不殺の暗殺者と呼ばれた男 ~スキル:タコは思っていた以上に高性能でした~

川原源明

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第3章 冒険者活動スタート!

第23話 暗い道への誘い

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 ギルドマスターの執務室には、静かな余熱が残っていた。
 セリカとの緊張のやり取りのあと、ジルはカイトの正体を“使徒”だと見抜いた。

 しばしの静寂のあと——

「さて、カイトちゃん」

 ジルが椅子をくるりと回しながら、足を組み直す。
 その目は、いつもの軽さを装いながらも、核心に触れようとする鋭さを宿していた。

「ちょっと真面目な話になるけど……あなた、アサシンギルドに興味はある?」

 唐突なその言葉に、俺は少しだけ目を瞬かせた。

「……アサシンギルド、ですか?」

「そうよ。うちのギルドじゃないけど、私も関係者のひとりとしてね、声をかける資格くらいはあるの」

 ジルの指が机を軽くトントンと叩く。

「正直、あなたの戦い方……あれは、ただの冒険者の域を超えてたわ。“隠れて”“音で狩る”——完全にアサシン向きよ」

 ジルは愉快そうに笑いながらも、その目だけは本気だった。

「使徒ってこともあるけど……あなた、どう見ても向いてるのよ。“そういう仕事”に」

 “そういう仕事”——その言葉の意味を、俺は理解していた。

 殺す。人を。

 敵を討ち、任務を果たし、必要とあらば“その手”を汚す。

 けれど俺の中には、ずっと拭い切れない違和感があった。

(……本当に、俺にそんなことができるのか?)

 魔物なら、まだいい。人ではない、明確な脅威だから。
 でも人間を——たとえそれが正当な理由のある“標的”だったとしても。
 自分の手で命を奪う、という現実は、心の奥底で鋭い棘となって引っかかっていた。

 それでも、口には出さなかった。
 それを口にした瞬間、セリカにもジルにも“覚悟が足りない”と見られる気がしたからだ。

 ジルは、俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、肩をすくめて微笑んだ。

「まぁ、すぐに答えを出せとは言わないけど……一応、選択肢として考えておいてちょうだい」

 そのとき、無言だったセリカが口を開いた。

「アサシンギルドの仕事は、暗殺だけじゃないわ。潜入、監視、情報収集……影に潜ることが私たちの本質」

 その言葉には、どこか責任感と自負が混じっていた。

「もちろん、殺しの仕事をするかどうかは、個人の判断で決めていい。無理に手を汚す必要はないわ」

 セリカの目は、まっすぐ俺を見据えていた。
 それが、脅しでも誘導でもなく、ひとつの“提案”として語られたことが伝わる。

「……ありがとうございます。考えておきます」

 俺はそう答えるしかなかった。
 何かを決断するには、まだ心の整理がついていなかった。

 ジルが、どこか満足そうに小さく頷いた。

「それで十分。さて、それじゃ——」

 ジルが一枚の書類を取り出し、軽く揺らした。

「昇格の手続きはもう済んでるから、これ持って受付に出してきなさいな。正式に“Bランク”ね」

「はい。ありがとうございます」

 書類を受け取り、軽く一礼する。

 そのとき、ふとセリカが口を開いた。

「……これから、どこに行くの?」
「少し、顔を出したい人がいて。約束もありますし」

「……そう。なら、いってらっしゃい」

 それだけを言って、セリカは背を向けた。

 俺は、ギルドマスターの執務室を後にした。

   受付に立ち寄ると、エンペラー討伐分の報酬がまとめて渡された。
 細かい査定は後日としても、すでに換金された素材や特別手当も含まれていたようで、予想以上の金額だった。

 これで、当面の生活には困らない。宿も、装備の見直しもできるだろう。

 王都の空はまだ青く澄んでいたが、胸の奥に引っかかるものは残ったままだった。

 そして俺は、一人の女性のもとへ向かう。

 ——クラリス。

 彼女に会って、話すべきことがあった。

 ギルドの門をくぐろうとした、そのときだった。
 背後から、どこか艶のある声がかけられる。

「あら、カイトちゃん。忘れ物よ」

 振り返ると、ジルが一通の封筒をこちらに差し出していた。
 上質な紙に、見慣れない紋章。金箔で「エルリーフ亭」と刻まれている。

「明日の昼過ぎ、《エルリーフ亭》へ。個室を用意してあるわ。ちょっとした食事の場だけど、あなたには見ておいてほしいものがあるの」
「……これは?」
「まぁ、気が向いたらでいいのよ? でも——断ったら後悔するかもね?」

 意味ありげに微笑むジルに、俺は小さく頷き、封筒を受け取った。

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