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しおりを挟む「……わ、かりました……。でも、一週間ですよ。一週間いっしょにいて駄目だったら、そのときは素直に魔界に帰ってくださいね」
彩香の回答に、ローランドは瞳を輝かせて笑顔を作る。
「もちろんだとも。やったぁ、嬉しいなぁ」
その声音に白々しさは欠片もなく、彩香には本当に嬉しそうに聞こえたものだった。しかし、なんだろうか。胸に込み上げてくる、この謎の敗北感は。
「おじさん、彩香ちゃんにふさわしい男になってみせるからね」
「……勝手にしてください」
同居をするだけの関係性のはずなのに、それではまるで交際前提の台詞のようではないか。そう思ったが、彩香はくちには出さなかった。
「さっそくだけど、なんか食べる? なに作る? なにかリクエストはあるかい?」
矢継ぎ早の問い掛けは、ローランドの気持ちの表れのようにも聞こえる。
訊かれた彩香は、冷蔵庫の中身を思い出しつつ、軽く返答した。
「あー……じゃあ、冷凍庫にあるものでも適当に――」
彩香の言葉が途中で途切れたのは、目の前のローランドが不自然にとつじょ固まったからである。
彼は目を見張った驚愕の面差しで、彩香を見つめた。次いで、数秒の沈黙を挟んだ直後、はじかれたふうに声を荒げる。
「若い女の子がなに言ってるんだ! ちゃんと食べないと駄目だろう!」
何故いきなりそんなことを言われたのかわからず、彩香は困惑した。先程までの「なさけない雰囲気の悪魔」とは印象が大きく異なる。
相手の態度の急変に戸惑いながらも、彩香は言葉を返した。我知らず、声は小さくなってしまったけれど。
「そ、そんなこと言われても……」
「ひょっとして、いつもそうやって食事を適当に済ませてるのかい? 駄目だよ彩香ちゃん、駄目!」
まるで世話焼きな親戚のおばちゃんである。
ローランドの勢いに、彩香はつい気圧されてしまった。だって、いったい誰が想像するだろう。悪魔に食生活の心配をされるなんて。普通に生きていれば、きっと誰も想像しえないのに違いなかった。
「でも、仕事が忙しくて……」
何故か、彩香の口調は言い訳をするときのそれになっている。いつの間にか、ふたりの力関係は逆転してしまっていた。その原因が彩香の食生活にあるのだと思うと、悲しいやら馬鹿馬鹿しいやらである。
「それはわかる。わけるけど。でも食事は健康の基本だからね! ただでさえ人間はすぐに体調を崩すんだから、しっかり食べないと」
健康の基本を語る悪魔を、彩香は複雑な気分で眺めた。本当にこの男は悪魔なのだろうかと、疑問すら湧いてくる。
というより、もはや「親戚のおばちゃん」を通り越して「お母さん」のようだった。
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