポーターはフレイにもコメントを求めようとしたが、それどころではなさそうだと判断すると、今度はフェルディの方へと向かっていった。
 残された陸とフレイに治療班がかけより、歩けるまでに回復させた。そうしてフレイはテントに入り、人間の姿になって戻ってきたのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...