【R18】普通じゃないぜ!

成子

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70 水曜日 昼過ぎ 1/2

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 水曜日。今日は一日雨が降ると言う。確かに、朝から雨が降っている。豪雨というわけではないから、通勤に差し支えはない。雨のせいで気分が晴れないとか、そんな事を言っている場合ではなくなってしまった。

 私の机の上。パソコンの傍らには、過去の書類という書類をひっくり返し悲惨な状態だった。比較的、整理整頓しながらの作業は得意なのだが、そんな事は言っている暇はない。

 とても切迫した状況だった。だけど、私は資料の上にうつ伏せになり頭を抱える。

(駄目……分析元のデータがないなんて。ここへ来て大失態だわ。気がつくのが遅すぎたわ)

 私は自席でファイルというファイルをあさり、権限が許されたサーバーにアクセスをしたけど、欲しいと思うデータがない事が分かった。しかも、もう一つ分かったことがある。

 欲しいデータの使用は、私に権限が許されていないサーバーにある。

 ようやく気がついた佐藤くんの企画意図。彼にもう一度詳細を問いただしたくても、火曜日のお昼以降はずっと席を外してる。金曜日のプレゼンはどうするつもりなのだろう。何としてでも、佐藤くんと話をしたい。だけど、外回りという手段を使って、私と話をする事を避けている。火曜日の午後から水曜日は終日、佐藤くんは外回りだった。

(佐藤くんは逃げ切るつもり? そうはいかないんだから! とにかく何処かで必ずとっ捕まえてみせる。とにかくもう一度向き合う為には、佐藤くんの要望通りの資料を揃えてやるんだから)

 そして水曜日の昼過ぎ、一つの可能性にたどり着く。『定額サービスに加入してもらって、更に新たに携帯端末を契約させる』というユーザー層は、私が考えている層よりずっと低いのではないだろうか?

 そうなると全く違う角度のデータが必要なわけで。何とか手元のデータでどうにか出来ないか考えたけどどうしようもない──という事が分かっただけだった。さすがに時間がなくて焦りが隠せない。

(池谷課長に申請してもらうのであれば可能だろうか……ううん。でも、個人情報が一部含まれていると思うし。恐らく一日、二日で申請が通ってどうにかなるものじゃないわ。場合によってはNGって事もあり得るし)

 私が欲しいのは別の専任部署が所有しているデータだ。私のいる二課とは一線を画している部署なので、申請しても利用させて貰えるかどうか分からない。

 うつ伏せてから体を起こし、椅子の背もたれに体重を預けて天井を仰ぐ。まぶしい光を避けるのに、両手で顔を覆う。

「ああ……手詰まりかな」
 思わずくぐもった声でぽつりと呟くと、待っていましたと言わんばかりに隣の席から百瀬さんが声を上げる。

「呼びましたかぁ! 私がお手伝いする出番ですかぁ~?!」
 そう言いながら、パーティションからトレードマーク、お団子ヘアを揺らして登場する。まるで私の呟く一言を一言一句逃さないと、待ち構えていた様にだ。

 フン、フン! と、鼻息を荒くパーティションに顎を乗せる百瀬さん。大きな瞳をキラキラ光らせて、まるで忠犬のごとく私の指示を待っていた。百瀬さんの背中の後ろに小さなカールした尻尾が見える様な気がしてきた。でも残念ながらこればかりは、百瀬さんではどうにもならないだろう。
「嬉しいんだけどさ、さすがにこれは無理かも」
「そんな事ないです。確かに私では無理な事でも、二人で考えたらいい案が出るかもしれませんよ!」
 百瀬さんはそう言いながら、パーティションを挟んだ隣の席から出てきた。そして、私の座っている隣に立つ。

 私はその勢いに仰け反りながら目を丸めた。ズンズンと近寄ってくる百瀬さんに、語尾が段々小さくなってしまう。
「いや、これはそもそもの問題でどうしようもないって言うか」
「そんな事は言ってみなけりゃ分かりませんよ! さぁ、さぁ、さぁ! 何にが手詰まりなのか言ってみてください」
 再び鼻息を荒くして、大きなバストの前で両手に拳を作ってみせる百瀬さんだった。
「は、はい」
 私は勢いに負けて小さく返事をし、何に手詰まりなのか説明をはじめた。



 ◇◆◇

「むぅ~それじゃ、私の出番はないじゃないですかぁ~」
「出番って……だからどうしようもない問題だって言ったのよ」
 理由を告げると百瀬さんが私の目の前でしょげる。心なしか頭の上で可愛く結ったお団子も、しんなりして見える。

 百瀬さんは私のブースに自分の椅子を持ち込んで、一緒にテーブルに所狭しと散らばった資料を見つめ、じっと考えている。しばらくしたら、口元に手を当ててハッと何か気がついた様子だ。

「もしかして、何かいい案が浮かんだ?」
 私は藁をも掴む気持ちで尋ねると、百瀬さんがニヤリと笑う。
「アクセス権がないなら、アクセス権のある部署に潜入ですかねぇ? ここは一課か学校向けの部署に忍び込んで、データを抜き出すしかなさそうですよね」
 本気とも冗談とも取れる、不気味な微笑みを浮かべていた。
「抜き出すって、どうやって?」
「お色気作戦か……それとも袖の下作戦……それっぽい事を頼めそうな人──いませんかね?」
 作戦名を聞いて、私は益々頭を机の上に擦りつける。
「何非現実的な事を言ってるのよ。そんなの出来るわけないでしょ。漫画じゃあるまいし」

(だけど、最後の『頼める人』てのは……結構ありって気もするけど)

 一瞬、和馬の顔が浮かんだ──だけど、この手だけは絶対に使いたくない。そもそも、そんなルートで手に入れたデータを使用したら、佐藤くんに『それ見た事か』と言われそう。

 そして、なにより『俺のおかげ!』とか、和馬にドヤ顔されたくない。

「……絶対、和馬には頼らないから」
 これは女の意地よ──と、意味不明の言葉を、机にうつ伏せたまま呟く。すると、百瀬さんが苦笑いをした。
「分かってますよ。そんな事したら佐藤に何て言われるか『ほーら俺の言った通りでしょ~』とか言われるの私も絶対に嫌ですよ」
「おお後輩。良く分かってるじゃないの」
「うふふ。お褒めにあずかり光栄です」
 百瀬さんとの息が合った様な微妙なやりとりも、疲れが回ってきたせいかだろうか。昨日も最終電車だったし、全力投球で二日目って言うのは徹夜並みに疲れるのだ。

 そんな時ふと、和馬だけではなくお兄さんの桂馬さんの顔が浮かんだ。笑っている笑顔の裏で、良からぬ事を考えていそうな桂馬さん。

(確かバーベキューをした日に、情報が何とかって言っていたよね?)

「そうだ……情報は武器になるって」
 まさにその通りだと、私は実感していた。
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