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4・海イベント
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別荘の一階にある広間の隣にはセレブ特有の大きな長いテーブルに複数の椅子が並べられた食堂室や飾りきれなかった高そうな壺や絵画などが置かれた物置部屋や主にお客様のための広い応接室やシークレットとされる部屋などがあり現在葉山達がいるのはお客様専用の応接室だった。
「…ゆき大丈夫かな?一人で森の中なんて私なら怖くて耐えられないよ…」
不安そうな真奈の言葉がその場全員の不安を更に煽る。
その中で一人にがり潰したように歯を噛み締める人物がいた。
「クッソッ…どんだけ心配させたら気が済むんだよっ…」
ダンッ
「葉山先生っ!」
「すまんっ!ちょっくら探しに行ってくるわ」
「それは駄目です。今いっても雪と同じように迷子になるだけです」
「ちっ…確かに桂馬の言う通りにこの雨じゃ迷子になるだけだが…じゃあどうしろっていうんだよ」
「…俺も一緒に行きます」
「は?」
真剣な面持ちでそう言う桂馬に唖然となりながらもすぐ様首を横に振る。
「駄目だ。二人で行った所で迷子にならないとは限らないし生徒であるお前まで危険に晒すわけにはいかない」
「なら、皆で探したらどうですか?」
「…は!?」
真奈の突然の提案に固まる一同他所に更に話を続ける。
「だって、一人や二人で行くよりその方が早く見つかるし迷子になる可能性も低くなるじゃないですか♪」
「僕も真奈ちゃんの意見にさんせ~い!」
「僕も僕も!」
「確かに全員で行く方が早いな」
「では、そのように手配してまいります…」
「ああ、頼む」
灰原は、金城に小さく会釈をすると何やら準備をしに応接室を後にする。
「迷いの森といっても道が二手や三手に入り交じっていてあいつがどのルートを通ったのかは実のところ分からない。だが、1箇所に目印となる者を置き目印として信号弾を送ったら迷っても元いた位置に帰り着くはずだ」
金城は淡々と冷静に話すと真剣な目付きでそれを聞いている一同に鋭い視線を送る。
「まず、分けるとしたら待機する者一人と探す者その他。誰か待機する者はいないか?」
「葉山先生でいんじゃないかなー?」
すると口を閉ざしていた真奈が今にでも飛び出していきそうな葉山を見る。
「はぁ?俺はあいつを探すぞ!俺のせいでこうなったってのもあるし教師として探さなければ…」
「教師だからこそみんなの帰る場所になるべきでは?」
いつもは口を挟むことのない桂馬が唐突に正論とも言える言葉を挟む。
「っ…だが…」
それでも尚引こうとはしない葉山に桂馬に加勢するかのように高宮も口を挟む。
「だ~か~ら!葉山先生は先生らしくどんと構えてその間に俺達が必ず探し出すから心配しないでっていってんの!そりゃあ雪ちゃん心配する気持ちはこの場にいる全員が分かるけど俺達だって先生の生徒なんだよ?先生は先生らしくしてくんなきゃ困るっしょ」
「高宮…」
「光っち、珍しくまともな事言ってる~」
バシッ
茶化すような龍の言葉にすかさずおでこに強いデコピンが飛ぶ。
「珍しくって何?俺はいつもまともでしょ?ね?」
笑顔な割に目が笑ってない高宮に臆することもなく尚呑気に爆弾を投下する。
「あれれ~?そうだっけ~?光っちがまともなんてありえな~い!」
バシッドカッ
デコピン&キックのダブルにさすがの龍もノックダウンの状態に馬鹿馬鹿しいとばかりに桂馬、葉山、金城が頭を抱える。
「お前らいい加減にしろ!こんな時にじゃれあってる場合か!」
「葉山先生ひど~い!これがじゃれあってる様にみえる~?」
「はぁ…龍少し黙っとけ」
その言葉に一同が首を縦に振る。
「とにかく、これで待機する者と探索する者が決まったな。チーム分けだが、光・アリス、龍・遼・七瀬、翔・葉山先生、俺と灰原で決まりだな」
そのチーム分けに若干不服そうな高宮・アリスと桂馬・葉山は互いを複雑な気持ちで見る。
「もう一度言う、これでいいよな?」
金城の否を言わせない鋭い視線が一同に飛び交い先程まで不服そうにしていた四人は怯みつつもすぐ様首を縦に振る。
黒王子と呼ばれる金城は他にも様々呼び名で呼ばれていた。
雪がよく呼んでいる悪魔も含め鷹や野獣や魔王、種は様々だが全てにある共通点はその鋭い目で否を言わせない恐怖と支配力を表していた。
俺、会長のこの目嫌いだ…
多分、高宮のその言葉はその場にいる誰もが共感する言葉だろう。
大粒の雨がさしている傘と傘からわずかにはみ出る雨合羽に打ち付ける中迷いの森の分かれ道手前に九人の男女の姿があった。
「ここから二手に分かれる。葉山先生はここで待機として俺・翔・灰原は右に行き、アリス・龍・遼・七瀬は左に行け!それぞれ二手に分かれたとしてもその先の道にも分かれ道がいくつか存在する。左は最も道が多いためあえて龍たちに任せる。雪を見つけ次第各々待機している葉山先生に連絡をしそれを受け取った葉山先生はその瞬間手に持っているその雨にも濡れない赤い信号弾を打ち上げろ。それをみたらすぐ上がっている場所に引き返せ」
「了解!」
金城の合図の元に各々行動に移し左と右にて分かれ今も尚雨に打たれ一人不安な思いをしている迷子の雪の捜索が始まった。
ザーザー…
雨凄いな…
傘では防げないほどになってきた大粒の雨に傘から雫が落ち片目を瞑る。
「翔!ここから先はまた道が三本に分かれているからまた分かれるぞ!」
「分かった。じゃあ、俺は右に行く」
「くれぐれも気をつけるんだぞ!いいな?」
「了解」
金城はそう言うと真っ直ぐの道に進み、隣に付き添っていた灰原は左の道に進んだ。
右に進んだ翔は進んでいくうちに大きな木々が増えていっているのに気づいた。
この雨でこの大きな木々たちは助かるな…
ほんのわずかだが大量に降り続く雨が和らいでいくのを感じもしかしたら…というわずかな期待感が早まる気持ちを急かす。
大きな木々の道を通っていると一際大きな木々が重なって雨を防いでいる木々の下に疲れて気を失っているのか木にもたれかかって眠っている雪の姿があった。
「ゆきっ!」
バシャンッ!
思わず手に持っていた傘を放り出し雪に向かって走り水溜りが弾ける音が雨の中響き渡る。
「おいっ!しっかりしろ!」
体が冷たい…雨の中ずっと歩いてたのか?
抱き寄せた雪の体が冷たく冷えきっており頬に伝う雫を拭うようにその真っ白な頬にそっと触れる。
「雪っ!しっかりしろ!」
「…ん…っ…」
薄らとゆっくり目を開くとか細い声で囁くように呟く。
「…しょう…せんぱい?」
「っ…」
こんな状況下でこんな気持ちになるのはいささか不謹慎かもしれないが雨露に濡れた雪の顔は清らかでいつにも増して美しく薄ら開いたほんのり赤い唇から零れた自分の名前に胸がトクンと高鳴る。
いかんっ…目を奪われてる場合じゃない!早くこの事を連絡しなければ…
意識が微かに戻った雪に安堵しポケットから防水加工が施された携帯を取り出しこの事を知らせるように葉山に連絡する。
「…翔か?見つかったのか!?」
「はい、見つかりました。今、雪と二人で木々の下にいます。」
「分かった。すぐに信号弾を上げて皆に知らせる。お前は相浦を背負って集合場所に急いで戻れ」
「はい、分かりました」
葉山との通話を切ると間もなくして先程いた集合場所から信号弾が上がった。
あっちだな…とにかく急いで戻らなければ…
「雪、今からお前を背負って舘に戻るが少し動けそうか?」
コクンと小さく頷く雪に優しい笑顔で見ると自分の着ていた雨合羽を雪に着せ、雪がゆっくりと体を動かそうとしたので腕を掴み手助けするとそのまま自分の背中に乗せる。
「…あったかい」
背中越しにそう小さく呟く雪にまた胸がトクンと高鳴る熱い気持ちに無意識に顔が緩む。
「っ…しっかり掴まっていろよ?」
「…はい」
雪の返事を聞くと道端に放り投げた傘を持ち直しさすと、すぐに信号弾が上がった方向に駆け出した。
暖かい感触…少しこおばった広い背中に雨の降り止まない音に交じる吐息…これは夢?いや多分現実だ…私が眠っているだけなのだろう
そう結論づけると閉じていた瞼をゆっくりと開く。
チチチチ…
古びた大きな時計に家の天井より高い天井そして暖かな毛布感触を感じ横を見るといつものダサい玩具眼鏡を掛けた葉山の姿が目に入った。
「…れい…にぃ?」
「…ん」
バサッ
するとその言葉に勢いよく飛び起きると心配そうな顔で慌てて自分のおでこと私のおでこに手をやりホッと安堵したように肩を落とす。
「よかった、熱も下がってる」
「れいにぃ、私あれからどうなったの?それに今の状況っていったい…」
「あー、お前意識なかったから記憶あるわけないか…」
「んーと、確か森の中で遭難して疲れて意識が消えた思ったら一時して桂馬先輩?が視界に飛び込んできて…多分、そこから記憶ないかも」
「あいつ、お前を雨の中背負って舘まで運んでくれたんだぞ」
「え!?そうなの?」
「ああ、その後灰原さんがお前を見てくれてすぐに七瀬たちで着替えさせてベッドで寝かせるとすぐに雨に打たれた影響で高熱出したから俺と灰原さんでずっと看病してたんだ」
「そうだったんだ…」
「中々熱下がらなくて大変だったんだかんな?」
「ふふ…ありがとう、れいにぃ」
困った顔でそういう葉山に力なく微笑みかけお礼の言葉を口にする。
「っ…ばっか!いいからお前は大人しく寝てろ!」
照れ隠しのように雪の毛布を顔まで掛ける。
「わっぷ…」
急にかけられた毛布にすっ頓狂な声が出るとゆっくりとその毛布を下げ葉山の顔を見る。
「れいにぃ…ところで今何時?」
「ん?えっとな…夕方の四時だな」
「あれから何日たったの?」
何時間も眠ってた感覚に疑問に思いそう質問する。
「まだ半日くらいだな」
「半日か…私ずっと眠ってたんだね」
「まぁ、そう思うのは当然だな」
「そういえばまだ雨止んでないんだね…」
窓越しに聞こえる雨音に耳を澄ませ雨が止んでいないことを察する。
「ああ、今日は雷や豪風の日だからな…まだ雷は鳴っていないが時期に来るだろう」
「うぅ…やっぱり」
今日中に来ることは間違いなしだと言わんばかりの発言に恐怖する。
「あははっ…かなは雷嫌いだからな」
「うるさいっ!雷嫌いな人なんて沢山いるじゃん!」
半ば半睨みを効かせながらも反論すると唐突に部屋の電気が消え外から雷の音が響き渡る。
「ぎゃぁっ!?」
掛かっていた毛布を深く被りくるまると毛布ごと体を抱き締める。
「停電だな…」
「そんなの見たらわかるよ!」
既に電気が消えたのだから停電だという事くらい一目瞭然である。
「とりあえず俺は電気探しに行ってくるからお前はまだ病み上がりなんだからここで大人しく毛布にくるまっとけ」
「えっ…ちょ待って…」
ガタンッ
「痛たぁ…」
「なっ…」
行こうとする葉山の衣服を掴もうと勢いよく手を伸ばすと真っ暗なためか毛布ごとベッドから落ち、勢いよく飛びついた形になったせいか葉山とぶつかったらしく顔を上げ額を摩ると小さく唸る葉山の声が聞こえゆっくりと目を開けると目と鼻の先に葉山の姿が飛び込み体が無意識に制止する。
「…」
「…重い」
「ふんっ!」
ドカッ
「痛っ!」
沈黙の末、葉山から呟かれた言葉に我に返り怒りのまま真顔で腹部にパンチを入れる。
「一言目が重いって何よ!れいにぃの馬鹿っ!」
「ほんとに重いんだから仕方ないだろ?俺はほんとの事を言ったまでだ」
尚も俺は悪くないと言わんばかりの葉山の反論に更にパンチを加えようとした時、一瞬忘れかけていた雷がまた落ちる音が響き怒りよりも恐怖心の方が勝った。
ゴロゴロ…
「きゃあぁぁぁ!!」
ギュッ
「ちょっ…かな…」
怖さで目の前にいる葉山に抱きつき震える体を鎮めようとするが音が鳴り止まることはなく小刻みに体を震わせせながらも必死に葉山に抱きつく。
「うぅ…雷やだよぅ…」
目を瞑り半泣き状態のまま唸るようにそう呟くと葉山の大きな腕がそっと後から回され震える体を鎮めるように優しく二三度ポンポンと叩くとそのまま両腕で抱きしめられる。
「そういうとこは前世の時と変わらないな…」
「ひっく…何が…?」
「前世の時も小さい頃からこうして雷がなる度に怖がっていつも俺がこうして慰めてた。あの時は妹として怖がるかなが可愛くて幼く無邪気なかなをいつまでも守ってやりたいと思ってた。その気持ちは今でも変わらない…だが今は…」
ピカッ
その瞬間停電していた電気が戻り部屋に灯りが戻った。
「あ…電気戻った」
「そうみたいだな…」
「よかった、少しはマシになったかも。…それよりさっきされいにぃ何かいいかけた?」
あまりに雷の音が響きすぎて怖さと音で半ば話を聞いていなかったが、最後らへんに途中で切れたみたいだった言葉に不思議に思い問いかける。
「…いや、また今度な?」
抱き締めていた片腕が離れ頭に大きな手のひらがそっと置かれ苦笑い混じりにそういう葉山に頭を僅かに傾げるがいつもの葉山とは違う感じがしたのでそれ以上聞く事はなかった。
「んじゃ、電気も付いた事だしかなが眠るまで側に居てやるから大人しくベッドに戻りなさい」
「うん、絶対眠るまで側に居てね?」
「分かったからさっさと戻る!また熱がぶり返して最終日の明日皆で遊べなくなっても知らねぇぞ?」
「え、やだ!早く寝る!」
そういうなりそそくさとベッドに引き返し毛布にくるまると起き上がった葉山が大人しくベッドに戻った雪に近づきベッドに肘を付けると玩具眼鏡でどんな目をしているかは分からないが口元はいつにも増して優しく笑っている様子でその眼鏡の先を見るのがいつもより怖かった。
その怖さがなんなのかは分からないが今のれいにぃは昔から知っているれいにぃの顔ではないのは確かだった。
次の日、雷の音や雨の音は無くなり子鳥のさえずりが小さく窓越しに聞こえそれを合図にゆっくりと瞼を開ける。
もう朝か…
微かにカーテンから零れる朝の光に片目を瞑りながらも周りを見渡すと昨日眠るまで側に居てくれたはずの葉山の姿はなくベッドのすぐ側にあるテーブルの上には蓋がされた水入りのコップと小さいメモ用紙が置かれていた。
何だろう?れいにぃの置き手紙?
メモ用紙を手に取るとそこには ”朝起きたらまず洗顔と歯磨きを済ませる事!そしてシャワーか風呂どちらでもいいからキチンと体を洗うこと!全部終わったら朝ご飯を皆で食べるため食堂室に集合!”と書かれていた。
お父さんかよ!
つい突っ込みたくなる過保護な内容に笑ってしまう。
れいにぃの過保護性質は今でも抜けないな…ふふ
心の中ではそういうものの葉山の残した手紙の通りベッドから体を起こすと二階の洗面台に向かうと洗顔と歯磨きを済ませシャワーを浴びるため洗面台の隣に設置されている大きなシャワールームで体や髪をキチンと洗い流すと部屋のクローゼットにあらかじめ金城が用意していた衣服の一つに着替え部屋に戻り必要最低限の物だけを手に持ち鍵を閉めると食堂室がある一階へと向かう。
階段を降り長い廊下を進むと食堂室がある扉をゆっくりと開けると中には既に来ていた赤い兄弟の片割れである赤井 遼の姿があった。
「あ…遼くん、おはよう」
何故かエプロン姿でキッチンの方に立っている遼に不思議に思いながらも朝の挨拶を先に済ませる。
「…もう平気なの?」
「へ?」
「体…昨日高熱出したって聞いたから…」
「もう平気だよ!体も昨日より軽いし」
「そう…」
そう素っ気なく返すとまた何やら作業している物に体を向け作業を再開する。
「何か作ってるの?」
気になって遼に近づくと中を覗き込む。
「別に…ただのエッグベネディクト」
「えー!?ただのってめちゃくちゃ美味しそうじゃん!凄い!遼くんって料理上手なんだね」
「そんな凄くない…こんなの誰にも出来るし」
「誰にもなんて出来ないよ!私こんなハイスペックな料理出来ないし私が作るのなんて一般的な簡単な家庭料理ぐらいだし、こんな料理出来る遼くんが羨ましいよ!」
「っ…ばっかじゃないの!よくもそんな恥ずかしい言葉が言えるね…」
耳を真っ赤にさせながらもそっぽ向く遼に可愛いという感想が心の中で生まれたがあえて口にするのは止めておいた。
口に出したらせっかく少し距離が縮まりそうな雰囲気が壊れそうな気がしたからだ。
「…何?」
「んーん、何でもない…ふふ」
「変な奴…」
「ところでさ、私に何か手伝える事ない?」
「手伝える事?」
「私も遼くんのお手伝い何かしたくって…迷惑だったらいいんだけど」
「…別に迷惑じゃない」
「ほんと?よかった!じゃあ、張り切ってお手伝いしちゃお♪…えっとまず何からやれば…」
「…食パントーストにして焼くを人数分とスープとエッグベネディクトとサラダ用の食器人数出してきて」
「了解!」
笑顔でそう答えるとさっそく作業に取り掛かるためトースト機が置かれている場所に向かおうとした時不意に腕を掴まれ驚いて振り返ると薄ら開いた口に何やらホォークで押し込まれる。
「んっ…美味しい!何これ?凄く美味しい!」
「味見」
ニヤリと口元を緩ませる遼に口の中で味わいながら更に感想を述べる。
「もしかしてこれ、エッグベネディクト?卵がトロトロでふわふわで新食感!」
「食べたことないの?」
「ないない!こんな高級そうな料理テレビでしか見ないし生で見たのも初めてだよ」
「へ~、じゃあ俺のエッグベネディクトが本当に美味しいか君じゃ分からないね」
「むっ…食べたことないけど遼くんの料理がすごーく美味しくて上手な事は分かるもん!」
これでもかと首を縦に振り目の前で拳を作り頷くと普段は偽物の笑顔で塗り固められた遼の顔が解けたように吹き出すとお腹を抱えて笑い出した。
「ぷはっ!あははははっ」
「遼くん?」
「ほんとあんたって変な奴!あー、腹いてぇ…あはははっ」
「変な奴って…私そんなに変人じゃないよ?」
「俺から見てあんたは相当変人だよ、超がつくほどね」
「むぅ…何か嬉しくないんだけど」
「一応誉め言葉だけどね?」
「え…そうなの?」
「いいから早く作業してよ、手伝ってくれるんでしょ?」
「も、もちのろん!」
慌てて作業に取り掛かるとチラッと作業を再開している遼の方を見ると先程見せた笑顔が幻ではないという証拠のように口元を緩めたままの遼の姿があり嬉しくなった。
愛を知らない人…そうれいにぃは言っていたけど今の遼くんの姿はそんな風には見えなかった。
いつもどこかで気にかけてくれて優しい人…それが彼なのだと私は思う。
「…ゆき大丈夫かな?一人で森の中なんて私なら怖くて耐えられないよ…」
不安そうな真奈の言葉がその場全員の不安を更に煽る。
その中で一人にがり潰したように歯を噛み締める人物がいた。
「クッソッ…どんだけ心配させたら気が済むんだよっ…」
ダンッ
「葉山先生っ!」
「すまんっ!ちょっくら探しに行ってくるわ」
「それは駄目です。今いっても雪と同じように迷子になるだけです」
「ちっ…確かに桂馬の言う通りにこの雨じゃ迷子になるだけだが…じゃあどうしろっていうんだよ」
「…俺も一緒に行きます」
「は?」
真剣な面持ちでそう言う桂馬に唖然となりながらもすぐ様首を横に振る。
「駄目だ。二人で行った所で迷子にならないとは限らないし生徒であるお前まで危険に晒すわけにはいかない」
「なら、皆で探したらどうですか?」
「…は!?」
真奈の突然の提案に固まる一同他所に更に話を続ける。
「だって、一人や二人で行くよりその方が早く見つかるし迷子になる可能性も低くなるじゃないですか♪」
「僕も真奈ちゃんの意見にさんせ~い!」
「僕も僕も!」
「確かに全員で行く方が早いな」
「では、そのように手配してまいります…」
「ああ、頼む」
灰原は、金城に小さく会釈をすると何やら準備をしに応接室を後にする。
「迷いの森といっても道が二手や三手に入り交じっていてあいつがどのルートを通ったのかは実のところ分からない。だが、1箇所に目印となる者を置き目印として信号弾を送ったら迷っても元いた位置に帰り着くはずだ」
金城は淡々と冷静に話すと真剣な目付きでそれを聞いている一同に鋭い視線を送る。
「まず、分けるとしたら待機する者一人と探す者その他。誰か待機する者はいないか?」
「葉山先生でいんじゃないかなー?」
すると口を閉ざしていた真奈が今にでも飛び出していきそうな葉山を見る。
「はぁ?俺はあいつを探すぞ!俺のせいでこうなったってのもあるし教師として探さなければ…」
「教師だからこそみんなの帰る場所になるべきでは?」
いつもは口を挟むことのない桂馬が唐突に正論とも言える言葉を挟む。
「っ…だが…」
それでも尚引こうとはしない葉山に桂馬に加勢するかのように高宮も口を挟む。
「だ~か~ら!葉山先生は先生らしくどんと構えてその間に俺達が必ず探し出すから心配しないでっていってんの!そりゃあ雪ちゃん心配する気持ちはこの場にいる全員が分かるけど俺達だって先生の生徒なんだよ?先生は先生らしくしてくんなきゃ困るっしょ」
「高宮…」
「光っち、珍しくまともな事言ってる~」
バシッ
茶化すような龍の言葉にすかさずおでこに強いデコピンが飛ぶ。
「珍しくって何?俺はいつもまともでしょ?ね?」
笑顔な割に目が笑ってない高宮に臆することもなく尚呑気に爆弾を投下する。
「あれれ~?そうだっけ~?光っちがまともなんてありえな~い!」
バシッドカッ
デコピン&キックのダブルにさすがの龍もノックダウンの状態に馬鹿馬鹿しいとばかりに桂馬、葉山、金城が頭を抱える。
「お前らいい加減にしろ!こんな時にじゃれあってる場合か!」
「葉山先生ひど~い!これがじゃれあってる様にみえる~?」
「はぁ…龍少し黙っとけ」
その言葉に一同が首を縦に振る。
「とにかく、これで待機する者と探索する者が決まったな。チーム分けだが、光・アリス、龍・遼・七瀬、翔・葉山先生、俺と灰原で決まりだな」
そのチーム分けに若干不服そうな高宮・アリスと桂馬・葉山は互いを複雑な気持ちで見る。
「もう一度言う、これでいいよな?」
金城の否を言わせない鋭い視線が一同に飛び交い先程まで不服そうにしていた四人は怯みつつもすぐ様首を縦に振る。
黒王子と呼ばれる金城は他にも様々呼び名で呼ばれていた。
雪がよく呼んでいる悪魔も含め鷹や野獣や魔王、種は様々だが全てにある共通点はその鋭い目で否を言わせない恐怖と支配力を表していた。
俺、会長のこの目嫌いだ…
多分、高宮のその言葉はその場にいる誰もが共感する言葉だろう。
大粒の雨がさしている傘と傘からわずかにはみ出る雨合羽に打ち付ける中迷いの森の分かれ道手前に九人の男女の姿があった。
「ここから二手に分かれる。葉山先生はここで待機として俺・翔・灰原は右に行き、アリス・龍・遼・七瀬は左に行け!それぞれ二手に分かれたとしてもその先の道にも分かれ道がいくつか存在する。左は最も道が多いためあえて龍たちに任せる。雪を見つけ次第各々待機している葉山先生に連絡をしそれを受け取った葉山先生はその瞬間手に持っているその雨にも濡れない赤い信号弾を打ち上げろ。それをみたらすぐ上がっている場所に引き返せ」
「了解!」
金城の合図の元に各々行動に移し左と右にて分かれ今も尚雨に打たれ一人不安な思いをしている迷子の雪の捜索が始まった。
ザーザー…
雨凄いな…
傘では防げないほどになってきた大粒の雨に傘から雫が落ち片目を瞑る。
「翔!ここから先はまた道が三本に分かれているからまた分かれるぞ!」
「分かった。じゃあ、俺は右に行く」
「くれぐれも気をつけるんだぞ!いいな?」
「了解」
金城はそう言うと真っ直ぐの道に進み、隣に付き添っていた灰原は左の道に進んだ。
右に進んだ翔は進んでいくうちに大きな木々が増えていっているのに気づいた。
この雨でこの大きな木々たちは助かるな…
ほんのわずかだが大量に降り続く雨が和らいでいくのを感じもしかしたら…というわずかな期待感が早まる気持ちを急かす。
大きな木々の道を通っていると一際大きな木々が重なって雨を防いでいる木々の下に疲れて気を失っているのか木にもたれかかって眠っている雪の姿があった。
「ゆきっ!」
バシャンッ!
思わず手に持っていた傘を放り出し雪に向かって走り水溜りが弾ける音が雨の中響き渡る。
「おいっ!しっかりしろ!」
体が冷たい…雨の中ずっと歩いてたのか?
抱き寄せた雪の体が冷たく冷えきっており頬に伝う雫を拭うようにその真っ白な頬にそっと触れる。
「雪っ!しっかりしろ!」
「…ん…っ…」
薄らとゆっくり目を開くとか細い声で囁くように呟く。
「…しょう…せんぱい?」
「っ…」
こんな状況下でこんな気持ちになるのはいささか不謹慎かもしれないが雨露に濡れた雪の顔は清らかでいつにも増して美しく薄ら開いたほんのり赤い唇から零れた自分の名前に胸がトクンと高鳴る。
いかんっ…目を奪われてる場合じゃない!早くこの事を連絡しなければ…
意識が微かに戻った雪に安堵しポケットから防水加工が施された携帯を取り出しこの事を知らせるように葉山に連絡する。
「…翔か?見つかったのか!?」
「はい、見つかりました。今、雪と二人で木々の下にいます。」
「分かった。すぐに信号弾を上げて皆に知らせる。お前は相浦を背負って集合場所に急いで戻れ」
「はい、分かりました」
葉山との通話を切ると間もなくして先程いた集合場所から信号弾が上がった。
あっちだな…とにかく急いで戻らなければ…
「雪、今からお前を背負って舘に戻るが少し動けそうか?」
コクンと小さく頷く雪に優しい笑顔で見ると自分の着ていた雨合羽を雪に着せ、雪がゆっくりと体を動かそうとしたので腕を掴み手助けするとそのまま自分の背中に乗せる。
「…あったかい」
背中越しにそう小さく呟く雪にまた胸がトクンと高鳴る熱い気持ちに無意識に顔が緩む。
「っ…しっかり掴まっていろよ?」
「…はい」
雪の返事を聞くと道端に放り投げた傘を持ち直しさすと、すぐに信号弾が上がった方向に駆け出した。
暖かい感触…少しこおばった広い背中に雨の降り止まない音に交じる吐息…これは夢?いや多分現実だ…私が眠っているだけなのだろう
そう結論づけると閉じていた瞼をゆっくりと開く。
チチチチ…
古びた大きな時計に家の天井より高い天井そして暖かな毛布感触を感じ横を見るといつものダサい玩具眼鏡を掛けた葉山の姿が目に入った。
「…れい…にぃ?」
「…ん」
バサッ
するとその言葉に勢いよく飛び起きると心配そうな顔で慌てて自分のおでこと私のおでこに手をやりホッと安堵したように肩を落とす。
「よかった、熱も下がってる」
「れいにぃ、私あれからどうなったの?それに今の状況っていったい…」
「あー、お前意識なかったから記憶あるわけないか…」
「んーと、確か森の中で遭難して疲れて意識が消えた思ったら一時して桂馬先輩?が視界に飛び込んできて…多分、そこから記憶ないかも」
「あいつ、お前を雨の中背負って舘まで運んでくれたんだぞ」
「え!?そうなの?」
「ああ、その後灰原さんがお前を見てくれてすぐに七瀬たちで着替えさせてベッドで寝かせるとすぐに雨に打たれた影響で高熱出したから俺と灰原さんでずっと看病してたんだ」
「そうだったんだ…」
「中々熱下がらなくて大変だったんだかんな?」
「ふふ…ありがとう、れいにぃ」
困った顔でそういう葉山に力なく微笑みかけお礼の言葉を口にする。
「っ…ばっか!いいからお前は大人しく寝てろ!」
照れ隠しのように雪の毛布を顔まで掛ける。
「わっぷ…」
急にかけられた毛布にすっ頓狂な声が出るとゆっくりとその毛布を下げ葉山の顔を見る。
「れいにぃ…ところで今何時?」
「ん?えっとな…夕方の四時だな」
「あれから何日たったの?」
何時間も眠ってた感覚に疑問に思いそう質問する。
「まだ半日くらいだな」
「半日か…私ずっと眠ってたんだね」
「まぁ、そう思うのは当然だな」
「そういえばまだ雨止んでないんだね…」
窓越しに聞こえる雨音に耳を澄ませ雨が止んでいないことを察する。
「ああ、今日は雷や豪風の日だからな…まだ雷は鳴っていないが時期に来るだろう」
「うぅ…やっぱり」
今日中に来ることは間違いなしだと言わんばかりの発言に恐怖する。
「あははっ…かなは雷嫌いだからな」
「うるさいっ!雷嫌いな人なんて沢山いるじゃん!」
半ば半睨みを効かせながらも反論すると唐突に部屋の電気が消え外から雷の音が響き渡る。
「ぎゃぁっ!?」
掛かっていた毛布を深く被りくるまると毛布ごと体を抱き締める。
「停電だな…」
「そんなの見たらわかるよ!」
既に電気が消えたのだから停電だという事くらい一目瞭然である。
「とりあえず俺は電気探しに行ってくるからお前はまだ病み上がりなんだからここで大人しく毛布にくるまっとけ」
「えっ…ちょ待って…」
ガタンッ
「痛たぁ…」
「なっ…」
行こうとする葉山の衣服を掴もうと勢いよく手を伸ばすと真っ暗なためか毛布ごとベッドから落ち、勢いよく飛びついた形になったせいか葉山とぶつかったらしく顔を上げ額を摩ると小さく唸る葉山の声が聞こえゆっくりと目を開けると目と鼻の先に葉山の姿が飛び込み体が無意識に制止する。
「…」
「…重い」
「ふんっ!」
ドカッ
「痛っ!」
沈黙の末、葉山から呟かれた言葉に我に返り怒りのまま真顔で腹部にパンチを入れる。
「一言目が重いって何よ!れいにぃの馬鹿っ!」
「ほんとに重いんだから仕方ないだろ?俺はほんとの事を言ったまでだ」
尚も俺は悪くないと言わんばかりの葉山の反論に更にパンチを加えようとした時、一瞬忘れかけていた雷がまた落ちる音が響き怒りよりも恐怖心の方が勝った。
ゴロゴロ…
「きゃあぁぁぁ!!」
ギュッ
「ちょっ…かな…」
怖さで目の前にいる葉山に抱きつき震える体を鎮めようとするが音が鳴り止まることはなく小刻みに体を震わせせながらも必死に葉山に抱きつく。
「うぅ…雷やだよぅ…」
目を瞑り半泣き状態のまま唸るようにそう呟くと葉山の大きな腕がそっと後から回され震える体を鎮めるように優しく二三度ポンポンと叩くとそのまま両腕で抱きしめられる。
「そういうとこは前世の時と変わらないな…」
「ひっく…何が…?」
「前世の時も小さい頃からこうして雷がなる度に怖がっていつも俺がこうして慰めてた。あの時は妹として怖がるかなが可愛くて幼く無邪気なかなをいつまでも守ってやりたいと思ってた。その気持ちは今でも変わらない…だが今は…」
ピカッ
その瞬間停電していた電気が戻り部屋に灯りが戻った。
「あ…電気戻った」
「そうみたいだな…」
「よかった、少しはマシになったかも。…それよりさっきされいにぃ何かいいかけた?」
あまりに雷の音が響きすぎて怖さと音で半ば話を聞いていなかったが、最後らへんに途中で切れたみたいだった言葉に不思議に思い問いかける。
「…いや、また今度な?」
抱き締めていた片腕が離れ頭に大きな手のひらがそっと置かれ苦笑い混じりにそういう葉山に頭を僅かに傾げるがいつもの葉山とは違う感じがしたのでそれ以上聞く事はなかった。
「んじゃ、電気も付いた事だしかなが眠るまで側に居てやるから大人しくベッドに戻りなさい」
「うん、絶対眠るまで側に居てね?」
「分かったからさっさと戻る!また熱がぶり返して最終日の明日皆で遊べなくなっても知らねぇぞ?」
「え、やだ!早く寝る!」
そういうなりそそくさとベッドに引き返し毛布にくるまると起き上がった葉山が大人しくベッドに戻った雪に近づきベッドに肘を付けると玩具眼鏡でどんな目をしているかは分からないが口元はいつにも増して優しく笑っている様子でその眼鏡の先を見るのがいつもより怖かった。
その怖さがなんなのかは分からないが今のれいにぃは昔から知っているれいにぃの顔ではないのは確かだった。
次の日、雷の音や雨の音は無くなり子鳥のさえずりが小さく窓越しに聞こえそれを合図にゆっくりと瞼を開ける。
もう朝か…
微かにカーテンから零れる朝の光に片目を瞑りながらも周りを見渡すと昨日眠るまで側に居てくれたはずの葉山の姿はなくベッドのすぐ側にあるテーブルの上には蓋がされた水入りのコップと小さいメモ用紙が置かれていた。
何だろう?れいにぃの置き手紙?
メモ用紙を手に取るとそこには ”朝起きたらまず洗顔と歯磨きを済ませる事!そしてシャワーか風呂どちらでもいいからキチンと体を洗うこと!全部終わったら朝ご飯を皆で食べるため食堂室に集合!”と書かれていた。
お父さんかよ!
つい突っ込みたくなる過保護な内容に笑ってしまう。
れいにぃの過保護性質は今でも抜けないな…ふふ
心の中ではそういうものの葉山の残した手紙の通りベッドから体を起こすと二階の洗面台に向かうと洗顔と歯磨きを済ませシャワーを浴びるため洗面台の隣に設置されている大きなシャワールームで体や髪をキチンと洗い流すと部屋のクローゼットにあらかじめ金城が用意していた衣服の一つに着替え部屋に戻り必要最低限の物だけを手に持ち鍵を閉めると食堂室がある一階へと向かう。
階段を降り長い廊下を進むと食堂室がある扉をゆっくりと開けると中には既に来ていた赤い兄弟の片割れである赤井 遼の姿があった。
「あ…遼くん、おはよう」
何故かエプロン姿でキッチンの方に立っている遼に不思議に思いながらも朝の挨拶を先に済ませる。
「…もう平気なの?」
「へ?」
「体…昨日高熱出したって聞いたから…」
「もう平気だよ!体も昨日より軽いし」
「そう…」
そう素っ気なく返すとまた何やら作業している物に体を向け作業を再開する。
「何か作ってるの?」
気になって遼に近づくと中を覗き込む。
「別に…ただのエッグベネディクト」
「えー!?ただのってめちゃくちゃ美味しそうじゃん!凄い!遼くんって料理上手なんだね」
「そんな凄くない…こんなの誰にも出来るし」
「誰にもなんて出来ないよ!私こんなハイスペックな料理出来ないし私が作るのなんて一般的な簡単な家庭料理ぐらいだし、こんな料理出来る遼くんが羨ましいよ!」
「っ…ばっかじゃないの!よくもそんな恥ずかしい言葉が言えるね…」
耳を真っ赤にさせながらもそっぽ向く遼に可愛いという感想が心の中で生まれたがあえて口にするのは止めておいた。
口に出したらせっかく少し距離が縮まりそうな雰囲気が壊れそうな気がしたからだ。
「…何?」
「んーん、何でもない…ふふ」
「変な奴…」
「ところでさ、私に何か手伝える事ない?」
「手伝える事?」
「私も遼くんのお手伝い何かしたくって…迷惑だったらいいんだけど」
「…別に迷惑じゃない」
「ほんと?よかった!じゃあ、張り切ってお手伝いしちゃお♪…えっとまず何からやれば…」
「…食パントーストにして焼くを人数分とスープとエッグベネディクトとサラダ用の食器人数出してきて」
「了解!」
笑顔でそう答えるとさっそく作業に取り掛かるためトースト機が置かれている場所に向かおうとした時不意に腕を掴まれ驚いて振り返ると薄ら開いた口に何やらホォークで押し込まれる。
「んっ…美味しい!何これ?凄く美味しい!」
「味見」
ニヤリと口元を緩ませる遼に口の中で味わいながら更に感想を述べる。
「もしかしてこれ、エッグベネディクト?卵がトロトロでふわふわで新食感!」
「食べたことないの?」
「ないない!こんな高級そうな料理テレビでしか見ないし生で見たのも初めてだよ」
「へ~、じゃあ俺のエッグベネディクトが本当に美味しいか君じゃ分からないね」
「むっ…食べたことないけど遼くんの料理がすごーく美味しくて上手な事は分かるもん!」
これでもかと首を縦に振り目の前で拳を作り頷くと普段は偽物の笑顔で塗り固められた遼の顔が解けたように吹き出すとお腹を抱えて笑い出した。
「ぷはっ!あははははっ」
「遼くん?」
「ほんとあんたって変な奴!あー、腹いてぇ…あはははっ」
「変な奴って…私そんなに変人じゃないよ?」
「俺から見てあんたは相当変人だよ、超がつくほどね」
「むぅ…何か嬉しくないんだけど」
「一応誉め言葉だけどね?」
「え…そうなの?」
「いいから早く作業してよ、手伝ってくれるんでしょ?」
「も、もちのろん!」
慌てて作業に取り掛かるとチラッと作業を再開している遼の方を見ると先程見せた笑顔が幻ではないという証拠のように口元を緩めたままの遼の姿があり嬉しくなった。
愛を知らない人…そうれいにぃは言っていたけど今の遼くんの姿はそんな風には見えなかった。
いつもどこかで気にかけてくれて優しい人…それが彼なのだと私は思う。
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