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3・花火大会はプリンス達と
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ぐぅるるるるるるぅぅぅ~…
「お腹すいたぁ…」
翔先輩のおかげでようやく戻ってきた巾着袋改めお財布を片手に腹の虫を鳴らしながら人混みの中を歩いていた。
「合流より先に目先の虫よね!何食べようかな~…うわっ!?」
「おっと…ん?相浦?」
人混みのせいもあってか誰かにぶつかるや否や聞き覚えのある声が聞こえ見上げるとイカ焼き片手に見下ろす立川先輩の姿があった。
「え!?た、立川先輩!」
腹の虫解決より先に合流が先になっちゃった…イカ焼き美味しそう
立川先輩と合流出来た幸運より目の前のイカ焼きに意識がいき目は完全にイカ焼き一点である。
「お前…俺よりイカ焼きの方がいいのかよ」
「はいっ!イカ焼き食べたいです!!」
二度返事で頷き肯定すると立川先輩は呆れた眼差しでイカ焼きを差し出した。
「え…食べてもいいんですか!?」
「やるか、ばーか」
「あっ!?……あぁ」
目の前に差し出されたのに口に運ばれること無く食べられたイカ焼きにショックと同時に腹の虫が鳴いた。
酷い…イカ焼き食べたかったのに
「そんなこの世の終わりなんて顔をするなよ」
「むっ…この世の終わりも同然ですよ!お腹すいてるのに目の前で食べるだなんて酷すぎます!立川先輩の馬鹿っ!!」
「はぁ…奢ってやるからそう怒るなって」
「へ?奢り?」
「ああ、奢りだ。何でも好きなの言え、奢ってやる」
「立川先輩、ありがとうございます!大好きですっ!!」
「っ…お前なぁ…」
一瞬にして掌を返す言動に呆れたような声が返ってきたが今はそれどころじゃない。奢り…やったー!タダでご飯!!
「んじゃ、とりあえず何食いたいんだ?」
「え~とですねぇ…まずは先輩のイカ焼きでしょ~…次にたこ焼きに焼きそばにりんご飴も食べたいしなぁ…ん~…じゃあ、全部で!」
「アホかっ!」
ピシッ!
「痛っ!?何するですか~…」
急に飛んできたデコピンに額を擦りながら睨むと立川先輩の怒涛の正論が飛んできた。
「全部ってお前はアホなのか?馬鹿なのか?お前の胃袋にそんなに入るわけねーだろ、ど阿呆っ!食べ物が無駄になるわ!」
「う~…でもタダだし、今のうちに食べて置かなきゃなぁ~て……ダメですか?」
「ダメだ」
「うっ…分かりました。仕方ないから二つにしますよ」
くっ…苦渋の決断だわ。ん~…今一番食べたい物はっと…
出店を見渡すと熱々のたこ焼きと可愛いクマが描かれた袋に詰められているミニカステラが目に入った。
「あれ!あのたこ焼きとカステラ食べたいですっ!!」
「りょーかい!買ってやるから離れないように俺の浴衣に掴んどけ」
手を掴まれそのまま浴衣を掴まされると人混みの中を大きな背に守られるように潜り抜けた。
少し照れるなぁ……こういうの…
こういった状況に不慣れな為かヒロインが経験するイベントに照れ臭くなった。
「へい!いらっしゃいっ!」
「おじさん、たこ焼き一つ下さい!」
「おう!たこ焼き一つな…まいどっ!!」
お金を渡したこ焼きと交換するとすぐ隣のカステラ屋さんへと足を向けた。
「すみません、カステラ一ついいですか?」
「はい!少々お待ち下さい…っ」
ミニカステラが可愛らしいクマ柄の袋に詰め込まれ待ち構えていたように立川先輩がお金を差し出すとミニカステラと交換された。
「ありがとうございましたっ!!」
カステラ屋さんのお姉さんと別れそのまま立川先輩に連れられながら私達は屋台裏にある木製のベンチで買った食べ物を食べる事にした。
「ほらよ、たこ焼き」
「ありがとうございます…っ!」
熱々のたこ焼きを受け取ると丸々とした一個を爪楊枝で刺しさっそく口に運ぶ。
「…あちっ!?」
「馬鹿!先に冷ましてから食べろよ」
「は、はぃ…」
熱さでヒリヒリする舌にたこ焼きを一旦戻すとその瞬間横から取られた。
「ほら、変わりに冷ましてやるから次はちゃんと食べろよ?」
「え…」
その言葉の通りたこ焼きを丁寧に冷ますと口元へと差し出された。
「ほら、早く食え」
「あ、ありがとうございます…っ」
何これ?え?何これ?これってもしかしなくても少女漫画や乙ゲーでヒロインがよくやられてる”あ~ん”ってやつですか!?いやいや、ハードル高いって!モブの私には難易度高すぎますから…っ!
今までの数々の出来事を棚に上げ今更ながら戸惑っていると急かすような立川先輩の声が掛けられた。
「食べないのか?」
「た、食べますよ…っ!!」
たこ焼きが食べれないのは絶対嫌だという思いで意を決して食いつくとフワフワでトロトロの中身と外がサクッとした食感に美味しさが込み上げた。
「美味しい~~っ!!」
「ぷはっ…それは良かったな」
「はい!大満足ですっ!!」
満面の笑みでたこ焼きの食感を堪能しながらその美味しさから先程の恥ずかしさなど忘れ次々に差し出されるたこ焼きを満喫したのだった。
「はぁ~~~!美味しかった!次はカステラ食べなきゃっ!」
クマ柄の袋を上げカステラの甘い匂いが鼻につくとそのフワフワのカステラを取り口に運んだ。
「んっ…甘~~いっ!!」
「美味しいか?」
「はい!甘くてフワフワしてて美味しいです!!」
「そうか、そんなに美味しいなら俺も食べたくなってきたな…」
「立川先輩も一つ食べますか?」
「お!くれるのか?」
「はい、どうぞ……」
「あ……なっ!?」
立川先輩の口元にカステラを差し出すも悪戯心が働き食べさせることなく元に戻した。
「えへへ、冗談ですよーだっ!」
「お前なぁ……こらっ!寄こせ!」
手に持つカステラに手を伸ばす立川先輩の手を必死で避けながら叫ぶ。
「だ、駄目ですよっ!?これは私のカステラ……うわっ…」
「危ねっ!……あ…」
カステラを高く上げ気づけば後ろへと下がりすぎてしまい流れるように倒れ手を伸ばしていた立川先輩と共に倒れ込んだ。
「あ、あの……」
「……」
目の前に映る立川先輩に恐る恐る問いかけると何故か無言のまま徐々に顔が近づいた。
「っ……」
数ミリの距離に堪らず目を閉じると予想と違う言葉が返ってきた。
「頂きっ!」
「あ、ズルいっ!」
目を開けるといつの間にか手に持っていたカステラを取り食べる立川先輩の姿があった。
「隙がありすぎなんだよ、相浦は」
「隙じゃなくて立川先輩が騙すような真似をしたから…」
「騙してないだろが」
「騙してますよ!顔なんか近づけてき……何でもないです…っ」
思わず出かけた言葉に口をつぐみ顔を逸らすと途切れた言葉を紡ぐように立川先輩が口を開く。
「…キ…ス……されると思ったのか?」
「っ…」
逸らした顔を向けさせるように触れられると熱を帯びた眼差しが真っ直ぐに注がれた。
何でだろう?目が…逸らせない
いつもと違う立川先輩の眼差しに居た堪れないでいるとその間を割るように高らかい声が耳に響いた。
「優希く~ん!どこにいますか~?」
秋月さん…!?
すかさず体を起こし互いに距離を離すとタイミングよく秋月さんが現れ甘く撫でるような声で立川先輩に距離を詰める。
「いたいた~!もうっ!どこに居たのですか?優希くん」
「どこにいたって別につぐみちゃんには関係ないと…」
「関係大有ですよっ!せっかく優希くんの為に浴衣着たのに見てくれないなんて悲しいです…」
「へ…?」
まるで未だに好意を抱いているかのような甘い台詞と紅葉柄のオレンジ色の浴衣を見せるようにくるりと可愛らしく回る秋月さんに立川先輩はまんまと目を奪われていた。
秋月さん、諦めないとは言ってたけど昨日の今日で手のひら返すの早すぎませんか…?もう完全に小悪魔モード入ってるよ。それに騙される立川先輩も立川先輩だけど…
色々と矛盾しすぎている状況に内心引き攣りながらも秋月さんのメンタルの強さに感心するのだった。
「んじゃ、立川先輩を貰っていきますね!雪さん」
「え…え!?あ、はい…?」
立川先輩の事より秋月さんの急な名前呼びに開いた口が塞がらず流されるように頷いてしまった。
「ちょっ!?相浦、何で承諾してんだよ!」
「え、だって…」
「じゃ、失礼します…」
「お、おいっ!?うわぁぁぁぁ…」
両手を固定されたまま引きづられていく立川先輩はまるで逮捕され連れていかれる犯人のようだった。まぁ、秋月さんが相手なら小悪魔に捕まった人間にも見えるけどね。
*
益々賑わいを見せるお祭りは花火開始が近づくにつれて人が多くなっていた。人々の賑わう声に混ざり下駄の音を響かせながら人が少ない裏道を歩いていると蛍が飛び回る川を挟んで一台の青の車が止まっていた。
誰の車だろう?というか、あんな所で何で車?
普通なら車で来た人は神社の入口付近で駐車するので何故裏側の川沿いに止めているのか疑問に思ったのだ。
…ん?あれ?誰かいる?
目を凝らしてよく見てみると車付近に背の高い人影が見え首を傾げる。
ん~…とにかく行ってみよっと!
暗いせいかよく見えない人影にどうしても気になったので近付いてみる事にした。
……ブチッ
「へ?うわっ!?」
何かが切れる音がし足を止めるのと同時に前のめりになり転びかけながらも咄嗟に片足で踏ん張る。
「ふぅ~…何とか転びずには済んだけどこれどうしよう…」
足元に視線を落とすと右足の下駄紐が見事に切れておりこれ以上歩く事は不可だと伝えていた。
「……そこに誰かいるのか?」
男性の声が聞こえ見上げると川沿い越しに蛍の光を纏わせた緑先生の姿があった。
「緑……先生…?」
「相浦か?」
「は、はい!」
「こんな所で何してるんだ?皆と一緒に居たんじゃ…」
「それがその…皆とはぐれてしまって、ついでに言うと下駄の紐が切れたというますか…それで動けないといいますか…」
余りにも情けない状況につい口篭ると緑先生の呆れた声が返ってきた。
「はぁ…毎度毎度トラブルばっかり巻き込まれやがって…」
「す、すみません」
何も言い返せない言葉につい謝罪の言葉を口にすると先生は川を飛び越えあっという間に目の前に現れた。
「ほら、見せてみろ…」
慣れた手つきで切れた方の下駄を脱がすと支えるように手を肩に置かせると自身のハンカチを破り切れた紐を直していった。
「よし、これでいいか…歩けるか?」
直された下駄を履きしっかりと歩ける事を確認し頷く。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます!」
「ああ…」
「緑先生…?」
顔をこばませる緑先生に不思議に思い問いかけると重々しく口を開いた。
「その、なんだ…一緒に花火でも見ないか?」
「へ?」
「普通なら早く皆と合流しようとすればいいんだが、もうすぐ花火も上がるし出来れば相浦と一緒に花火を見たいなと思ってな…先生とじゃ嫌だよな?」
「い、いえっ!そんな事は全然…皆とも見たいけど緑先生とも花火見たいから嬉しいです…っ!」
「あ、ああ……良かった…っ」
照れくさそうに安堵する緑先生に笑みを浮かべ連れられるままに緑先生の車だという青い車に行くとそこは丁度花火がいい具合に見える絶好の場所だった。
「綺麗……」
「ああ、綺麗だ…ほんとに」
「ですよね!こんなにいい……っ」
振り向くと緑先生の視線が真っ直ぐにこちらに向けられている事に気付き言葉を飲み込む。
「相浦…」
「は、はひ…っ!?」
つい声が上擦るとそんな私のミスもお構い無しに熱っぽい眼差しが注がれる。
「俺が我慢している間は誰にも奪われるなよ…?」
「っ…あ……」
タイミングよく花火がなり何を言ったのか聞こえなかったが、口元をそっと撫でられ自嘲するような笑みを向けられ早くなる鼓動が益々早くなる。
本当は心のどこかで分かってたのかもしれない…だけど、気づきたくなかった。それは私の役目じゃない…
「相浦?どうした?気分でも悪いのか?」
「い、いえ…大丈夫です」
この世界が乙ゲーじゃなかったら…今の自分が乙ゲーのヒロインだという事実に自分の行動一つ一つが攻略対象者達を騙しているようで嫌になった。どんなに優しくされてもどんなに熱っぽい眼差しで見つめられても秋月さんが望む場所は私にとってただ苦しいだけだった。だから、私は彼らに答える事は出来ない…
鳴り止むことのない花火の音が響きながら私を見つめる緑先生の瞳に小さく笑みを零した。
「お腹すいたぁ…」
翔先輩のおかげでようやく戻ってきた巾着袋改めお財布を片手に腹の虫を鳴らしながら人混みの中を歩いていた。
「合流より先に目先の虫よね!何食べようかな~…うわっ!?」
「おっと…ん?相浦?」
人混みのせいもあってか誰かにぶつかるや否や聞き覚えのある声が聞こえ見上げるとイカ焼き片手に見下ろす立川先輩の姿があった。
「え!?た、立川先輩!」
腹の虫解決より先に合流が先になっちゃった…イカ焼き美味しそう
立川先輩と合流出来た幸運より目の前のイカ焼きに意識がいき目は完全にイカ焼き一点である。
「お前…俺よりイカ焼きの方がいいのかよ」
「はいっ!イカ焼き食べたいです!!」
二度返事で頷き肯定すると立川先輩は呆れた眼差しでイカ焼きを差し出した。
「え…食べてもいいんですか!?」
「やるか、ばーか」
「あっ!?……あぁ」
目の前に差し出されたのに口に運ばれること無く食べられたイカ焼きにショックと同時に腹の虫が鳴いた。
酷い…イカ焼き食べたかったのに
「そんなこの世の終わりなんて顔をするなよ」
「むっ…この世の終わりも同然ですよ!お腹すいてるのに目の前で食べるだなんて酷すぎます!立川先輩の馬鹿っ!!」
「はぁ…奢ってやるからそう怒るなって」
「へ?奢り?」
「ああ、奢りだ。何でも好きなの言え、奢ってやる」
「立川先輩、ありがとうございます!大好きですっ!!」
「っ…お前なぁ…」
一瞬にして掌を返す言動に呆れたような声が返ってきたが今はそれどころじゃない。奢り…やったー!タダでご飯!!
「んじゃ、とりあえず何食いたいんだ?」
「え~とですねぇ…まずは先輩のイカ焼きでしょ~…次にたこ焼きに焼きそばにりんご飴も食べたいしなぁ…ん~…じゃあ、全部で!」
「アホかっ!」
ピシッ!
「痛っ!?何するですか~…」
急に飛んできたデコピンに額を擦りながら睨むと立川先輩の怒涛の正論が飛んできた。
「全部ってお前はアホなのか?馬鹿なのか?お前の胃袋にそんなに入るわけねーだろ、ど阿呆っ!食べ物が無駄になるわ!」
「う~…でもタダだし、今のうちに食べて置かなきゃなぁ~て……ダメですか?」
「ダメだ」
「うっ…分かりました。仕方ないから二つにしますよ」
くっ…苦渋の決断だわ。ん~…今一番食べたい物はっと…
出店を見渡すと熱々のたこ焼きと可愛いクマが描かれた袋に詰められているミニカステラが目に入った。
「あれ!あのたこ焼きとカステラ食べたいですっ!!」
「りょーかい!買ってやるから離れないように俺の浴衣に掴んどけ」
手を掴まれそのまま浴衣を掴まされると人混みの中を大きな背に守られるように潜り抜けた。
少し照れるなぁ……こういうの…
こういった状況に不慣れな為かヒロインが経験するイベントに照れ臭くなった。
「へい!いらっしゃいっ!」
「おじさん、たこ焼き一つ下さい!」
「おう!たこ焼き一つな…まいどっ!!」
お金を渡したこ焼きと交換するとすぐ隣のカステラ屋さんへと足を向けた。
「すみません、カステラ一ついいですか?」
「はい!少々お待ち下さい…っ」
ミニカステラが可愛らしいクマ柄の袋に詰め込まれ待ち構えていたように立川先輩がお金を差し出すとミニカステラと交換された。
「ありがとうございましたっ!!」
カステラ屋さんのお姉さんと別れそのまま立川先輩に連れられながら私達は屋台裏にある木製のベンチで買った食べ物を食べる事にした。
「ほらよ、たこ焼き」
「ありがとうございます…っ!」
熱々のたこ焼きを受け取ると丸々とした一個を爪楊枝で刺しさっそく口に運ぶ。
「…あちっ!?」
「馬鹿!先に冷ましてから食べろよ」
「は、はぃ…」
熱さでヒリヒリする舌にたこ焼きを一旦戻すとその瞬間横から取られた。
「ほら、変わりに冷ましてやるから次はちゃんと食べろよ?」
「え…」
その言葉の通りたこ焼きを丁寧に冷ますと口元へと差し出された。
「ほら、早く食え」
「あ、ありがとうございます…っ」
何これ?え?何これ?これってもしかしなくても少女漫画や乙ゲーでヒロインがよくやられてる”あ~ん”ってやつですか!?いやいや、ハードル高いって!モブの私には難易度高すぎますから…っ!
今までの数々の出来事を棚に上げ今更ながら戸惑っていると急かすような立川先輩の声が掛けられた。
「食べないのか?」
「た、食べますよ…っ!!」
たこ焼きが食べれないのは絶対嫌だという思いで意を決して食いつくとフワフワでトロトロの中身と外がサクッとした食感に美味しさが込み上げた。
「美味しい~~っ!!」
「ぷはっ…それは良かったな」
「はい!大満足ですっ!!」
満面の笑みでたこ焼きの食感を堪能しながらその美味しさから先程の恥ずかしさなど忘れ次々に差し出されるたこ焼きを満喫したのだった。
「はぁ~~~!美味しかった!次はカステラ食べなきゃっ!」
クマ柄の袋を上げカステラの甘い匂いが鼻につくとそのフワフワのカステラを取り口に運んだ。
「んっ…甘~~いっ!!」
「美味しいか?」
「はい!甘くてフワフワしてて美味しいです!!」
「そうか、そんなに美味しいなら俺も食べたくなってきたな…」
「立川先輩も一つ食べますか?」
「お!くれるのか?」
「はい、どうぞ……」
「あ……なっ!?」
立川先輩の口元にカステラを差し出すも悪戯心が働き食べさせることなく元に戻した。
「えへへ、冗談ですよーだっ!」
「お前なぁ……こらっ!寄こせ!」
手に持つカステラに手を伸ばす立川先輩の手を必死で避けながら叫ぶ。
「だ、駄目ですよっ!?これは私のカステラ……うわっ…」
「危ねっ!……あ…」
カステラを高く上げ気づけば後ろへと下がりすぎてしまい流れるように倒れ手を伸ばしていた立川先輩と共に倒れ込んだ。
「あ、あの……」
「……」
目の前に映る立川先輩に恐る恐る問いかけると何故か無言のまま徐々に顔が近づいた。
「っ……」
数ミリの距離に堪らず目を閉じると予想と違う言葉が返ってきた。
「頂きっ!」
「あ、ズルいっ!」
目を開けるといつの間にか手に持っていたカステラを取り食べる立川先輩の姿があった。
「隙がありすぎなんだよ、相浦は」
「隙じゃなくて立川先輩が騙すような真似をしたから…」
「騙してないだろが」
「騙してますよ!顔なんか近づけてき……何でもないです…っ」
思わず出かけた言葉に口をつぐみ顔を逸らすと途切れた言葉を紡ぐように立川先輩が口を開く。
「…キ…ス……されると思ったのか?」
「っ…」
逸らした顔を向けさせるように触れられると熱を帯びた眼差しが真っ直ぐに注がれた。
何でだろう?目が…逸らせない
いつもと違う立川先輩の眼差しに居た堪れないでいるとその間を割るように高らかい声が耳に響いた。
「優希く~ん!どこにいますか~?」
秋月さん…!?
すかさず体を起こし互いに距離を離すとタイミングよく秋月さんが現れ甘く撫でるような声で立川先輩に距離を詰める。
「いたいた~!もうっ!どこに居たのですか?優希くん」
「どこにいたって別につぐみちゃんには関係ないと…」
「関係大有ですよっ!せっかく優希くんの為に浴衣着たのに見てくれないなんて悲しいです…」
「へ…?」
まるで未だに好意を抱いているかのような甘い台詞と紅葉柄のオレンジ色の浴衣を見せるようにくるりと可愛らしく回る秋月さんに立川先輩はまんまと目を奪われていた。
秋月さん、諦めないとは言ってたけど昨日の今日で手のひら返すの早すぎませんか…?もう完全に小悪魔モード入ってるよ。それに騙される立川先輩も立川先輩だけど…
色々と矛盾しすぎている状況に内心引き攣りながらも秋月さんのメンタルの強さに感心するのだった。
「んじゃ、立川先輩を貰っていきますね!雪さん」
「え…え!?あ、はい…?」
立川先輩の事より秋月さんの急な名前呼びに開いた口が塞がらず流されるように頷いてしまった。
「ちょっ!?相浦、何で承諾してんだよ!」
「え、だって…」
「じゃ、失礼します…」
「お、おいっ!?うわぁぁぁぁ…」
両手を固定されたまま引きづられていく立川先輩はまるで逮捕され連れていかれる犯人のようだった。まぁ、秋月さんが相手なら小悪魔に捕まった人間にも見えるけどね。
*
益々賑わいを見せるお祭りは花火開始が近づくにつれて人が多くなっていた。人々の賑わう声に混ざり下駄の音を響かせながら人が少ない裏道を歩いていると蛍が飛び回る川を挟んで一台の青の車が止まっていた。
誰の車だろう?というか、あんな所で何で車?
普通なら車で来た人は神社の入口付近で駐車するので何故裏側の川沿いに止めているのか疑問に思ったのだ。
…ん?あれ?誰かいる?
目を凝らしてよく見てみると車付近に背の高い人影が見え首を傾げる。
ん~…とにかく行ってみよっと!
暗いせいかよく見えない人影にどうしても気になったので近付いてみる事にした。
……ブチッ
「へ?うわっ!?」
何かが切れる音がし足を止めるのと同時に前のめりになり転びかけながらも咄嗟に片足で踏ん張る。
「ふぅ~…何とか転びずには済んだけどこれどうしよう…」
足元に視線を落とすと右足の下駄紐が見事に切れておりこれ以上歩く事は不可だと伝えていた。
「……そこに誰かいるのか?」
男性の声が聞こえ見上げると川沿い越しに蛍の光を纏わせた緑先生の姿があった。
「緑……先生…?」
「相浦か?」
「は、はい!」
「こんな所で何してるんだ?皆と一緒に居たんじゃ…」
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余りにも情けない状況につい口篭ると緑先生の呆れた声が返ってきた。
「はぁ…毎度毎度トラブルばっかり巻き込まれやがって…」
「す、すみません」
何も言い返せない言葉につい謝罪の言葉を口にすると先生は川を飛び越えあっという間に目の前に現れた。
「ほら、見せてみろ…」
慣れた手つきで切れた方の下駄を脱がすと支えるように手を肩に置かせると自身のハンカチを破り切れた紐を直していった。
「よし、これでいいか…歩けるか?」
直された下駄を履きしっかりと歩ける事を確認し頷く。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます!」
「ああ…」
「緑先生…?」
顔をこばませる緑先生に不思議に思い問いかけると重々しく口を開いた。
「その、なんだ…一緒に花火でも見ないか?」
「へ?」
「普通なら早く皆と合流しようとすればいいんだが、もうすぐ花火も上がるし出来れば相浦と一緒に花火を見たいなと思ってな…先生とじゃ嫌だよな?」
「い、いえっ!そんな事は全然…皆とも見たいけど緑先生とも花火見たいから嬉しいです…っ!」
「あ、ああ……良かった…っ」
照れくさそうに安堵する緑先生に笑みを浮かべ連れられるままに緑先生の車だという青い車に行くとそこは丁度花火がいい具合に見える絶好の場所だった。
「綺麗……」
「ああ、綺麗だ…ほんとに」
「ですよね!こんなにいい……っ」
振り向くと緑先生の視線が真っ直ぐにこちらに向けられている事に気付き言葉を飲み込む。
「相浦…」
「は、はひ…っ!?」
つい声が上擦るとそんな私のミスもお構い無しに熱っぽい眼差しが注がれる。
「俺が我慢している間は誰にも奪われるなよ…?」
「っ…あ……」
タイミングよく花火がなり何を言ったのか聞こえなかったが、口元をそっと撫でられ自嘲するような笑みを向けられ早くなる鼓動が益々早くなる。
本当は心のどこかで分かってたのかもしれない…だけど、気づきたくなかった。それは私の役目じゃない…
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「い、いえ…大丈夫です」
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鳴り止むことのない花火の音が響きながら私を見つめる緑先生の瞳に小さく笑みを零した。
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日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
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