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【第4話 執念の行方】2037.07
⑤ 驚きの宣言
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アイリス女学院大学駅伝部のケヤキ寮の一階リビングでは、翌週から始まる夏合宿に向けたチームミーティングが行われている。
マネージャー含め部員八名となり、全員が住むには狭くなったことで、今は楓の部屋があるケヤキ寮組と、細い道路を一本隔てたお向かいのエノキ寮組とで二手に分かれて住んでいる。
こういうミーティングの時には、全員でケヤキ寮に集合することになっている。ここの一階だけは、男性である立花監督も出入りする。
夏合宿を翌週に控え、今日は駅伝部のメンバーが一人ずつ目標を発表していくことになった。
目標に限らずとも、チームに向けて話したいことでも、なんでも言っていいのだそうだ。
楓の番が回ってくると、鼓動が速くなるのを感じた。
人前で発表するのは緊張する。
「この夏合宿では、ラストで失速しないようなスタミナをつけて、秋のみなと駅伝では5区を走りたいです」
無事発表し終えると、チームメイトが拍手をする。
そのまま次の人の順番に回るかと思いきや、何か慌てた様子で、立花監督に確認された。
「ちょっと待ってくれ。え、5区走りたいのか?」
「はい」
「みなと駅伝の、5区?」
「はい!」
楓の決意は揺るがない。
どういうわけか、チームメイト全員から驚きの視線が注がれている。
立花監督が少しの沈黙の後、咳払いをしてから口を開いた。
「まずは、この場で勇気をもって発言してくれたことに対して、ありがとうと言いたい」
立花監督からの改めての拍手に、他のメンバーも続いた。二度も拍手されるなんて、思っていなかった。
楓は照れながら周りにペコペコとお辞儀をした。
「その上で、それは厳しいと思っているということは伝えておく」
一転したその冷静な言葉に、楓は今度はハリセンで一撃を食らったような気分になった。
「どうしてですか」
楓は思わず聞いてしまった。
理由を聞いたからといって納得するわけではない。
本当に理由が気になったというよりは、簡単に引き下がりたくないというこの態度を見てもらいたかったのだと思う。
「みなと駅伝の5区は12・9キロもあって、全七区間の中でもダントツに長い。各チームのエースランナーが走るような区間だ。身体のできあがっていない、まだ18、19歳の大学一年生が走るには長すぎるコースなんだよ」
知らなかった。
どうりで、さっきから周りの様子がおかしいわけだ。
チームメイトたちは一度は流れで拍手はしたものの、困惑した表情のままだった。
特に二年生の柚希先輩からの視線が怖かった。
なんというか、無理に決まってるでしょ、とでも言いたげな。
その反応は、楓の宣言した目標がよほど非現実的であったことを裏付けていた。
『みなと駅伝の5区。私はそこで楓を待ってる』
先日、エリカさんから言われた言葉だ。
あれ以来、楓の頭にはずっと「みなと駅伝の5区」というワードだけがぶら下がっていた。
そこがどんなコースで、どんな人が走るのかなんて、具体的な想像を巡らせるまでには至っていなかった。
「私、走れます! 練習も頑張ります!」
エリカさんとの約束。
自分はこの道を進めばいいのだと、やっと光が見えたのだ。
楓のほうも引くわけにはいかない。
「走り切れるのか? まだ10キロのレースにすら出たことがない楓が、さらに長い距離を1キロ3分20秒切りのレースペース、しかもプレッシャーのかかった場面で、走り切れるのか?」
「……」
立花監督の問いかけに、楓は言葉に詰まってしまった。
◇
「どうして、5区なんだ」
立花監督は、楓の様子が何かいつもと違うと感じた。
普段聞き分けの良い彼女が、ここまで自分の希望を言うことは珍しい。
「神宮寺エリカさんに、みなと駅伝の5区で待ってる、って言ってもらって。その約束がずっと心の支えで、もっと強くなりたいと思ったんです」
そういうことか。
予選で同じ組で走った際、何かそういう話でもしたのだろうか。
楓がジャスミン大学の神宮寺エリカに憧れていることはなんとなく知っていた。
竹馬のトレーニングを教えた時にも、明らかに神宮寺を意識している様子だった。
だがあの時だって、5区のことなんてひと言も言っていなかったじゃないか。
まあ多分、それほど大事だと思っていなかっていうのと、今日こうやって心理的安全性の話をしたから言い出せたっていうのもあるんだろうな。
「わかった。何でも話してくれ、と言ったのは俺だ。頭ごなしに否定することはしない。だが、そこまで言うのなら、まずはウチのエースである蓮李に勝ってもらわないといけない」
楓は、ハッと驚いたような顔をした。
彼女は、今になってようやく自分の発言の意味を理解しているかもしれない。
みなと駅伝の5区を走るのは、普通ならエースの蓮李しかいない。12・9キロという長丁場に耐えられるのだって、蓮李しかいないと思っている。
5区を走りたいのなら、蓮李を超えなければならないのだ。
「今度の記録会で蓮李のタイムを上回れるようであれば、楓のみなと駅伝5区を検討する」
さすがに蓮李との実力差を痛感すれば、楓も諦めてくれるだろう。
マネージャー含め部員八名となり、全員が住むには狭くなったことで、今は楓の部屋があるケヤキ寮組と、細い道路を一本隔てたお向かいのエノキ寮組とで二手に分かれて住んでいる。
こういうミーティングの時には、全員でケヤキ寮に集合することになっている。ここの一階だけは、男性である立花監督も出入りする。
夏合宿を翌週に控え、今日は駅伝部のメンバーが一人ずつ目標を発表していくことになった。
目標に限らずとも、チームに向けて話したいことでも、なんでも言っていいのだそうだ。
楓の番が回ってくると、鼓動が速くなるのを感じた。
人前で発表するのは緊張する。
「この夏合宿では、ラストで失速しないようなスタミナをつけて、秋のみなと駅伝では5区を走りたいです」
無事発表し終えると、チームメイトが拍手をする。
そのまま次の人の順番に回るかと思いきや、何か慌てた様子で、立花監督に確認された。
「ちょっと待ってくれ。え、5区走りたいのか?」
「はい」
「みなと駅伝の、5区?」
「はい!」
楓の決意は揺るがない。
どういうわけか、チームメイト全員から驚きの視線が注がれている。
立花監督が少しの沈黙の後、咳払いをしてから口を開いた。
「まずは、この場で勇気をもって発言してくれたことに対して、ありがとうと言いたい」
立花監督からの改めての拍手に、他のメンバーも続いた。二度も拍手されるなんて、思っていなかった。
楓は照れながら周りにペコペコとお辞儀をした。
「その上で、それは厳しいと思っているということは伝えておく」
一転したその冷静な言葉に、楓は今度はハリセンで一撃を食らったような気分になった。
「どうしてですか」
楓は思わず聞いてしまった。
理由を聞いたからといって納得するわけではない。
本当に理由が気になったというよりは、簡単に引き下がりたくないというこの態度を見てもらいたかったのだと思う。
「みなと駅伝の5区は12・9キロもあって、全七区間の中でもダントツに長い。各チームのエースランナーが走るような区間だ。身体のできあがっていない、まだ18、19歳の大学一年生が走るには長すぎるコースなんだよ」
知らなかった。
どうりで、さっきから周りの様子がおかしいわけだ。
チームメイトたちは一度は流れで拍手はしたものの、困惑した表情のままだった。
特に二年生の柚希先輩からの視線が怖かった。
なんというか、無理に決まってるでしょ、とでも言いたげな。
その反応は、楓の宣言した目標がよほど非現実的であったことを裏付けていた。
『みなと駅伝の5区。私はそこで楓を待ってる』
先日、エリカさんから言われた言葉だ。
あれ以来、楓の頭にはずっと「みなと駅伝の5区」というワードだけがぶら下がっていた。
そこがどんなコースで、どんな人が走るのかなんて、具体的な想像を巡らせるまでには至っていなかった。
「私、走れます! 練習も頑張ります!」
エリカさんとの約束。
自分はこの道を進めばいいのだと、やっと光が見えたのだ。
楓のほうも引くわけにはいかない。
「走り切れるのか? まだ10キロのレースにすら出たことがない楓が、さらに長い距離を1キロ3分20秒切りのレースペース、しかもプレッシャーのかかった場面で、走り切れるのか?」
「……」
立花監督の問いかけに、楓は言葉に詰まってしまった。
◇
「どうして、5区なんだ」
立花監督は、楓の様子が何かいつもと違うと感じた。
普段聞き分けの良い彼女が、ここまで自分の希望を言うことは珍しい。
「神宮寺エリカさんに、みなと駅伝の5区で待ってる、って言ってもらって。その約束がずっと心の支えで、もっと強くなりたいと思ったんです」
そういうことか。
予選で同じ組で走った際、何かそういう話でもしたのだろうか。
楓がジャスミン大学の神宮寺エリカに憧れていることはなんとなく知っていた。
竹馬のトレーニングを教えた時にも、明らかに神宮寺を意識している様子だった。
だがあの時だって、5区のことなんてひと言も言っていなかったじゃないか。
まあ多分、それほど大事だと思っていなかっていうのと、今日こうやって心理的安全性の話をしたから言い出せたっていうのもあるんだろうな。
「わかった。何でも話してくれ、と言ったのは俺だ。頭ごなしに否定することはしない。だが、そこまで言うのなら、まずはウチのエースである蓮李に勝ってもらわないといけない」
楓は、ハッと驚いたような顔をした。
彼女は、今になってようやく自分の発言の意味を理解しているかもしれない。
みなと駅伝の5区を走るのは、普通ならエースの蓮李しかいない。12・9キロという長丁場に耐えられるのだって、蓮李しかいないと思っている。
5区を走りたいのなら、蓮李を超えなければならないのだ。
「今度の記録会で蓮李のタイムを上回れるようであれば、楓のみなと駅伝5区を検討する」
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