【R18】普通じゃないぜ!

成子

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27 悩んで迷宮入り

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 お昼休みの舞子の話がどうしても私の頭の中から離れない。

 舞子は吹っ切れた様だから一安心だが、もしも私が舞子の立場だったらどうだろう? と、考え始めたら深みにはまってしまい、出口が見つからなくなった。

(私だったら舞子みたいに、自分が部署を移るという選択をする事が出来るかな? ううん。そんなの出来ない。だって間違っているのは部長なのに。間違った考えに従うなんて我慢出来ないと思う)

 とにかく、相手……部長に対して『それはおかしいです。今の時代間違っていると思います』と必死に訴えると思う。社内のハラスメント機関に訴えて、多くの意見を集めて、それで──


(それで? どうなるの? 今まで社内でそんなケースあったのかな)


 私はゴクンと唾を飲み込む。


(とにかく。そうしたとして、私はどうなるのだろう。相手はどうなるのだろう)

 争った果てにはやはり部署異動は免れないかな。だって、しこりは残るだろうし。それどころか相手と私……どちらか会社を辞める事にならないだろうか。

 最悪の事が考えられて私は身震いをした。自分の体を自分で抱きしめる。

 考えすぎで馬鹿らしいと思うかもしれないが、答えが見つからないので最悪な状況ばかりを考えてしまう。

(辞めるか……相手の部長はあと少しで定年退職だし何が何でも会社に残りそう。そうじゃないでしょ。そもそも残るがあるのは誰? という事にならないだろうか)

 私は社内ランクが低い。だから賃金は部長クラスの人と比べると少ない。しかし、低い私は本当に会社から必要とされる人材なのだろうか。辞める辞めないを選択するのは私だけど、会社の中でいづらくなるだろう。それなら私は?



 最悪の答えに、午後からの仕事のはかどりは良くなかった。



 ◇◆◇

 大抵の悩みは帰宅までの電車の中で折り合いをつける。しかし今日は違った。何故、私が悩むのだろう。舞子の部署の事情だ。それでも、私はいつまでたっても悶々としてしまい、気持ちを切り替える事が出来なかった。

 家に帰り和馬と夕食を食べる。お茶碗とお箸を持ったまま私は何を見つめるわけではないがぼんやりとしてしまう。

「おい、那波、意識はあるか?」
 テーブルの向かい側に座る和馬が首を傾げて私の顔を覗き込んだ。

 ダークブラウンの瞳が思ったより間近にあったので、私はびっくりしてお茶碗をテーブルに落とした。幸い鈍い音がしただけで割れたり中身が飛び出たりという事はなかった。

「びっくりした。ごめん、大きな音をたてて。それで、何?」
 私は驚いてお茶碗を元に戻し、和馬に尋ね返す。すると和馬は溜め息をついて湯飲みに入ったお茶を飲んだ。

「何じゃないだろ? さっきから話しかけているのに。上の空ってさ」
「ごめん。ちょっと考え事って言うか」
 私は和馬の目を見る事が出来ず目の前のおかずに視線を移す。

 今日は鯖の味噌煮。ごはんによく合う味で仕上がった。考えながら食べていたのであまり食が進んでいなかった。

 私とは違い鯖を平らげた和馬は頬杖をついて私の顔を覗き込んだ。

「……何かあったのか? 例えば、ほら、あれだ。後輩の佐藤の事とか」
 和馬は話を聞いていなかった私の事を責める事はしなかった。それどころか優しく微笑んでくれた。

「あ、えっと……」
 私は和馬の顔を見ながら言葉を飲み込む。佐藤くんという具体的な名前が出てきたからだ。

(もしかしたら、和馬は市原くんから聞いているのかも。朝の佐藤くんとのやりとりを……市原くんも怒っていたし)
 和馬は私が外回りの担当を三人見ている事も、同期の市原くんから話を聞いていて知っていた。だから、もしかすると市原くんが気を遣って会議の話を根回ししてくれているのかもしれない。

 確かに佐藤くんの態度も悩みどころなのだが、今考えているのは別の事だ。私が口ごもったので、和馬は私のお箸を持つ手を優しく握ってきた。

「無理に聞き出そうとは思わない。那波が話したくなったらでいいさ。でも飯の時ぐらいは何も考えずに食えよ?」
 無理に聞き出そうとはしない和馬だ。さりげない気遣いと優しさに胸の奥が染みた。

(こういうところは、別に付き合ってなくても和馬の優しいところだよね)

 ペアで仕事をしていた時も、言い合い……じゃなかった。ディスカッションを繰り返してたけれども、何か困った事があったら必ず声をかけてくれた和馬だ。

 顔だけじゃなくて、こういうさりげない優しさがモテる要因の一つなのだろう。和馬の優しさは恋人ごっこをしているせいもあり、更に甘く私の心を掴もうとする。

「……うん。ありがとう。その時はお願いね」

 私は切ない気持ちを胸の奥に閉じ込めて和馬に微笑み返す。和馬は私の顔を見てポリポリと頬をかきながら小さな声で呟いた。

「と、とにかく。悩み事は一番初めに俺に相談しろよ。池谷課長とか市原よりも先にな」
「えーだって部署の事は部署内が先になるって言うか」
「それでもだっ」
「何をムキになっているんだか」
 和馬の子供っぽい言い方に私は救われて微笑んだ。その私の顔を見て和馬は笑って湯飲みのお茶を再び飲んだ。

(とにかく食べよっと。あんまり考え込んでもすぐに答えは出ないものね……)
 私は気を取り直して鯖の味噌煮を食べる事にした。
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