薔薇の勇者の軌跡

なすのにびたし

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第5章:勇者ソーンと魔王の息子

チャプター6

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「さーてと、そろそろ帰ろっかなー。

面白かったし、そろそろ親父に見つかって叱られちゃったら嫌だし。

楽しかったよ、勇者クン♡」

「そうだ、一つ聞いておきたいことが増えた。」


勇者に背を向け、頭の後ろに両手を組んで、大きく伸びをしたブラックバカラ。

放っておいたらそのまま撤退しそうな彼に対して、不意にソーンが声をかけた。

声をかけられたブラックバカラは、返事の代わりに腰を捻じ曲げ、横目で勇者一行を視界に入れる。


「君は、どうして君の父親に不利益なことをするんだ。」


ソーンの疑問は、ミカエルも多少は抱いていたものであることは間違いない。

このまま順調にソーンが必要な道具を集めていけば、ブラックバカラの父は討伐されてしまうのだ。

彼の口振りからは、魔王ブラックパールへの憎しみや、怒りなどの感情は見えない。

家族仲が悪いわけでもないのに、彼が魔王ブラックパールの討滅を推奨する理由が、青年騎士ミカエルには理解できなかった。

同じ気持ちを、勇者ソーンも抱いていたのだろうか。

純粋に興味深いその問いの答えを、ミカエルは待つ。

一拍の呼吸が、永遠のように長い静寂に感じていたが、ブラックバカラの口元が弧を描いて、打破される。


「オレなりのゲームメイキングだよ。

このままだと普通に魔王軍が勝っちゃうからさ、不公平で面白くないっしょ。

…ま、それ以外にもいっぱい理由はあるけど、今はナイショ♡」


理由はあったが、到底理解できそうにない答え。

それが発せられて、ミカエルはただ唖然とするのみ。

自身の常識とは大きくかけ離れた言葉に対する反論も、何も用意できなかった。

そして、ソーンはそれを理解したか、していないかはわからないが、一言「そうか」とだけ返す。


「もういい?

じゃあオレは帰るよ、バイバーイ♡」


もう返事はいらないと判断した魔族の青年は、ニヤニヤ笑いを零しながら、渦巻くような黒い風に攫われて消えていく。

坑道の中に吹き荒れるはずのない黒い突風を伴う彼がいなくなった後には、二人の旅人と、月光水晶の玉が残された。



黒い雲の浮かぶ黄色い空。

浮遊する茨の居城の中に、黒い風が吹き抜けて、魔族の青年であり、この居城の主の息子、ブラックパールが姿を現す。

ブラックパールは黒紫の石で作り上げられた広い廊下に、軽快な靴音を響かせる。

その音は彼が機嫌よく帰還したということがよくわかるものであった。

そんな彼の前に、彼を待ち受けるようにしていた人影が躍り出て、その進路を塞ぐ。

人影の主は、ブラックパールの参謀、ニグレット。

陰険な顔には、神経質そうな怒りが浮かんでいる。

その手には柱状にカットされた月光水晶を用いた長杖が握られていた。


「あれー、ニグレットじゃーん♡

どしたの、顔怖いよー?」

「どうしたもこうしたもありませぬ、ブラックバカラ様!

今まで何をなされていたのでございますか!」


ヒステリックに長杖の石突を黒紫の石畳に打ち付けて、ニグレットは声を荒げる。

一応は魔王の息子であるということを考慮したか、口調だけは丁寧だ。


「何って…アンタらが気にしてた、勇者クンに会いに行ってたんですけどー?

別に無事に帰ってきてるんだから、問題ないっしょ?」

「問題ないなど、よくも言えたものでございますな…!

このニグレットの月光水晶を持ち出しておいて!」


彼お気に入りの月光水晶の玉を持ち出したことは、当然バレたようだ。

そして、勇者に会いに行ったことがバレたことで、月光水晶が今どこにあるかも推測されてしまう。

それはつまり、敵に塩を送ったも同然の行為。

魔王軍の参謀としては看過できない事態だろう。

ニグレットの怒りは、故のものであるとわかるが、ブラックバカラにとっては彼の怒りなどそよ風程度の威力しか発揮しない。

頭の後ろに腕を組んで、けらけらと笑うのみだった。


「まあまあ、そんなに怒るなって♡

大した事ないっしょ、ちょっとくらいのサービスしたって。」

「大したことがないとしても、この些細なことがブラックパール様の、ひいては魔族の勝利を揺るがせる可能性がある限り、その行為は許されざるものでございましょうとも!」


怒りのままに喚く三つ目の男に、ブラックバカラは肩を竦めると、一気に距離を詰めた。

瞬く間に眼前に現れたブラックバカラの姿に、思わずニグレットは息を飲む。


「そうカリカリすんなよ♡

あんまりそんな顔してたら、オレの親父に嫌われちゃうぞ?

ほらほら、愛されたいなら、スマイルスマイル♡」

「なっ…!

ニグレットは、決してそのような!

ブラックパール様に愛されようなどと…!」


ニヤニヤと笑いつつ、ブラックバカラは彼の眼前で、口角に指を当てて、ぐいと押し上げて、笑えというジェスチャーを。

しかし、ニグレットの意識は彼のジェスチャーではなく、発言に向いている。

心臓の鼓動を跳ね上げ、顔に紅を注して、三つの目をきょろきょろと忙しなく泳がせた。

そんなニグレットの様子に、ブラックバカラは「キャハ」と面白そうに短く笑うと、すり抜けるように彼を退けて廊下の先へ。


「ホント、親父のことになると隙だらけになっちゃうよね、ニグレット♡

じゃーね、バイバーイ♡」

「あっ、ブラックバカラ様!

ニグレットの話はまだ終わりでは…!」


彼の横をすり抜けた魔族の青年は、あっという間に黒い風となり、廊下を駆け抜けていく。

残されたのは、薄暗い廊下に佇む、三つ目の男ただ独り。

黒い風となって消えた青年を追うようにして振り向いたものの、彼の声は黒紫の石の中で反響して消えていった。

取り残された三つ目の男は、腹の奥にふつふつとした憤怒や羞恥を抱えつつも、身体の捩じれを元に戻す。

そして、ぎりと長杖を握りしめると、三つの視線を黒紫の石畳へと落とした。


「ブラックバカラ様の行動は、放っておけば間違いなくブラックパール様の障害となろう…

危機を回避するために、手を早めに打たねばならんか…!」


男は独り言ちながら、くるりと踵を返すと、薄暗い廊下の先へと歩を進めて、その姿を闇に溶かしていく。
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