富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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泣きっ面に蜂

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「――」

 我蛇丸は魂が抜けたようにうつろな目をして、さながら亡霊のようにフラフラと橋を渡っていた。

 相変わらず橋の上は人、人、人でごった返しているが、前方から歩いてくる人のほうがフラフラした我蛇丸を気味悪がってけてくれる。

 いつの間にやら右足の草鞋わらじの紐がほどけて地べたをズルズルと引きずっていることにも気付かなかった。

 すると、

 ブチンッ!

 案の定、我蛇丸は引きずっている草鞋の紐を自分の左足で踏んづけ、前につんのめった。

「――っ」

 ハッと我に返ったが、

 すでに身を立て直す余裕はないほど上体は傾いている。

 折悪しく、橋の端っこに露天商の飴売りの爺さんが座っていて、おかめさんの顔の飴細工の入った木箱の前に五歳と三歳ほどの幼い姉弟二人が屈み込み、その背後の赤子をおぶった母親に飴をねだっていた。

 このまま我蛇丸が前へ倒れたなら幼い姉弟二人を下敷きにしてしまう。

 しかし、左右どちらにも身体を避け過ぎると赤子をおぶった母親か飴売りの爺さんに体当たりしてしまう。

 我蛇丸は一瞬のうちに判断し、グイッと身を捻り、幼い姉弟二人と爺さんの間に横倒しになって転倒した。

 ガラガラッ!

 ドスンッ!

 結果、飴の木箱のかどに右腕をしたたかに打ち付けてしまった。

「――痛ぅっ」

 右腕の肘の上あたりに激痛が走った。

「わあああっん」
「うあああっん」

 ビックリした幼い姉弟二人が火の付いたように泣き出す。

「――あわわ」

 飴売りの爺さんは後ろに尻餅を突き、赤、黄、緑など色とりどりの和紙に包まれた棒飴が散らばった中に倒れている我蛇丸を茫然と見つめている。

「も、申し訳ない。飴は弁償する」

 我蛇丸を右腕の痛みをこらえながら立ち上がり、すべての飴の代金を支払って、幼い姉弟二人と母親にお詫びと共に飴を渡した。


「なにぃ?出前の帰りに橋の上で転んだぢゃと?富羅鳥の忍びの若頭たる者がだらしないっ」

 我蛇丸が這う這うのていで錦庵へ戻ると、さっそくシメに叱責された。

「そうぢゃ。富羅鳥の若頭であり、今や、猫魔の頭領でもある者ぢゃ」

 ハトもわざわざ補足する。

「――」

 我蛇丸は面目なさげに項垂うなだれた。

 自分でも情けないのはイヤと言うほど骨身に沁みている。

 なにしろ打った右腕がズキンズキンとすこぶる痛い。

 ちょうど錦庵では昼の書き入れ時も過ぎていたので我蛇丸の怪我のために暖簾のれんを外し、早々と店仕舞いをした。

「まったく、飴ぢゃってバラ撒いただけなら何も買い取らんでも良かったんぢゃ。飴はちゃんと紙に包まっておるんぢゃからの」

 シメは無駄な出費にブツクサと文句を言い、「どうせなら飴の半分くらい雉丸きじまるに持ってきてくれたら良かったに気が利かん」と尚も責め立てる。

「まあまあ、小言こごとはそのくらいにして、痛み止めにお前の鬼のつのを削ってやれ。だいぶ痛むぢゃろう?」

 ハトが気の毒そうに我蛇丸の右腕を見ると、木箱の角に打ち付けた箇所が赤く腫れ上がってきている。

 肉離れを起こしたかもしれなかった。

「う~ん、骨は何ともなさそうぢゃ」

 医術の心得のあるハトが我蛇丸の右腕をあちこち押してみて診断を下す。

「たぬき会までに治るぢゃろうか?」

 我蛇丸は不安げに右腕を曲げ伸ばし、「うぅっ」と痛みに顔を歪めた。

「はああ、こんな時に『金鳥』があったらのう」

 ハトが恨めしげ吐息する。

「いや、そのたるんだ考えが間違いの元ぢゃ。今まで、わし等は『金鳥』があれば多少の怪我などたちどころに治ると安心して、すっかり気が緩んでおったんぢゃ」

「ううむ。ここへ来て我蛇丸がこんな怪我をしたのも『金鳥』に頼らずに抜かりなく気を引き締めよという天からのいましめかも知れんのう」

 我蛇丸とハトはそう言ってキリッと顔を引き締めた。

「幸い、まだシメの鬼のつのがあるのは有り難いことぢゃ」

「ああ。まったくぢゃ」

 ハトと我蛇丸が茶の間へ振り返る。

 茶の間ではシメが鏡台の前で自分の銀杏返しに結った髪を掻き分け、三角に尖ったつのを出すと、やすりでガリガリと先端を削り取っていた。

 前述のとおり鬼のつのは人が飲めば効果覿面の痛み止めの薬になるのだ。

 それも年若い鬼のつのほど効き目がある。

「まあ、効き目でいったら雉丸のが一番ぢゃろう」

 ハトは赤子の雉丸のやっと頭皮から先っぽが見え出したつのを見やった。

「雉丸の角は削ったらいかんっ。初角はつつのの祝いまでは伸ばしとくのがしきたりぢゃ」

 シメが文字通りカッといかって角を出す。

 鬼の一族はしきたりに煩いのだ。

「ほれ、痛むたんびにつのの中側をチビチビと削って飲んだらええんぢゃ」

 親指の先ほどの大きさに削り取ったつのを我蛇丸に差し出す。

 鬼のつのは薬種問屋へ持っていけば三両ほどの高額で買い取ってくれるので惜しそうな顔だ。

 シメはつのが伸びると三ヶ月置きに薬種問屋へ売っては小遣い稼ぎをしていた。

「すまんのう」

 我蛇丸は押し戴いて受け取り、外気に触れていなかったつのの真ん中を前歯で削って飲み込んだ。

 脈を打つようにズキズキしていた痛みがたちどころにスウッとやわらいでいく。

「うん。痛みがほとんどうなった」

 右腕の肘を曲げ伸ばししてみて、ホッと安堵の息をつく。

「しばらくは動かさんほうがええ。腫れは湿布を貼っとけば引くぢゃろう」

 ハトが鍋でドロドロした湿布薬を作り、我蛇丸の右腕にベタベタと塗って油紙で覆い、晒し布を巻いた。

 あとは苦しい時の神頼みでたぬき会までに怪我が治るように祈るしかない。
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