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【6区 6.4km 小泉 柚希(2年)】
① 射程圏内
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「はい、蓮李おつかれさーん。よく頑張った。さあ、すぐに追いつくぞ、柚希」
みなと駅伝の6区がスタートした。現在、我らがアイリス女学院大学は2位。
5区のエースの蓮李は、神宮寺さんに抜かれはしたものの、最後まで諦めず粘りの走りを見せ、なんとかトップと6秒差にとどめてくれた。これなら、すぐに追いつける差だ。
その蓮李からタスキを受けたのは、二年生の小泉柚希。高校時代は京都の名門・白桃女学園高校のエースで、同期の朝陽や心枝が大学で大きく成長したのとは違い、この子はもともと正真正銘、全国区のランナーだった。バネのある軽やかな走りが強みだから、6区終盤に待ち受ける上り坂も難なくクリアできるだろう。
監督の立花は、柚希にすぐに追いつくよう指示した。駅伝の鉄則、とりあえず目の前の相手には追いつく。一人で走るより追いついてしまったほうが、相手をペースメーカーに利用できてパワーを温存できる。ペースを調節したり、駆け引きを考えたりするのも、まずは追いついてからの話だ。
柚希はタスキの紐を引っ張り、しっかりと締めた。気合十分。大勢の前に出ても恥ずかしがるような性格ではないし、この沿道からの大声援も力に変えていけるはずだ。
さて。問題なのは、前を行くジャスミン大学の選手のほうだ。宮沢千種。エリート集団のジャスミン大学の中にあって、地道に力をつけてきた雑草魂の四年生である。
まさかの巡り合わせだ。アイリスの勝利の前に立ちはだかるのが、かつての自分の教え子だとは。
彼女にとっては、四年目にしてようやく掴んだ大学駅伝の舞台だ。指導者として喜ばしいことであるのは言うまでもないが、アイリスの監督としての本音は少し違った。それはリスペクトを含めた、嫌な予感であった。
(キミのような選手に出てきてほしくなかったんだよ、こっちは)
立花はよく知っている。宮沢千種が、どんな場面でも諦めない姿勢でここまで上り詰めてきたことを。
(お前が相手じゃ、ラクにはいかないだろうな……)
◇
【さて、5区で先頭に立ちました、ジャスミン大学。6区を任されたのは、宮沢千種、4年生です。鱒川さん、この選手、4年生にして大学駅伝デビュー戦です】
「はい。宮沢さんね、学業のほうも非常に優秀でね。長野県屈指の進学校、屋代第一高校の出身なんですね。いわゆるスポーツ推薦じゃなくて、一般入試で入ってきた選手です。ジャスミン大学は、先ほどの神宮寺さんのようなエリートランナーを中心に据えつつも、この宮沢さんみたいな、叩き上げの選手もメンバーに名を連ねているんですよね」
【えぇ、非常にバランスの取れたチームですよね】
「力的には、全国高校駅伝にも出ていた、追いかけてくるアイリスの小泉柚希さんのほうが上かなという気がしますけど、まだわかりません。追いつかれてからが勝負だと思いますね」
【ご覧のように、6区の国道16号線では、選手の後ろに富士山が見えています】
その実況とともに映し出されたのは、見事な背景だった。白く雪をかぶり、空高くそびえ立つ霊峰。その頂は、遠く青い空に向かってそびえるようであり、先ほどからカラリと晴れ上がり始めた太陽が斜面を柔らかく照らしていた。青空の中に浮かぶ富士山は、まるでこのレースを見守っているかのように、静かに、しかし圧倒的な存在感で佇んでいた。
【霊峰からのパワーも受けて、選手たちの激走が続いています。さて、いったん映像は第五中継所に戻ります。3位のチームが見えてきたようです】
「はい。ローズ大学のキャプテン、松永悠未がやってきました。順位こそひとつ落としましたが、2位のアイリスとはどうやら差を詰めているようです。待ち受けますのは、去年この6区で区間賞を獲得している、五十嵐唯、二年生です。さあ今、松永から五十嵐へとタスキリレー! 先頭とは57秒の差になりました」
【第56回みなと駅伝も、残すところあと二区間となりました。4位のチームはしばらく間が空いているということで、ここで6区のコース紹介です】
——6区は、JR根岸駅前をスタートして、みなとみらいの街並みへと帰る6・4キロ。序盤は比較的フラットで走りやすいコースが続きますが、終盤には高さ30メートル以上にも及ぶ急坂が、選手の前に立ちはだかります。
【……という、今、6区のコースをご覧いただきましたが。全区間中二番目に「短い」コースではあるんですが、終盤の上り坂をどう攻略するかというのが、鱒川さん、非常に重要なポイントになってきますよね?】
「最後の坂は、思わず手を地面に着きたくなってしまうという声も聞かれるほどですからね」
【あぁ、そうでしたか。およそ300メートル進む間にビル約10階分を駆け上がらなければならないという急坂。各校の監督さんも6区の人選には毎年悩まされるんだ、という話も聞きますが】
「あの、意外と、終盤の登りだけ待ち構えていてもタイムが出なくて。前半のフラットな部分でも、ある程度スピードに乗っていける選手を置きたいんですよね」
【えぇ。……という話をしている間に、先頭の映像ですが。1号車これ、ひょっとして……、差が開いていますか】
『はい、実はそうなんです。この両者、前の中継所では6秒差でしたが、先ほど手元の時計で測りましたら11秒でした!』
【ということは、その差が早くも5秒、広がったということになります。うーん、これは鱒川さん、後ろの小泉がすぐに詰めてくるだろうと、我々も見ていましたが、逆に差が広がる展開になりましたね】
「宮沢さんもさすが賢いですよね。最初の1キロ、3分4秒で入りました。簡単に追いつかせちゃうと、後ろで相手を休ませてしまうことにもなりますから。あえて最初の1キロ速めに入ったように見えますね」
【なるほど。タダでは追いつかせないぞ、と?】
「そういうことでしょうね」
【さあ、混戦の6区。まずは先頭のジャスミン大学が、初優勝に向けて一歩前進する走り、4年生の宮沢が見せています。第56回みなと駅伝です】
みなと駅伝の6区がスタートした。現在、我らがアイリス女学院大学は2位。
5区のエースの蓮李は、神宮寺さんに抜かれはしたものの、最後まで諦めず粘りの走りを見せ、なんとかトップと6秒差にとどめてくれた。これなら、すぐに追いつける差だ。
その蓮李からタスキを受けたのは、二年生の小泉柚希。高校時代は京都の名門・白桃女学園高校のエースで、同期の朝陽や心枝が大学で大きく成長したのとは違い、この子はもともと正真正銘、全国区のランナーだった。バネのある軽やかな走りが強みだから、6区終盤に待ち受ける上り坂も難なくクリアできるだろう。
監督の立花は、柚希にすぐに追いつくよう指示した。駅伝の鉄則、とりあえず目の前の相手には追いつく。一人で走るより追いついてしまったほうが、相手をペースメーカーに利用できてパワーを温存できる。ペースを調節したり、駆け引きを考えたりするのも、まずは追いついてからの話だ。
柚希はタスキの紐を引っ張り、しっかりと締めた。気合十分。大勢の前に出ても恥ずかしがるような性格ではないし、この沿道からの大声援も力に変えていけるはずだ。
さて。問題なのは、前を行くジャスミン大学の選手のほうだ。宮沢千種。エリート集団のジャスミン大学の中にあって、地道に力をつけてきた雑草魂の四年生である。
まさかの巡り合わせだ。アイリスの勝利の前に立ちはだかるのが、かつての自分の教え子だとは。
彼女にとっては、四年目にしてようやく掴んだ大学駅伝の舞台だ。指導者として喜ばしいことであるのは言うまでもないが、アイリスの監督としての本音は少し違った。それはリスペクトを含めた、嫌な予感であった。
(キミのような選手に出てきてほしくなかったんだよ、こっちは)
立花はよく知っている。宮沢千種が、どんな場面でも諦めない姿勢でここまで上り詰めてきたことを。
(お前が相手じゃ、ラクにはいかないだろうな……)
◇
【さて、5区で先頭に立ちました、ジャスミン大学。6区を任されたのは、宮沢千種、4年生です。鱒川さん、この選手、4年生にして大学駅伝デビュー戦です】
「はい。宮沢さんね、学業のほうも非常に優秀でね。長野県屈指の進学校、屋代第一高校の出身なんですね。いわゆるスポーツ推薦じゃなくて、一般入試で入ってきた選手です。ジャスミン大学は、先ほどの神宮寺さんのようなエリートランナーを中心に据えつつも、この宮沢さんみたいな、叩き上げの選手もメンバーに名を連ねているんですよね」
【えぇ、非常にバランスの取れたチームですよね】
「力的には、全国高校駅伝にも出ていた、追いかけてくるアイリスの小泉柚希さんのほうが上かなという気がしますけど、まだわかりません。追いつかれてからが勝負だと思いますね」
【ご覧のように、6区の国道16号線では、選手の後ろに富士山が見えています】
その実況とともに映し出されたのは、見事な背景だった。白く雪をかぶり、空高くそびえ立つ霊峰。その頂は、遠く青い空に向かってそびえるようであり、先ほどからカラリと晴れ上がり始めた太陽が斜面を柔らかく照らしていた。青空の中に浮かぶ富士山は、まるでこのレースを見守っているかのように、静かに、しかし圧倒的な存在感で佇んでいた。
【霊峰からのパワーも受けて、選手たちの激走が続いています。さて、いったん映像は第五中継所に戻ります。3位のチームが見えてきたようです】
「はい。ローズ大学のキャプテン、松永悠未がやってきました。順位こそひとつ落としましたが、2位のアイリスとはどうやら差を詰めているようです。待ち受けますのは、去年この6区で区間賞を獲得している、五十嵐唯、二年生です。さあ今、松永から五十嵐へとタスキリレー! 先頭とは57秒の差になりました」
【第56回みなと駅伝も、残すところあと二区間となりました。4位のチームはしばらく間が空いているということで、ここで6区のコース紹介です】
——6区は、JR根岸駅前をスタートして、みなとみらいの街並みへと帰る6・4キロ。序盤は比較的フラットで走りやすいコースが続きますが、終盤には高さ30メートル以上にも及ぶ急坂が、選手の前に立ちはだかります。
【……という、今、6区のコースをご覧いただきましたが。全区間中二番目に「短い」コースではあるんですが、終盤の上り坂をどう攻略するかというのが、鱒川さん、非常に重要なポイントになってきますよね?】
「最後の坂は、思わず手を地面に着きたくなってしまうという声も聞かれるほどですからね」
【あぁ、そうでしたか。およそ300メートル進む間にビル約10階分を駆け上がらなければならないという急坂。各校の監督さんも6区の人選には毎年悩まされるんだ、という話も聞きますが】
「あの、意外と、終盤の登りだけ待ち構えていてもタイムが出なくて。前半のフラットな部分でも、ある程度スピードに乗っていける選手を置きたいんですよね」
【えぇ。……という話をしている間に、先頭の映像ですが。1号車これ、ひょっとして……、差が開いていますか】
『はい、実はそうなんです。この両者、前の中継所では6秒差でしたが、先ほど手元の時計で測りましたら11秒でした!』
【ということは、その差が早くも5秒、広がったということになります。うーん、これは鱒川さん、後ろの小泉がすぐに詰めてくるだろうと、我々も見ていましたが、逆に差が広がる展開になりましたね】
「宮沢さんもさすが賢いですよね。最初の1キロ、3分4秒で入りました。簡単に追いつかせちゃうと、後ろで相手を休ませてしまうことにもなりますから。あえて最初の1キロ速めに入ったように見えますね」
【なるほど。タダでは追いつかせないぞ、と?】
「そういうことでしょうね」
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