愛のない政略結婚なのに、訳ありエリート御曹司に執着愛で囲われています

羽村美海

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1巻

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 すると、うっとりするほど妖艶な微笑をたたえた尊が、満足そうに美桜を見遣みやった。

「いい返事だ。褒美にたっぷりと可愛がってやる」

 そう言って美桜の頭をそうっと優しく撫で、そのまま組み敷いた美桜の唇に自身の唇をそうっと重ね合わせた。
 尊と交わした初めてのキスは、甘く、蕩けてしまいそうなほど極上だった。
 柔らかい唇の感触を確かめるように、尊の唇が上下交互についばむ。
 むように挟んではチュッとなまめかしい音色を奏で、薄い表皮を吸引する。その動作を幾度となく繰り返されるうち、あまりの心地良さに、美桜はうっとりと夢見心地になった。
 極上のキスで翻弄されながら尊の端正な顔をぼんやりと眺めていると、唇が不意に解放された。

「どうした? 何か気になることでもあるのか? それとも、何をされるか不安なのか?」

 尊の怪訝そうな低い声が響き、美桜は目をぱちくりさせた。
 ぼんやりしていて反応が遅れたが、しっかり聞こえていたので、躊躇いつつも数秒遅れで口を開いた。

「……え、いや……あの、こういう……ことが……は、初めてで。だから……その」

 だが、面と向かって伝えるのはどうにも恥ずかしい。訥々とつとつと紡ぎ出した言葉は、尻すぼみになっていく。

「ああ、なるほどな。どうすればいいかがわからなかったってわけか」

 尊はすぐに察してくれたようだが、安堵できるような心境ではない。尊にハッキリ言われてしまうと、どうにもいたたまれなくなってくる。
 見るからに経験豊富な尊からすれば、二十四歳にもなってキスの経験さえない自分よりも大人の女性のほうが好みに違いない。
 それなのに、飽きるまで傍に置いてほしいなどと、よくも言えたものだ。
 途端に尊に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

「……はい。すみません」

 だから謝ったというのに……

「謝る必要なんてない。むしろ楽しみだ」

 尊から返ってきた言葉に、美桜は首を傾げるしかなかった。

「楽しみ?」
「ああ、仕込みがいがある」
「仕込み……がい?」

 オウム返しする美桜に、どことなく嬉しそうな尊が言葉をかける。しかし、その言葉の意味が美桜にはまったく理解できなかった。
 すると、ふっと笑みを零した尊は、困惑して眉根を寄せる美桜の頭を優しく撫でながら、今までで一番優しい声で囁きかけた。

「変なことを強要したりしないから安心しろ。ただ、おまえに女であるよろこびをじっくりと味わわせてやるだけだ。まずは、こうやって――」

 その声音に美桜が聞き入っているうち、いつしか尊の手は美桜の着物の襟元へと辿り着いていた。
 そして気づくと、強引にはだけさせられた合わせ目から、さらしで包まれた胸があらわになっていた。

「邪魔だな」

 美桜が驚く間もなく、そう煩わしそうに呟いた尊に、またも強引にさらしをずり落とされ、素肌の胸がぷるんと零れ出る。

「――キャッ!?」

 羞恥から思わず短い悲鳴を上げた美桜が腕で胸を隠そうとするが、やんわりと手で制されてしまった。
 ただでさえ恥ずかしいというのに、尊にまじまじと見下ろされてしまっている。
 童顔の美桜には不釣り合いな豊満な双丘を前に、尊は至極感心したように口を開く。

「初心なお嬢様は、随分と女らしい身体をしてるんだな」

 その言葉を聞いて、美桜はこれ以上にないくらい全身を赤く染めあげ、身悶えるしかなかった。
 そんな中、美桜の耳に理解できない言葉が飛び込んできた。

「真っ赤になって恥じらう、愛らしいおまえ同様、美味そうだな」

 恋愛経験はないが、こういうときに男性が女性を褒めるものだということは知っている。

(──でも、「美味そう」って、どういう意味だろう)

 考え込んでいる美桜の視線の先で、尊が僅かに顔をほころばせた。
 うっとりするほどなまめかしい、ただならぬ色香をまとった尊のニヤリとした不敵な微笑。
 目にした瞬間、美桜の身体がゾクゾクッと粟立つような感覚に陥った。
 その感覚が何からくるかもわからないまま、妖艶さを増した尊によって胸元へと顔をうずめられてしまう。
 ただうずめられたのではない。
 粟立つ美桜同様の、ふるふると微かに悩ましく揺らめく胸の先端に、もう我慢ならないとばかりに、むしゃぶりつかれたのである。

「――ひゃんっ!?」

 たちまち美桜の身体はビクンと大きく跳ね上がった。
 のたうつように跳ね上がる美桜の華奢な身体をシーツに押さえつけるような体勢で、尊が覆い被さっている。
 その様は、あたかも飢えた獣が捕らえた獲物の急所に狙いを定め、とどめを刺しているかのよう。
 尊は愛撫を施しつつ、身につけていたスーツのジャケットを手早く脱ぎ去り、ベッドの外へと放り投げた。
 同じく煩わしそうにネクタイを緩め、シュルッと襟元から抜き去り投げ捨てる。
 そうして流れるような所作で、熟れた果実のような膨らみを淫らな形へ変えながら、やわやわと揉みしだく。
 口の中には硬くなった乳首を含み、熱くねっとりとした舌と唇で、愛撫するように舐めたり、優しく転がしたり、甘く吸い上げたりを繰り返す。時折、尖った犬歯を穿うがち、なぶるようにもてあそぶ。

「やぁ、ああっ……んぅ」

 尊が初めて与える甘美な快楽に、美桜は我を忘れ、乱れた姿でただ喘ぐことしかできなかった。
 美桜が持つ乏しい知識の中にも、セックスがどういうものであるかは、当然含まれている。
 けれども、実際に自分がそういう状況に置かれるのとでは、まったく違っていたことを思い知らされる。
 胸を攻め立てられているだけだというのに、こんなふうになるなんて、思いもしなかった。
 この世のものとは思えぬほど甘やかな快感に身悶え続けて、息も絶え絶えだ。
 そんな美桜のまなじりには、悲しくもないのに透明な雫が滲みはじめていた。
 快楽に溺れ、今にも泣き出しそうな美桜の切ない顔を一目見て、愛撫を中断した尊が感心したように声を漏らした。

「まだ胸しか触れていないのに、そんなに乱れて。えらく敏感なんだな」

 とんでもなく淫らではしたないと言い渡された気がして、たちまち身体がたぎるように熱くなる。
 それなのに、美桜に追い打ちでもかけるように、尊が意地の悪い声を浴びせた。

「この様子だと、もう濡れてるんじゃないのか」

 しかし、男性経験のない美桜はその言葉の意味がわからず、不敵な笑みを浮かべて見下ろす尊の端正な顔をキョトンと見つめ返した。すると、乳房を掴んでいた尊の手の動きがピタリと止まり、離れていく。
 絶え間なく続いた快楽から解放されると、美桜が安堵する間もなく、信じられないことに、尊が着物の裾の合わせ目から手を忍ばせてきた。
 声を発するよりも先に、ショーツのクロッチ越しに何かを探るようにして、いやらしい手つきで秘裂をなぞりあげられてしまう。

「――っ!?」

 明らかに湿り気を帯びた下着の冷たい感触に驚愕した美桜は、声にならない声を発して身悶える。
 尊に胸を愛撫されている際、身体の芯が火照ほてり、下腹部が疼くような妙な感覚を自覚してはいたが、まさか下着まで濡らしていたとは思いもしなかったのだ。
 美桜が驚いていると、相変わらず感心したような表情の尊から、意地悪な言葉が向けられた。

「すごいな。下着までぐっしょり濡れてるぞ。俺に胸をしゃぶられるのが、そんなに気持ちよかったか?」
「……ち、ちがっ」

 とんでもない羞恥に、美桜は叫ぶように反論した。しかし、尊はすかさずこう言い放った。

「そうか。なら、今度は、物欲しそうによだれを垂らしてる、こっちを可愛がってやらないとな」

 口元に不敵な笑みを浮かべた尊は、卑猥で意地の悪い、何とも意味深な言葉を美桜に浴びせた。その意味を理解したときには、下着はずらされ、蜜でぬかるむ蜜口へと、尊の長く節くれだった指がズブズブと沈められていた。

「あっ、やぁ……んんっ」

 尊の指を胎内に受け入れた異物感に美桜がおののいているうちに、いつしか身体はくの字に折り曲げられてしまっている。
 ほんの一瞬の出来事に、まったく思考が追いつかない。
 状況を確かめようと美桜が目をみはった先には、まさに今、大胆に開かれた自身の股間に顔をうずめようとしている尊の端正な顔があった。美桜はとてつもなく恥ずかしい状況に追い込まれてしまったのだ。
 まだ入浴前で不浄なはずの場所に、尊は一切躊躇することなく、舌なめずりをして口づけようとしている。

(――えっ!? 嘘。そんなところに……!)

 驚愕した美桜は、思わず瞼をギュッと閉ざしてしまう。
 内股にチュッというリップ音を響かせ、尊が口づけを落とす感触が伝わってくる。
 次の瞬間、肌の表面をきつく吸い上げられ、美桜はチクリとした微かな痛みを覚える。
 その感触に目を見開くと、上目遣いに美桜を射貫くような強い眼差しで見据える尊の姿があった。
 あたかも、仕留めた獲物を前に歓喜する百獣の王のような、危うさと獰猛さを孕んでいる。その様を捉えた刹那、ゾクゾクッと身体に戦慄が駆け巡った。
 同時に、尊の長い指を受け入れたままの蜜洞がキュンと疼く。まるで自身の体内に指を取り込むかのようにきつく締めつける。

(――尊さんの指でぐちゃぐちゃにしてほしい)

 そう心が身体に訴えかけてくるかのよう。そして、その先の期待感に身体が反応して打ち震える。
 とんでもなくはしたないことを望んでいる自分が、酷くいやらしく淫奔いんぽんな気がして、どうしようもなく恥ずかしい。
 それらを尊は、まるでお見通しだとでも言うように、意地の悪い言葉で攻め立ててくる。

「そんなに強く咥え込んで、もう指だけじゃ物足りないのか?」
「ち、違いますっ!」

 図星を突かれた美桜は、ボッと音がしそうなほど全身を紅潮させて抗議するのがやっとだ。
 美桜のあからさまな態度に、尊はふっと不敵な笑みを零し、顔をほころばせた。
 恐ろしく整った顔立ちに妖艶な色香を漂わせ、ニヤリと口元を吊り上げて笑うその様は、この世のものとは思えないほど美しい。
 尊の姿に魅入られた美桜は、呆然としたまま身動みじろぎさえもできずにいる。
 鼓動はさっきよりも速い速度でドクドクと高鳴りはじめる。
 そんな美桜の内股を味見でもするかのように、赤く熱い舌でペロリと舐めあげる。
 その直後、尊からゾクゾクするような艶を帯びた重低音が放たれた。

「初心なお嬢様は、素直な身体とは違って意外と反抗的なんだな。泣かせるつもりはなかったが……精も根も尽きるまで散々抱いて、どうなるか見てみたくなるな」

 それがとても意味深なものだったせいか、美桜の背中をゾクゾクとした感覚が這い上がっていく。
 恐怖心からではない。期待感に満ちた身体が武者震いを起こしたのだ。
 尊に興味を持ってもらえたことが嬉しいという気持ちだってある。
 尊の肩書に不安がないと言えば嘘になる。
 だけど、どうしてだろう。
 初対面であるはずの尊に懐かしさを覚えてしまったときと同じように、尊にならどうされてもいいとさえ思ってしまっている。
 尊の言葉通りに抱かれたら、尊に少しでも近づくことができるかもしれない。
 もっともっと、尊のことを知りたい――
 そんな想いがどんどん膨らんでいく。

(――これってやっぱり、尊さんのことを……)

 そこまで思い至り、美桜はそっと心に蓋をする。
 この人は、「飽きるまで傍に置いてください」「お願い、一人にしないで」そう言ってすがりついた美桜にただ応えてくれているにすぎない。
 それなのに、こんな感情を抱いてしまったら、自分が辛くなるだけだ。
 きっと、尊にも煩わしい思いをさせることになる。
 そうなれば、傍に置いてなどくれないだろう。
 そう思った途端、胸が切ないほどに締めつけられる。
 気づけば、頬には生ぬるい雫が流れ落ちる感触がした。それが涙だと認識した刹那、美桜の頬に尊の手が差し伸べられていた。
 そうっと涙の跡をなぞるようにして、優しく拭う尊の指の感触が途轍もなく心地良い。
 美桜は為す術なく、ぼんやりと尊のことを見つめることしかできずにいた。
 そこに、無表情を決め込んだ尊が淡々と問い掛けてくる。

「俺の言葉が怖かったからか?」
「違います。尊さんに抱いてもらえるんだって思ったら、勝手に出ちゃ――んんっ!?」

 美桜が最後まで答えきらないうちに、その声は途絶えてしまう。
 なぜなら、いきなり覆い被さってきた尊により、美桜の唇は声音もろとも強引に奪い去られたから。
 先程までの優しいキスとはまるで違う、深くて激しい大人のキス。
 我が物顔で強引にじ込んできた舌で、驚きを隠せずにいる美桜の舌を搦め捕る。
 尊の熱くねっとりとした舌で舌の表面を幾度もこすられ、強く吸引されるうち、美桜の身体から力が抜けていく。
 完全に力が抜けた頃、ようやくキスから解放された。
 同時に尊が身体から離れていくと、言いようのない寂しさを覚えてしまう。
 美桜はそれを胸の奥に抑え込み、涙で歪んだ視界に映り込む尊の姿をぼんやりと見遣みやっていた。
 何度か瞬きしているうち少しずつクリアになっていく視界。
 そこにたった今、黒いワイシャツを脱ぎ捨てた尊の細身ながらに鍛え上げられた半裸が姿を現した瞬間、瞠目どうもくした美桜は思わず息を呑んでしまった。
 なぜなら、尊の身体には、極道者の証である刺青が描かれていたから。

(――綺麗)

 禍々しいはずの刺青を見てそんなふうに感じる日が来るなんて、思いもしなかった。
 極道に対して、美桜の持つイメージがことごとく打ち砕かれた瞬間でもあった。
 尊が極道者だと聞かされてはいたものの、どこか現実味がなかった。
 気品を感じさせる立ち居振る舞いや、恐ろしく整った容貌のせいだ。
 それがどうだろう。
 端正な相貌の尊に見合う均整の取れた精悍な体躯に、鮮やかな色彩で緻密に描かれた和彫りの龍は、とても神秘的で神々しいほどに輝いて見える。
 正面からは右肩のあたりにある龍の顔しか見えず、全貌を伺い知ることはできない。だが、美しい龍が天に向かって力強く駆け昇っていく姿は、さぞかし圧巻だろう。
 何よりも、美しくも雄々しい顔つきの龍の周りを薄紅色の桜の花びらがひらひらと舞う様子が、実に見事だった。
 幼い頃、薫に叱られると、泣きながら庭のソメイヨシノをぼんやりと眺めていたが、そのときの光景が蘇ってくる。
 そういうときは大抵、兄やその友人らが機嫌を取ってくれていた。
 その中に一人だけ、泣いている美桜の頭を優しくポンポンと撫でて、声をかけてくれる人がいたっけ。「泣いてばかりいたら幸せが逃げてくぞ。だからもう泣くな」と。
 顔も名前も思い出せないけれど、その手と声がとても優しかったことだけは覚えている。
 その言葉のお陰で、いつしかメソメソ泣くこともなくなっていったのだ。
 その頃には、もうその人のことを見かけることもなくなっていた。
 かれこれ十数年以上も昔のことなのに、今になってなぜ思い出したのだろうか。

(ああ、そうか。きっと、桜の刺青を見たせいだ)

 半裸になった尊をぼんやり見遣みやっていると、尊の淡々とした声が思考に割り込んできた。

「怖くないと言ってはいたが、墨を見た途端、怖じ気づいたのか?」

 その低い声音には、微かに悲しげな響きを孕んでいるような気がして……
 もしかすると、極道者だということでこれまで嫌な思いや悲しい思いをしてきたのかもしれない。
 美桜が抱いていたように、極道者に偏見を持っている人も少なくはないだろう。
 そうだとしても、自分には何もできない。
 だったらせめて、この人の心に寄り添いたい――いつかそう遠くない未来、飽きられてしまうその瞬間まで。
 感傷的になったせいか、目頭が熱くなってくる。美桜は慌てて気持ちを切り替えた。

(メソメソしてても始まらない。泣いていたら幸せが逃げていくだけだ。たとえいつか飽きられてしまう日が来るとしても、その日まで精一杯励まなきゃ)
「違います。すごく綺麗で見惚れてただけです。特にこの桜。ソメイヨシノの花びらみたいで、綺麗ですね」

 そう答えた美桜は、組み敷いた自分を見下ろしている尊の龍の顔が描かれた右肩へそっと手を這わせた。
 その刹那、美桜の手に尊の体温と一緒に微かに鼓動の音色が伝わっていった。
 とても心地が良くて、何より安心できる。たちまち美桜の胸はあたたかなもので満たされていった。
 肩に触れた途端、美桜の言葉が信じられないといった顔で凝視していた尊の身体が微かに反応を示した。
 けれど、それもほんの数秒のことだ。
 すぐに我に返った様子の尊の重低音が響き渡った。

「綺麗なんて、そんな悠長なことを言ってられるのも今のうちだぞ。こんなにも俺を煽ったんだ、その責任は取ってもらう。たっぷりとな」

 濡羽色の髪と同じ色の瞳に怪しい光を宿し、意味深な言葉を放った尊は、美桜の両脚を押し開いて蜜口への容赦ない愛撫を再開させる。
 一体何を煽ったのかと疑問を抱くも、問い返すような暇など与えてもらえなかった。
 片手で脚の付け根を押さえつけ、空いた手では胸の膨らみを捉え、いやらしい手つきでふにふにともみくちゃにする。
 手指の表面と、ツンと勃起して敏感になった乳首とがこすれて、生じる愉悦が全身へと広がっていく。
 それだけでも、おかしくなってしまいそうだというのに――尊は熱くざらついた肉厚の舌を、躊躇なく、ぬかるんだ蜜口へじ込んだ。
 先端の花芽をグリグリと押し潰し、熱くざらついた舌をとめどなくうごめかせ、媚壁を引っ掻くように容赦なく刺激する。
 しばらく続いていた舌での攻め立てが緩まったと思えば、舌で掻き出したとろりとした蜜をすぼめた唇で吸い上げ始めた。
 ぐちゃっ、ぐちゅん、じゅぶ、じゅるると、聞くにえない淫猥いんわいな水音が静かな部屋に立ちこめる。
 それらが自分の身体から発せられていると思うと、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
 せめて声だけでも抑えようと思うのに、尊がそうはさせてくれない。
 美桜の示す反応から弱いところを探り当て、そこばかり狙いを定め、さらに刺激を強めていく。
 自分のものとは思えないような甘ったるい嬌声が、半開きになった唇から、溢れんばかりの唾液とともに漏れ出てしまう。

「や、あんっ、ふぅ……んん――っ!」

 言いようのない快楽に支配された身体は、たやすく達してしまうのだった。
 身体中からぶわっと汗が噴き出してくる。眼前にはチカチカと星が飛び交い、頭が真っ白になる。
 それでも、尊からの容赦ない攻め立てが緩むことはなかった。
 達したばかりの身体がなおも激しく高められていく。

「……っ、もう……ダ、メぇ」

 辺りには美桜のあえかな喘ぎと、ピチャピチャ……というおびただしい水音が、絶え間なく響いては消えていく。
 その淫猥いんわいな音までが、美桜のことを攻め立て翻弄する。
 しばらくすると愛撫は止み、下腹部が麻痺したようにビクビクと打ち震えはじめた。
 じんわりとあたたかなもので、包み込まれるような感覚がする。
 立て続けに達した身体からはぐったりと力が抜け、やがて形容しがたい気怠さに見舞われた。
 全身がふわふわして、揺蕩たゆたう波間や雲の上にでも浮かんでいるようで、何とも心地が良い。
 達した余韻のせいか、微弱な電流でも流されているようだ。
 美桜は初めて味わう恍惚に酔いしれ、そっと瞼を閉ざした。乱れる呼吸もそのままに、ぐったりと脱力した身体を横たえることしかできないでいた。不意にベッドがたわむ気配がして、思わず手を差し伸べる。
 何かに触れた瞬間、尊の素っ気ない声が聞こえてきた。

「心配するな。一人にはしない。シャワーを浴びてくるだけだ」

 その声にゆっくりと目を開けると、尊の切れ長の双眸がこちらを見下ろしている。
 ふと美桜の頭に、不可解な点がいくつか浮上した。
 初体験の際にあるはずの痛みがまったくなかったこと。
 尊の舌や指で散々攻め立てられたが、それ以外――尊自身を受け入れた覚えがなかったこと。
 それらを踏まえると、美桜はまだ処女のままだということになる。

(――やっぱり、経験のない私ではその気になれなかったのかな)

 もしもそうなら、尊に申し訳ない。

「私ではその気になれなかったんですよね。すみません」

 だから謝ったというのに……

「――は!? あっ、ああ、いや。別にそういうわけでは……」

 尊は面食らったように目を見開いた。そして何やら言い淀んでいる。
 威圧感は強烈で少々強引なところはあれど、貞操の危機を救ってくれたり、傍に置いてくれたりと、優しいところのある尊のことだ。
 おそらく気を遣ってくれているのだろう。
 だがこれ以上気を遣われると、惨めになるだけだ。

「気なんて遣わなくても」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、どうしてですか?」
「何でもないから気にするな」
「気になります」

 尊は、そうじゃないと言いながら理由をはっきり口にしない。
 何だかはぐらかされているようで、美桜はしつこく食い下がる。
 同じようなやり取りを繰り返していると、あるものが目についた。
 美桜は真っ赤になった顔を両手で覆い、思わず高い声を上げてしまった。

「――キャッ!?」

 ベッドの傍にたたずんでいる尊の股間が、スラックスの上からでも目視できるほど膨らんでいたのだ。

(――え? これって、私に反応を示してくれてるってことなんじゃ? なのに、どうして……)

 たちまち美桜の頭の中は疑問符で埋め尽くされていく。
 困惑する美桜の元に、再び尊の声が届く。

「もういいから寝てろ。色々あったし、散々喘いだんだ。身体だって辛いだろ」

 それは相変わらず素っ気ない響きだったが、美桜を気遣う優しさがこもったものだった。
 何だか無性に嬉しくなって、胸まで苦しくなってくる。

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