【R18】さよならシルバー

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054 8月7日 萌々香と明日香 1/4

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 怜央と萌々香ちゃんの側に近づくと大声ではないけれども、七緖くんの言う通りで何だか揉めている。確かに良いムードとは言えなかった。

(珍しい。怜央がかなり不機嫌だなんて。大抵の事は流すのに)

 適当なのかクールなのか分からないけれども悪ふざけをした友達に対しても、怜央はサラッとしている。こんなに不機嫌なのはあまり見た事はない。

「だからごめんって言ってるじゃない」
「それは電話に出たって認めるんだな?」
「認めるって言われても。通話履歴を消してしまったって言うか、手が滑ったかもしれないけど。そんなに怒る事なの? それって」
「当たり前だろ」
「だからごめんって言ってるじゃん。ね? 許して」
 最後、萌々香ちゃんは首を傾げて怜央の顔を覗き込んでいた。目が大きい萌々香ちゃんの上目遣いは悩殺的だろう。しかし怜央の態度は変わりはなくかなり不機嫌だ。

(萌々香ちゃんが謝っているなんて珍しいわね。『通話履歴』って事はもしかして……私がかけた電話について話しているのかな。でもあれは謝っている態度なの?)

 怜央に許しを請おうとした萌々香ちゃんは、そっと怜央の腕に自分の手を添えた。ラメの入ったネイルが太陽の下、輝いている。

 歩きながら六つの数を数えた私は、肩にかけた鞄を握りしめゆっくりと深呼吸する。

(怜央も萌々香ちゃんも、私なんていつでも言いくるめると思っているのだろう……知らんけど)

 心の中でぽつりと呟く。

 いつか歩道橋の上から見た夕陽を思い出す。沈んでいくのに美しい──たった一瞬しか見えない夕陽。

(少しだけ反論出来たらそれでいい。幼なじみだからって、親しいからって、何でも許せるって訳じゃないのよ。どうせこれから全部失うなら、壊してしまいたい)



 ◇◆◇

「怜央、萌々香ちゃん」
 私は二人の数メートル側に近づくと、静かに名前を呼んだ。フリーマーケットの出店しているパラソルが両側に並んでいる通りで、怜央と萌々香ちゃんは弾かれた様に振り向いた。

「明日香! 何でここに」
 怜央は驚いて萌々香ちゃんから半歩程離れる。二人でいたのがバレて焦っている様だ。

「えっ嘘? 明日香ちゃん」
 萌々香ちゃんは怜央に触れようとした手を慌てて引っ込める。そしてその手を隠す為に、自分の後ろに回した。

 慌てる二人の様子が、悪い事をしていたと告げている様で私は内心で苦笑した。

「私は補習授業の帰りなの。二人はフリーマーケット遊びに来ていたの? 
 いつもの私の悪い癖が役に立った。無表情を貫こうとする事で、苦笑いが最低限に抑えられ薄笑いになった。

(いけないな。かなり嫌みっぽい言い方になったかも)

 私の感じた事は正しかった。怜央は私の様子に慌てて返事をする。

「馬鹿な事を言うな! 仲が良いわけな──」
 怜央は言葉をすぐに続けようとしていたが、私の後ろに立っていた七緖くんを見つけて言葉を飲み込んだ。それから私ではなく七緖くんに視線を移して睨みつけた。

 怜央が否定をしなかったので、今度は萌々香ちゃんが慌て出す。突然固まった怜央の腕をバチッと叩いて萌々香ちゃんが言葉を続ける。

「そうよ! 別に仲良くなんて。怜央くんはただの幼なじみだから──」
 萌々香ちゃんも珍しく慌てて否定をした後、私の後ろに立っている七緖くんに視線を移して目を丸めていた。

 七緖くんの陽に透けた髪の毛はほぼ金髪だ。いつもなら前髪で隠れている琥珀色の瞳も、今日は美しいラインのおでこと一緒に晒されている。高い鷲鼻に透き通る白い肌。怜央より高い身長の七緖くんに見下ろされたら驚くだろう。

「ふーん。そうよねただの幼なじみだものね。別に不思議じゃないわよね。それにしても、怜央も相変わらずだね。萌々香ちゃんの鞄持つの」
 私が怜央の持っている赤い鞄を見つめて小さく笑った。すると怜央はきまりが悪そうに視線を逸らし小さく呟いた。

「……萌々香が持てって言うから仕方なくだよ」
「そう」

(怜央も私と同じで、幼なじみの萌々香ちゃんに言われると断れないのかもね。この間バス停で言った事は、怜央には何も届いていないのね)

 私の好きだった怜央はもう何処にもいない。そういう決定的な事を突きつけられたと感じて瞳を伏せた。

 怜央と私のやりとりを側で聞いていた萌々香ちゃんは、何を私が言わんとするのか分かった様だ。萌々香ちゃんは口角を上げて笑った。かわいい笑い方に見えるのかもしれないが、私には嫌な笑い方にしか見えなかった。

「もぉ~明日香ちゃんってば、そんな言い方しないでよぉ。ほらー買い物して鞄が重たくなったから持って貰ってるだけだから。ねっ? ヤキモチならかわいい方がいいわよ。そんな風に冷たく怜央くんの事怒ったらかわいそうだよ?」
 まるで私が些細な事で嫉妬してつまらないとでも言う口ぶりだ。もちろん私にはそんな様子はないのに。

(萌々香ちゃんはいつも私より優位に立っていると思いたいのよね)
 そんな風に考えた時、いつものモヤモヤした私が現れた。普段は言わない様な言葉が出てくる。

「そうなんだ~萌々香ちゃんは中身がスカスカの小さい自分の鞄ですら重いみたいだし。それなら怜央も仕方ないよね。まぁ私なら自分の荷物ぐらい自分で持つけどね」
「えっ」
 無表情で淡々と話すいつもと違う私に、萌々香ちゃんも目を丸くした。まさかこんな風に言い返されるとは思っていなかったのだろう。萌々香ちゃんは言葉を失った。

「!」
 怜央も私の言葉に驚いて固まる。その様子を見た私の後ろに立っている七緖くんが我慢しきれなかったのか私の頭上で突然吹き出した。

「アカン……くっ……ふふふ」
 七緖くんは自分の口元を覆って笑いを抑えようとしていた。肩をぷるぷる震わせてこらえている。その姿を見た怜央が頬を赤らめて睨みつける。

「七緖、てめぇ」
 怜央はぐっと拳を握りしめ七緖くんの名前を呟いた。
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