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63 新たなパートナー
しおりを挟む彼の答えに肩を落とす。大魔法使いは続けた。
「年間、約二十から三十人の異世界人がいろんな世界からこの国を訪れる。どの世界に戻すかの行き先はわからぬ。だから、陸と同じ世界に行きたければ、彼と同じ世界から来た人間が願わねば行けぬ。その人間の頭の中にある位置情報を頼りに戻すのじゃからな」
「え」
フレイは目をまんまるに見開く。スピカは同情を込めた瞳を返した。
「じゃから、あきらめ……」
「そうなんだな! ありがとう!」
フレイはスピカの両手を掴むと、ぶんぶんと振り回していた。
「は?」
「そいつさえいれば、陸のところに行けるんだな?」
食い気味で尋ねてくるフレイに、スピカは面食らっているようだった。
「そいつが願わなければ、と言ったじゃろう? つまり、その人にライダーとなってもらって優勝しなければ無理じゃ」
「わかった! 教えてくれてありがとう!」
フレイの笑顔に、スピカはますますもってどうしていいかわからないようだった。
フレイは元気よく手を振ってその場を後にする。ドラゴンの姿になると、首都ダグーへ向かって飛んでいった。
「……は?」
和樹もフェルディも、突然訪れたフレイの口にした願いを聞いて、目を見開いて驚いた。
「だから、次のウィング・クラッシュ・レースでは俺と組んでほしいんだよ、和樹」
ここに来る途中に買い込んだお菓子をテーブルの上に並べる。
彼らは郊外にそこそこ高級な一軒家を購入し、そこで生活していた。二階建ての豪華な家であったが、住み込みの使用人夫婦が一組いるだけで、その他には誰も住んでいなかった。
現在、フレイは応接間に通され、和樹とフェルディに頭を下げている。
「えっと……、つまり、陸さんにまた会いたいから、僕がライダーになって優勝して、異世界に行きたいという話ですか?」
フレイの願いを要約した和樹が首を傾げる。隣のフェルディは眉間に盛大にシワを寄せ、フレイを睨んでいた。
「ああ。もう一度、陸に会いたいんだ」
和樹は壁にかけてあった暦を見る。ウィング・クラッシュ・レース当日に丸がつけられていた。
「陸さんが帰ってから、たった一ヶ月とちょっとしか経っていませんが……?」
和樹は呆れを通り越して戸惑っているようだった。
「優勝めざすんだから、早ければ早いほうがいいだろ?」
ものともせず、フレイは返す。和樹は頬を引きつらせた。
「……いや、それはそうなんでしょうけど」
「頼む! お願いだ!」
フレイは更に頭を下げる。和樹よりも先にフェルディが返した。
「嫌だ」
彼は即答する。これくらいはフレイも想定の範囲内だった。
「そこをなんとか!」
「嫌だ」
「……陸に会いたいんだよ」
「………………」
ぎゅ、とフェルディは唇を引き結ぶ。
「会って、どうするんですか? またこちらに連れ戻すとでも言うんですか?」
代わりに口を開いたのは和樹だった。
「それは……、できればそうしたいけど」
「やっと大好きなおじいさんのところに戻れたんです。それは、残酷ではありませんか?」
「…………」
フレイは口をつぐみ、頷く。
「ひと目会えるだけでもいい……」
「陸さんを愛しているからですか?」
和樹の視線はどこか値踏みするかのようなものだった。陸相手にするキラキラとした眼差ししか知らなかったので、フレイは戸惑ったが、すぐに真剣な顔で返した。
「そうだ。会って、せめて好きだって伝えるだけでいい。断られたらすぐに身を引く」
言いながらも、本当にできるのかは怪しかった。本人の前で泣いてしまうかもしれない。
「約束できますか? 僕は、陸さんのご迷惑になることはできません」
「約束する! 絶対に困らせない……と思う!」
結局、その日は色よい返事をもらえず、追い返されたのだった。
このくらいは予想の範囲内だ、とフレイは翌日も二人の家に突撃する。彼らが折れてくれるまで続けようと考えていた。
先に受け入れてくれたのは和樹のほうだった。
「……ねぇ、フェルディ。今年は、フレイさんと組んでみてもいいかな」
通い続けて一週間後に、和樹は相棒に問いかける。今は空の上で、練習中の彼らに接近していた。
三日目から家に行っても追い返されるようになっていたので、フレイはこうして練習の時間を狙うことにしたのだ。
「はぁ!?」
フェルディが抗議の声をあげる。和樹の方はと言うと、四日目くらいからフレイに絆されていたようだった。
「この一週間でフレイさんを信用してもいいかなって思えたんだ……。何より、好きな人に会いたいっていう気持ちは、すごくよくわかるよ」
「その陸のほうは、あちらの世界で楽しくやっていると思わないのか?」
フェルディの苛ついた声に、フレイが返す。
「もしそうだったら、何もせずに帰ってくる」
「そもそもあちらの世界に行って、会えるという保証はあるのか? スピカ様の力がなくなるから、言葉も通じなくなるんだぞ?」
フレイは持っていたカバンから陸が忘れていった財布を取り出す。彼がいなくなってからラリの家の机の端に置かれていたのを発見したのだ。
「言葉は和樹に教えてもらう! それに、これ、陸の身分証だろ? これに住んでいるところとか書いてないのか?」
手のひら大のカードを見せる。やたら精巧な陸の似顔絵が書かれていたから、フレイはこれが身分証だと思ったのだ。
フェルディの背中に乗っていた和樹は目を凝らし、納得したように頷いた。
「運転免許証ですね……。そこに書かれている住所に行けば、あちらの世界に行って陸さんに会えるかと思います。 ……彼が引っ越してなければですが」
和樹の言葉にフレイは目を輝かせる。再び、大切に鞄の中へとしまった。
和樹はフェルディの背中を優しく撫でる。
「フェルディ……。僕は君のことが一番大切だし、一番ステキなドラゴンだと思っているよ。君と組めば、次こそは優勝を狙えるとも信じてる」
「……和樹」
なだめるような優しい声に、和樹の相棒は警戒したようだった。
「僕の帰るところは君だけだよ。フェルディは、それじゃ嫌?」
「………………」
フェルディはもごもごと口を動かす。
「僕は、もし何かの手違いでフェルディと生き別れになったら、やっぱり今のフレイさんと同じようにもがくと思う。もしも会えるなら、その方法にしがみつくよ。フェルディは、違う?」
彼の声音はあくまで優しい。フェルディはぐっと唇を引き結んだ。
「……違わない」
「ねぇ、フェルディ。僕、フレイさんの力になってもいいかな?」
「………………」
彼の顔がみるみる歪む。嫌だということが目に見えてわかる。
それでも、彼はその後大きなため息を吐いて、了承してくれたのだった。
「……仕方ない。今年だけ。今年だけだからな!」
「やった! ありがとう!」
フレイは嬉しくて、つい彼らの周囲をぱたぱたと飛び回る。
こうして、フレイの特訓の日々が始まったのだった。
いざ練習が始まると、意外にもフェルディがフレイのトレーニングに付き合ってくれた。というよりも、和樹とフレイを二人きりにしたくなかったのだろう。
彼から蛇行しながら飛ぶコツを教わったおかげで、フレイはさらに速く飛べるようになった。一方のフェルディも、フレイから陸直伝の筋トレを学び、さらに力をつけていった。
そんな中で、練習の合間にフレイはあちらの世界の文字について、和樹から軽く習い、ひらがなでの読み書きならできるようになった。
そうして一年経ち、フレイは二度目のウィング・クラッシュ・レースに臨んだのだった。
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