【R18】普通じゃないぜ!

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78 木曜日 夜 会いたい

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「ふぅ」
 私は一日ぶりの自宅に帰り、食事をしお風呂に入った。まだ眠るには早い時間だけど、部屋の電気は最低限にして小さなリビングに座る。洗った髪の毛を拭き、タオルでまとめる。乾かすのは後にして、私はスキンケアをして一息ついた。

 小さなテーブルの上にはノートパソコンと缶ビール。いつもならベッドを背もたれにするけど、ここ一週間ぐらいはすっかり和馬の席に定着していた。今日も和馬は私の部屋には帰って来ない。たった一週間だけ一緒に過ごしただけなのに、今でもそこにいる様な気がして寂しくなる。



 ◇◆◇

 田中さんと桂馬さん達と別れて、真っ直ぐに自分のアパートに帰ってきたというものの、肝心の和馬にメッセージの返信が出来ないでいた。

(返事をする気はあるのよ。うん。返事する気満々なのよ? ただ、こういう時って、何てかいたらいいのかな)

 簡単な夕食を作りながら考えた文面があって、それを文字に起こしてみた。

『なかなか連絡出来なくてごめんね。あの時は酷い事を言ってごめんなさい。和馬の言葉はさすがに私も落ち込んで怒りに満ちて──』

「いやいや、これは違うよね? 何で腹が立った事を再び伝えようとしているのよ!」
 慌てて消すも何だか似た様な文面になる。二行目からやっぱり腹が立ったという文章になってしまった。これはいけない。一度リセットだわ。そう思って食事をしてからメッセージを考える事にした。

 そして食事を取って後片付けをした後、再び文字に起こす。

『ずっと返事が出来なくて申し訳ないです。あの時は酷い事言って後悔をしています。あれからずっと仕事に打ち込んでいました。それと半徹はよくないって思いました。だけど、ようやく佐藤くんの希望通りの企画資料が出来上がりました』

「って、今度は日記かよ!」
 慌てて消すも、何故か同じ様な文面になって、二行目からは出来事の羅列になってしまう。これはいけない。もう一度リセットだわ。

 そう思ってお風呂に入り、今に至る。



 ◇◆◇

「メッセージ一つかけないなんて。はぁ情けない……気分転換しようかな」

 私はノートパソコンを開き、何となくいつも利用していた動画サイトを開く。アダルト動画ばかりを販売しているリンクをクリックして、発売された動画のリストをぼんやりと眺める。

 佐藤くんの出来事も桂馬さんと田中さんの出来事も解決になったけど、ストレスはマックスだ。和馬もいないし自由だから新しい動画を見たって何の問題ない。ディスプレイをぼんやり眺めて数多ある新作を探すけど、タイトルですら頭に入ってこない。

(見る気がしないや。何を見ても思い出すのは和馬との出来事ばかりだし。片手で数えるしか体を重ねてないのになぁ)

 私はマウスから手を放し、溜め息をついて缶ビールのプルトップを開けた。シュワッと音がしたビールをごくごくと飲む。一気に半分飲み干して、テーブルに缶を置く。

 それから、鞄の中に入っていたスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。和馬の名前をタップする。

 何度も見返したメッセージ。

 ── 今週いっぱい仕事で忙しいから帰れない。那波は那波の事をしろ ──

 照明を最低限に落とした暗い部屋で、パソコンとスマホのライトがひどく輝いて見える。私は返事を入力する文字ボックスをタップした。

(一番伝えたい事は……えっと)
 私はポチポチと文字を打つ。

『お疲れ様。私は私の事をしたよ』

 百瀬さんの言う通り、和馬が私を怒らせる事で奮起させてくれたなら。私は仕事に再び向かい合って、全う出来た事を伝えたい。

 私は震える手で送信のボタンを押した。

(やっと送れた)
 私はホッと溜め息をついて送った文字を見つめる。ようやく送れた事に感動して文字を数秒見続ける。きっと直ぐには既読にならない。そう思っていたのに、送って数秒したら直ぐに既読になった。

「えっ……早っ」
 私は驚いて一人きりの部屋で呟いた。確かに和馬と繋がっている事を実感する。

(ああ、ようやく和馬に伝える事が出来た。繋がる事が出来た……)

 返事は来ないかもしれないそれでも──等と、色々心の準備をしていたのに簡単に返事が返ってきた。

 ── お疲れ。俺も、俺が出来る事をしたよ ──

 どうって事ない一言。つまり、いつも通りの調子でいつも通りの文面。

 何となく拍子抜けしてしまう。私も大概酷い事を和馬に言ったので、謝りたい気持ちはある。しかし、あんなに泣きながら去っていって彼女に何か一言ないのかと尋ねたくなってしまう。

「……あんなに悩んだのが馬鹿みたいだわ」
 ちょっとひねくれてしまう。だけど普通に対応してくれる和馬だから、次に返す文面が心置きなくかける。

『俺が出来る事って、何をしたの?』

 私の部屋に転がり込んでいた癖に、忙しくて帰ってこられなかったという言葉は信じている。だけど、桂馬さんの送ってくれた写真は事実だろうし。一体和馬は何をしていたのだろう。そんな疑問も湧いてくる。

 ── 明日分かるよ ──

 そんな一言だけが帰ってくる。

「……何なのよ……全然分からない」
 私は首を傾げて口を尖らせる。何をしたのか教えて欲しいのに。明日分かるとは、どうやったら分かるのだろう。話をしてくれるのか。それとも──
 
(私は会いたいのに。ただそれだけなのに)
 和馬の声が聞きたくて、そして触れたくて仕方ない。だけど、金曜日は丁度和馬と付き合いはじめて二週間だ。もしかして、田中さんが言う様に普通の恋人だっただけで、飽きられて別れを告げられるかもしれない。もしそうだったら、明日の金曜日はこの部屋で一人泣いて過ごしているだろう。

 私はゆっくりと入力をして一番伝えたい言葉を送信する。

『会いたい』

「会いたいよ……」
 思わず呟いた。既読は直ぐについたけど、直ぐに返信は来なかった。

(お願い早く返して。何でもいいから。早く返事が欲しいの。いっその事会いたくないって言うならそれでも)
 私の目尻に涙が溜まって瞳を細めたら頬を伝って落ちる。その瞬間返事が返ってきた。

 ── 俺も。明日、夜に会おう ──

 その言葉に私は思わず涙が次々と零れた。

「……ふふ……和馬、狡いよ」
 喉の奥が熱くて声が掠れる。

 俺も。

 そんな風にしかいつも言わない。狡い和馬。和馬の部屋でも、肝心な言葉は濁されていたと思う。私も恥ずかしくて言えなかった。私は涙を拭きながらごろんとカーペットの上で寝転がる。そしてスマホを胸の上に抱きしめた。

(好きって……言葉を口に出来ないのは、お互い照れ屋で意地っ張りだからかな)
 どうしようもない私達。明日はプレゼンテーションの本番だ。それが終わったら、もっと素直になって、和馬と話をしたい。そう思った。

 そんな矢先……突然スマホがブルブルと震えた。

(ん? 和馬のメッセージかな?)
 そう思って抱きしめていたスマホのディスプレイを見る。

「げ」
 思わず嫌な声を上げてしまう。だってメッセージは桂馬さんからだった。

(せっかく和馬と連絡を取る事が出来て気分がよかったのに。間が悪いんだから桂馬さんって)
 思わず心の中で悪口を呟いてしまう。しかし次にメッセージの内容を見て、慌てて体を起こす。

『こんばんは~さっきはどうも。とりあえず例の写真の事を、簡単に説明しておくよ。うん。和馬の名誉の為にね』

(和馬の名誉の為って何?)
 私は意味が分からなくて首を傾げる。しかも文面からニヤニヤ笑う桂馬さんが想像出来て嫌になる。

『あれフュテュールモバイルとの食事会でさ。女の子達に和馬はモテてたけどね。普通のビジネス的な対応だったから、安心していいよ。それよりも、言ってた例のヤマギシくんもいてさ。和馬と随分長い時間、話していたよ。以上』

「うん? ヤマギシくん? って……あ!」
 すっかり忘れていた事が次々と思い出されて私は頭を押さえる。

 謎の電話が佐藤くん宛にかかってきて、その人物はフュテュールモバイルのヤマギシとだけ答えた。変な電話だったから気になって和馬に話すと、その場にいた桂馬さんにも聞かれる事になった。それから、フュテュールモバイルの女の子と食事をする予定があるから、その場にヤマギシなる人物を呼んでくれると言っていた。本当に食事会に呼び出してくれたのだろう。


 しつこく私を食事会に誘う桂馬さんだった。しかもこんなことを言っていた。


 ──何かを知りたいなら、自分自身で情報は掴まないと。その情報は君の武器になるかもしれないよ? ──


 後から確かにそうだと実感することがあったけど、私はあの時自分らしくないからと断ったのだ。


「もしかして、和馬はヤマギシくんに会う為に、食事会に行ってたのかな。ん?」

 和馬とヤマギシくんが会ったとして……そういえば朝、佐藤くんが私との話をする前、電話をしていた。

『だから……無理なんてしていないって。俺と徳山とお前の三人で、やってみようって決めただろ!』
『──えっ?! 早坂さんと会ったって。あっ!』

 そうして私に気がついた佐藤くんは慌てて電話を切った。

(佐藤くんの電話の相手がヤマギシくんだとして。佐藤くんと『学び舎 西澤』の徳山くんと三人は知り合いって事かな。三人でやってみようと決めた事──って何? 共通点があるとしたら、佐藤くんの企画かな)

『新たな定額サービス事業について~携帯端末新規契約案~』と題した新たな分析資料は、かなりいい出来だ。金曜日のプレゼンテーションでどんな反応があるのか楽しみなぐらいだ。

(まさか佐藤くん、フュテュールモバイルと関係があって、この企画の携帯端末の導入先として考えている? だとしたら何か金銭的なものが佐藤くんに流れている、って事はないよね……)

 点と点が繋がって線になっていくと、新たな側面が見えてきて私はブルリと震えた。

「……まさかね。だって佐藤くん新人なのに。そんな大げさな事はないはず。うん。ないない。もう、明日もあるし寝よっと」
 何となく嫌な予感がして私は振り払う様に寝る支度をはじめた。

 だが残念な事に、その嫌な予感は当たってしまう。



 ◇◆◇

 翌日、朝一番でプレゼンテーションに参加している池谷課長から内線が入った。池谷課長にしては珍しく焦った声だった。

『直原、大変だ。佐藤の奴新しい企画分析資料じゃなくて、直原が考えた最初の案をプレゼンテーション資料として関係者に提出している。確か佐藤は新しい企画で納得したんじゃなかったのか?』

「えっ! どういう事です?!」
 私は思わず立ち上がって、二課のフロア内いっぱいに聞こえる大声を上げてしまった。

 佐藤くんは私に頭を下げ『ありがとう』と言ったはずなのに、何故か私が一人暴走して作った最初の企画書をプレゼンテーションに提出していたのだ。
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