【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

文字の大きさ
13 / 87

観念

しおりを挟む
 しばらくすると、空からは純白の雪が降り始めた。寒さを感じるはずの場所で、二人は切なげな暖かさを噛み締めていた。
 点灯式が終わり、次々と人々が帰っていく時には、朔也は片付けに取り掛かっていた。

「私も手伝うよ。」
「だめだ。お前は帰れ。」
「でも…」
「遅くなるから。な?」
「…分かった。」

小夜は朔也の背中を見て、名残惜しさを感じながら帰る支度をした。

「じゃあ、帰るね。」
「ああ。…今日はありがとうな。」
「うん。」

朔也の目尻には擦った痕が赤くなってついていた。小夜は大広場を出る時に、もう一度振り返って、一人で作業をしている朔也を見た。その時の胸の締め付けは、母を亡くした人を切なく想うものではなく、先程までの温もりが消えていく切なさからによるものだった。
 小夜はいつも通り帰り道を歩いていた。道には朔也と出会う前に見たイルミネーションがあの時よりも存在感を放ち、街を照らしていた。小夜の体は毒が回っているかのように、手先は力が入らず、足取りは覚束無おぼつかなかった。

(紬ちゃんが言ってた通りだ…。これが恋なんだね…)

小夜は素直に喜べなかった。たとえ結ばれたとしても、小夜と朔也には年齢の壁がある。朔也を好きになってしまった今、結ばれることは難しいと分かっていて、終わる恋だと分かっていて、この気持ちを大切に育てる意味があるのかと悩んでいた。

(朔也くんは私のこと妹としか思ってないのかな…それとも…)

 小夜が歩いていると、道の脇に見覚えのある車があった。その運転席には怒った顔の佐藤の姿があった。小夜は先ほどの感覚が冷風に吹き飛ばされたように無くなり、背筋を凍らせた。そそくさと車の方に行き、後部座席に座った。

「お嬢。」
「はい!」
「なんでこんなとこにいるんですか?」

佐藤は普段よりも尖らせた目で小夜を睨んだ。笑って落ち着こうとしているのか、ひくつきながら口角が上がっている。その顔に小夜の背筋は伸び、苦笑いを見せた。

「ちょっと、友達と話しすぎちゃって…」
「へー、この前言ってた宮月の子達ですか?」
「そう!」
「あれ?でも、今日は店の方のクリスマスパーティーにいた気がするなぁ。」
「うっ…」

佐藤は数々の店の経営管理人をやっていたので、宮月のスケジュールは把握済みであった。鎌をかけられ、まんまと反応してしまった小夜は、もう嘘は通じないと観念した。

「遥子さんのとこじゃなくて、最近ずっとあの男に会ってたんですね?今朝、遥子さんのとこに行ってくるって言ったっきり帰って来ないから、確認しに行きましたよ。」
「遥子さんに会いに行ったの!?」
「はい。」
「なんて言ってた?」
「ここ最近小夜ちゃんと長話した記憶はないって言ってました。」
「まあ、そうなるよね…。」
「で、あの男はなんなんですか?」

小夜は学校での騒動があってからの出来事、朔也の店でバイトを始めたことを佐藤に全部話した。佐藤は話を進める度に溜息の大きさを大きくしていき、話が終わる頃にはぐったりとしていた。

「…総裁にバレたら、俺殺される……。」
「本当、ごめんなさい。」
「しかし、あの店の息子はあんなに大きくなってたんだな…」
「あれ?佐藤、朔也くんに会ったことあったっけ?」
「会ったことはないですけど、お嬢を宇津井屋に迎えにいった時に見たことがあります。」

佐藤は深呼吸をした後に、運転席を降り、外から小夜側のドアを開けた。佐藤は小夜の左膝を強引に引っ張り、ギブスと包帯を巻き始めた。

「お嬢は友達と遊んでいる間に大怪我をしたから、遅れた。いいですね?今回ばかりは自分で総裁たちに説明をしてください。」
「はい…。」
「それと、」
「何?」
「宇津井とは何もないんですね?」

その言葉に小夜はびくりとし、佐藤から目を離した。

「何もないよ?」
「何もない奴と抱き合うんですか?」
「み、見てたの!!?」
「大広場まで行ったら見えちゃったんですよ…。」

小夜は少し顔を赤らめながら小声で答えた。

「…私は朔也くんのこと好きだよ。」
「はあ、」

佐藤は大きく溜息をつくと、運転席に戻って、車を動かした。

「お嬢、もしかしたら遊ばれてるだけかもしれないですよ。ああいう顔が綺麗な奴はその気がなくても女をその気にさせて捨てるタイプが多いですからね。」
「朔也くんはそんな人じゃないわよ!!」
「一語一句間違わずにそう言った後に泣かされた女たちを幾人か俺は見てきました。」
「うっ…」

小夜はまだ恋愛に関しては赤子ほどの経験もない。女を持て余していた時期のある佐藤に言われてしまっては、何もいうことができなかった。

「でも、真面目な話、宇津井がお嬢のことを好いていて、付き合うことになっても宇津井の命が危うくなるだけですよ。総裁たちはお嬢を堅気の人間にさせたくないという気持ちが強いですから、絶対に許しません。」
「言われなくても、分かってるわよ…」
「それに…」
「ん?」
「…なんでもないです。」

佐藤は朔也と付き合ってほしくない理由があったが、躊躇った。この場で言えるほど簡単な話ではないからだ。小夜は躊躇っている佐藤の様子を見て深掘りすることをやめた。その後は二人は何も話さずに屋敷へと向かった。
 
 もう少しで屋敷に着くというところで、佐藤は急に口を開いた。

「お嬢。」
「何?」
「遥子さんのとこに行ったら、商店街の人たちに囲まれてすごい目で見られましたよ。」
「え?」
「『小夜ちゃんの家のことは聞いた。お前らの仕事は嫌いだし、関わりたくないが、小夜ちゃんが良い子なのは私らはよく分かってる。お前らのせいで小夜ちゃんが傷つくことがあったら、私らが全力で守る。』って啖呵切って言われました。」

佐藤は嬉しそうに話していた。

「お嬢、バレてしまったのは、もう、どうにもなりませんが、お嬢の頑張りは無駄ではなかったですよ。よく頑張りましたね。」
「…うん。」

小夜は佐藤の『よく頑張った』という言葉を胸の中に仕舞い、今までの自分に聞かせていた。そして一粒だけ嬉し涙を流し、微笑んだ。

ーーーーーーーー

 ちなみに、クリスマスパーティーは若手の一人が、用意されていた食事を豪快にぶちまけ、開催時間が一時間遅れたので、小夜と佐藤は遅刻扱いにならなかった。それでも、予定時間にいなかったことを総裁に酷く怒られた。しかし、佐藤の用意した虚偽の説明でなんとか納得させることができたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

【完結】王命の代行をお引き受けいたします

ユユ
恋愛
白過ぎる結婚。 逃れられない。 隣接する仲の悪い貴族同士の婚姻は王命だった。 相手は一人息子。 姉が嫁ぐはずだったのに式の前夜に事故死。 仕方なく私が花嫁に。 * 作り話です。 * 完結しています。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...