【R18】普通じゃないぜ!

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19 増える悩み

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(凄い。ド直球。何の変化球もなしとは恐れ入る)
 こんなに見た目は美しく、かつてメディアもザワつかせた『美人過ぎる』女性なのに、何と残念なのだろう。

 あなたのそういうところが見え隠れして和馬も一線を引いていたんじゃないの? と言ってみたい。

 しかし、それでは田中さんと同レベルになってしまう。もしかすると暴言を吐く私を誘っているのかも知れない。こんな時何と答えたら大人の女性、和馬の彼女として正解なのだろう。

(駄目だ何も浮かばない)

 だから思わず私は地を這う様な低い声で呟いてしまった。
「面倒くせぇな」
「……え? 今、何と?」
 突然話した言葉が男言葉の「面倒くせぇ」しかもかなりドスの利いた声なら驚くだろう。田中さんはポカンとしていた。その顔が結構ツボにはまっておかしくて笑ってしまった。

 私はコーヒーのセットを終える。電源をオンにしてから咳払いをし、田中さんと向かい合う。

「和馬には普通に告白して普通に返事をもらっただけよ。それが何か?」

(本当は、アダルト動画を見る趣味がバレて、黙っていて貰う為に付き合わされているだけなのだよ。しかも和馬ってば処女相手に手加減なしだし。良かったら田中さんもアダルト動画とかどうですか? そんな変な趣味をお持ちなら早坂の気を引く事も出来ましてよ?)
 なーんて……そんな事を言えるはずもなく。私は出来るだけ淡々と話をした。

 田中さんは「普通」と言った私の言葉に反応し、ヒールのかかとをならして私の顔の前に自分の顔を近づけた。田中さんが動く度にとてもいい香りがする。

(近い! でもいい匂い……じゃないや。毛穴まで見えるほど近づかなくても。それにしても綺麗な顔ね)
 綺麗に化粧を施された隙のない顔が近づいて私は思わず仰け反った。

「嘘。普通に告白したって、ちっとも早坂さんは振り向いてくれなかったんです。入社してから一月に一回は早坂さんに告白しているのに」
「そ、そうなんだ」
 もう既に田中さんは何度も告白をしているらしい。

(大変だね早坂も。一回ぐらい付き合えばいいのに)

 そこまで考えて、何となくそれは大事になる様な気がして首を左右に振った。

(いや。田中さんと付き合って別れようものなら大変な事になりそうだ。押しが凄い。付き合ったら次は結婚とか言い出しかねない)

 田中さんは恐ろしいほどにぐいぐいと私に迫ってくる。私はそのままひっくり返ってしまいそうなほど体を仰け反る。

「ねぇ、どうしたら早坂さんに告白していい返事をもらえますか?」
「もらえますか? って、言われても。だから普通に」

(知らねぇよそんな事。それにごめんだけど本当は和馬との関係は普通じゃないし)

 私は苦笑いをしながら迫る田中さんの肩を押さえる。だけど田中さんはぐいぐい迫る。

「『普通』だなんて嘘ですよね」
「!」
 ズバリ言われて私は少し体をこわばらせてしまう。
「早坂さんは猪突猛進って言っていたじゃないですか。もしかして押し倒したとか? 地味な女性から迫られるのは初めてで、早坂さんもしかして興奮したのでしょうか」
「えぇ~」
 一瞬驚いたけど次の台詞で目が点になってしまう。

(失礼だろ。私に対しても、和馬に対しても。そんな事で興奮する和馬だったら変態じゃないのよ。うーん。でも似た様なものかもね。アダルト動画を見て悶々とする私に興奮する和馬。なんてね)
 と、思わず突っ込みをいれたくなる。

 そんな馬鹿正直な事を田中さんに答えるわけにもいかず悩んでいると、田中さんの後ろで百瀬さんの声が聞こえた。

「あれ? 梨音じゃーん。こんなところで何をしているのぉ。秘書室は仕事暇なのぉ?」
 相変わらずのんびりとした声。そして語尾が伸びる百瀬さん。その声に我に返った田中さんが私からようやく離れてくれた。

 田中さんは髪の毛の毛先をくるくると丸めながら百瀬さんに口を尖らせた。
「暇じゃないわよ。休憩がてら少し来ただけよ」
「ふーん。あっ直原さんコーヒーいれ直してくれたんですね。さっすが気が利きますね。そういうところが早坂さんも好きなんでしょうねぇ~」
 チラリと百瀬さんが田中さんを横目で見つめる。

 どうやら百瀬さんには田中さんとのやりとりを聞かれていたみたいだ。それが分かっているので助け船を出してくれたみたいだ。最後の何気ない一言が田中さんには効果があったのか突然無言になった。

 百瀬さんはぴょこぴょこ跳ねながら田中さんに隠れている私に話しかける。
「直原さん、私もコーヒー欲しいですぅ~梨音もコーヒーいる? でもぉ、秘書室にある社長専用のやつより安いやつだよ」
「いらないわよ」
 田中さんはツンとして百瀬さんと体を入れ替える。

 そして、両腕を組んで私をじっと見つめる。その視線はまだ何か言いたげだった。だから、私は特に何の感情も載せないようにして田中さんに話しかける。

「業務時間中でしょ。仕事に戻った方がいいわよ。それともまだ何かある?」
 田中さんはその声を聞いて唇にキュッと力をいれてから肩の髪の毛を後ろに払った。

「二週間後、早坂さんには私が告白しますから」
 田中さんは凜とした声で答えると狭い給湯室の入り口からようやく去って行った。

 田中さんのお尻を揺らしながら歩く後ろ姿を、給湯室の入り口から顔を出して私と百瀬さんは見送った。

「凄く性格に難ありね?」
 私は給湯室の壁にもたれて溜め息をついた。すると百瀬さんが音を立てているコーヒーメーカーを見つめながらカラカラと笑う。

「そうですけどあれで通常運転なんですよ」
「えぇ! あのままなの?」
 全く包み隠さない猫をかぶっていないってある意味凄い。私は百瀬さんの言葉に驚いて目を丸めた。
「そうなんですよ。彼女、全然男性の前でも同じ態度っていうかーぁ。まぁいいところのお嬢様なんで、我が儘が通ってきた結果ああいうキャラクターになったみたいですけどねぇ」
 そう言いながら百瀬さんは私の隣にちょこんと並んで同じ様に壁に背中をもたれかけた。そして私の事を横目で見つめながら小さい声でボソボソと呟いた。

「だから田中さん──梨音に別にズバズバ言っていいんですよ? 彼女本当に悪気ないんで。言われ損になっちゃいますから」
 同期でそこそこ気が知れているのか、百瀬さんは田中さんの事を名前で梨音と呼んだ。そんな百瀬さんだが、私としては百瀬さんの方が何だか上手な気がする。体よく田中さんを追い払ってくれたのだから。

「うん。色々気を遣わせてごめんね。ありがとう」
 私が諸々の事を合わせて百瀬さんにお礼を伝える。百瀬さんは大きな胸を弾ませてようやく入ったコーヒーメーカーに近づいた。

「でも悪気はなくても梨音ってば、失礼ですよねぇ。二週間後に早坂さんに告白するわなんてぇ。次は私の番とでも言いたいんですかねぇ? 別に順番待ちしているわけではないのに」
 百瀬さんは自分のマグカップを取り出しながら口を尖らせた。

「アハハハ……そうだね」
 田中さんも百瀬さんも和馬の噂を知っているのだろう。

 例の、付き合う女性と長く続かない大抵二週間しか続かないという噂を。

(だから二週間後に告白するって言ったのね)
 田中さんの宣戦布告。次は私が待っているから早く譲れ。もしくは捨てられてしまえ。そういう事なのだろう。

(それを私も狙っているのだけれども。改めて他の人から言われると順番待ちじゃあるまいし。ちょっと腹が立つな)
 みんな勝手だけれども自分だって勝手なのだ。

 そんな事を考えて少し落ち込んでいると、コーヒーを自分のカップに注ぎながら百瀬さんがニヤリと笑った。
「でもぉ。私は直原さんなら早坂さんと長くお付き合いすると思うんですよねぇ~」
「え? 何で」
 自分ですら別れる事を前提に考えていたので、意外な事を百瀬さんに言われ驚いてしまう。そんな私を見て百瀬さんはニヤリと笑った。
「んっもー。分かってるんですよ。本当は早坂さんからの告白だったんですよね? さっきお昼前に聞いた時、早坂さんは驚いていたみたいですよね。だから思わず直原さんからの告白だなんて言ったんですよね?」
「え」
「ホントに早坂さんって照れ屋さんですよねぇ。そんなに嘘を言わなくてもぉ。早坂さん、ベタベタに惚れているがバレるのが恥ずかしいんですよきっとぉ。直原さんも大変ですねぇ~うふふ~」
「アハハハ」
 私は百瀬さんの含み笑いに苦笑いになるしかなかった。

(和馬。別れるだろうと予想されるのは、和馬も想定範囲内だろうけれども。もの凄い勘違いしている人が一名いるよ。どうしよう)
 どうして和馬が私に惚れていると思い込んでいるのか謎だ。

 百瀬さんは更に続ける。
「だから、絶対二週間以上続くって私は思うんです。梨音が入る隙間なんてこれっぽっちもないですよ。って言うかぁゴールインしちゃうかもぉ! やだ、そうしたら直原さんは早坂一族の仲間入り?!」

(いや。ないからそれ)

 私は百瀬さんの一人興奮する台詞を聞きながら心の中で突っ込みをいれた。

(それにしても二週間って。大切なプレゼンもその場に参加はしないけれども、二週間後なのに~次から次へと問題が浮上して困るよ)

 佐藤くんの事も気がかりだし、和馬の事も悩ましい。慌ただしい二週間になりそうだと私は今日一番の溜め息をついた。
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