フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

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新しい婚約者候補との顔合わせ

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 セレスタンという最悪の婚約者との縁が切れ、平和に過ごしていたある日のこと。
 ヨーク公爵家から『新しい婚約者候補を連れていきます』という旨の書状が届いた。

「まあ……いよいよ候補の方をお会いできるのね」

 そう考えると急に胸がざわつく。次の婚約者候補はどんな人なのかと思うだけで緊張する。
 セレスタンという失敗の前例があるからこそ、次の相手がまともかどうかを疑ってしまう。

 それに、小説の世界でフランチェスカは当て馬のまま生涯を終えている。
 だからこそ、もしかして私もこの世界で決して幸せになどなれないのかもしれないという不安が付きまとう。

 結婚相手とはせめて互いに尊敬しあえるような関係でありたい。
 愛し合えないというのであればそれでも構わないのだ。政略結婚でそういう夫婦は多い。

 だがこちらを蔑ろにするような相手は駄目だ。妻として尊重してくれないのなら政略の意味もない。

「せめて常識的な方であればよいのだけど……」

 婚約者候補との顔合わせとは本来ならば期待で胸を熱くさせるようなものなのに。
 セレスタンという失敗例のせいで、胸を熱くどころか胸に不安が満ちてくる。

 顔合わせの日まで憂鬱な気分を抱えながら過ごすことになった。



「初めましてフランチェスカ王女殿下。ヨーク公爵が弟、ルイと申します」

 公爵夫妻と共に訪れたのは、まばゆい金の髪をした美少年だった。
 跪拝した姿からでも整った容姿をしていることが分かり、不覚にも胸に熱いものがこみ上げてくる。

「ようこそおいでくださいました。楽になさってください」

 この国では王族に初めて挨拶をする場合、応接室ではなく謁見の間にて跪拝する習わしがある。
 セレスタンと初めて顔を合わせた際もそうだった。
 その時の彼がやけに不満そうな顔をしていたことは今でも覚えている。

 それと比べて、このルイという少年は人当たりの良い笑みを浮かべ、澄んだ青い瞳で真っすぐこちらを見つめてくる。無愛想なセレスタンと真逆の態度に、私のルイに対する好感度がグングンと上がっていく。

 こちらが質問すると、彼は丁寧に言葉を選んで答えてくれる。
 そこに誠実さと私への配慮が感じられ、彼への好感度は益々上がっていった。

 公爵夫妻には『新しい候補者との婚約は会ってみてその人柄を吟味してから結ぶ』と言ったものの、正直に言えば今この場で正式な婚約を結んでしまいたいほどだ。

 彼とならば尊敬しあえる関係を築けるだろう。
 いやむしろ私は彼に好意すら感じる。
 胸に留まり続けていた憂鬱が消え、今や早鐘を打つように騒がしい。

 だが、正式に婚約を結ぶのはまだ早いとなけなしの理性が働く。

 セレスタンで大失敗を経験したのだから、次の婚約は慎重に動かなければならない。

 私はルイとまた会う約束を交わし、今日のところはそのまま帰ってもらった。
 本当ならばもっと話をしてみたいがそれは次の機会にとっておこう。



 自分の宮へと戻り、専属侍女のベルとアンジェだけ残して他は下がってもらう。
 自分達以外誰もいないことを確認すると、二人は恭しく私の前に跪いた。

「姫様、ルイ・ヨーク卿の調を申し上げます」

 凛とした彼女達の声に淀みはなく、胸に光るエメラルドの輝きに相応しい堂々とした振る舞いを見せる。

「ご苦労だったわ二人共」

 労いの言葉をかけると彼女達は嬉しそうに微笑む。
 すっかり王女の侍女として相応しい風格を見せる二人だが、時折こうして素直に感情を表すところがなんとも可愛らしい。生粋の貴族令嬢には見られない、平民ならではの表情に好感を覚える。

「お褒めに預かり恐縮に存じます。では、まずルイ卿の生い立ちからご説明させて頂きますね」

 アンヌマリーへの嫌がらせ目的で始めた侍女へエメラルドのブローチを贈る行為は、私が思った以上の効果を見せた。

 王女から特別に渡されたそれは、侍女達にとっては勲章のようなもの。
 授与された侍女はこの上ない名誉に感動し、より献身的に仕えてくれるようになった。

 私は最初、忠義心を持ってくれたらいいな程度にしか考えていなかったのに、中には心酔のあまりに命まで懸ける者まで出てしまった。それがこの二人、ベルとアンジェだ。

 アンヌマリーへの嫌がらせが半分、彼女達の真面目さを評価したことが半分。
 そういった理由で彼女達へブローチを贈ったのだが、それに感動した二人は侍女の仕事を超えて私に尽くしてくれるようになった。

 それがこの”密偵”という仕事。

 彼女達はこうやって私が知りたい情報を独自に集めてくれるまで成長を遂げたのだ。

 初めてそれを聞いた時、私は思わず「嘘でしょう!?」と叫んでしまいそうだった。
 彼女達にそこまで望んでいなかったし、密偵の技術まで習得するなんて予想すらしていなかったのだ。

 正直、彼女達の忠義心を舐めていた。
 まさかここまでしてくれるようになるなんて、誰が予想できただろうか。少なくとも私はしていない。

 そもそも密偵の仕事を誰に教わったのかというと、王家が所有する”影”からだそうだ。

 これにも「王家の影ってそんな簡単に技術を教えてくれるの!?」を叫びそうになった。
 だってそうだ。そんな簡単に教えていいものじゃない。

 だけどここでもエメラルドのブローチがその効果を発揮した。
 それを身に着けた者は自然と特別扱いされ、王女の為というのなら教えないわけにはいかない空気になったらしい。

 そんなご都合主義みたいな展開ある!?

 またまたそう叫びそうになったのだが、そういえばここって小説の世界だったと思い、それ以上考えるのをやめた。経緯はどうあれ彼女達が私の為に習得してくれたのだから、もうそれでいいやと。

 よくよく考えてみれば、平民の彼女達が王女に見初められて側に侍ることを許されるというのはかなりの出世だ。  

 平民が王族の側に取り立てられるというのは滅多になく、彼女達は他の平民使用人からも羨望の眼差しで見られているとか。

 アンヌマリーへの嫌がらせがとんでもない方向で花を咲かせてしまったなあ、と思うのと同時に、王族の発言力はそれだけ強力なのだなと恐れてしまった。
 
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