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073 9月7日 午後 七緖と才川 1/5
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校舎の裏手の廊下沿いには木が生い茂っている。程よく日差しが遮断されるこの場所は、七緖にとって一人を楽しむ場所だった。廊下もひんやりとして心地よいが、外側の木の下もなかなか良い涼む事が出来る場所だった。
誰が置いたのか分からないが、木の下には公園でよく見るスチールベンチが置いてあった。誰も寄りつかないこのベンチで、仰向けになり顔を本で隠すと丁度良い。お昼休みや休憩時間にここで一人ゆっくり過ごすのが七緖は好きだった。
最近はこの場所にもあまり訪れなくなった。彼女である巽 明日香と過ごす事が多くなったからだ。しかし今日は午後最後の授業が自習になっので、七緖はこの場所で自習という名の居眠りをしようと決めた。
しかし、その安眠も一人の男の声で破られてしまう。
「よう。こんなところでサボりか? 英数科首席様」
顔を隠す為に被せた本をひょいと持ち上げられる。
閉じた目を開くと、木漏れ日の中長身の男が一人立っていた。
制服のシャツをズボンからだらしなく出しているのに長い足が目立つ。緩く結んだブルーのネクタイはスポーツ科の生徒である証し。伸びた黒髪の奥で切れ長の一重が笑っていた。才川 怜央だ。
「……灰になるやん。止めてーな」
七緖は体を起こすと才川の手から本を奪い返す。そしてスチールベンチの端にだらりと背を預けて座る。緩くウエーブのかかった前髪で、獰猛に光る狼の様な瞳を隠している。
「ヴァンパイアかよ。お前は」
軽く笑いながら才川は、大きな体を滑り込ませる様にして七緖の横に座った。投げ出された足が無駄に長い。
「気持ち良く寝よったのに。サボりは才川くんやろ。午後の授業しよる最中やのに」
寝起きで機嫌の悪い七緖が口を尖らせて文句を言う。
才川はヴァンパイアと比喩したがあながち外れていないなと思う。そう思えるほど七緖の肌は白かった。ノルウェー出身のお祖父さんがいると聞いているのでその影響だろう。
「七緖だってサボりだろ」
「ちゃうよ。自習しよるよ」
「寝てたじゃねーか」
「睡眠学習や」
「お前なぁ」
才川は文句をポンポン言い返す七緖に苦笑する。それでも、その方が何を考えているのか分かりやすくてましだと感じる。
七緖と才川はそこから数分間無言のまま座っていた。風がザーッと吹いて二人の頬を撫でる。涼しい風で暑さを少しだけ紛らわせてくれる。
「ほう言えば才川くん夏祭りん時、バレーボール部の女子に告白されたらしいやん?」
先に話し始めたのは七緖だった。
特に才川の方を見る事なく七緖はのろのろと話す。
「……ああ」
才川はぽつりと呟く。
◇◆◇
才川と巽明日香が別れた経緯は、才川からバレーボール部の仲間に話した。自分から話し始めたのではなく、仲の良い一人が「そういえば──夏祭りは巽さんと行くのか?」と尋ねてきたら答えただけだ。
(そのうち七緖と明日香が付き合っているのも分かるだろうし。その前に言っておいた方がいいよな。面倒くさいけど)
才川はそう思った。
何処まで話したらいいか才川は悩んだが気の知れた男友達だ。別れた原因を正直に打ち明けた。すると面白いぐらい反応が様々だった。
「それは最悪だろ。墓場まで持って行けよなぁ」
と、明日香と同じ反応をする友達もいた。
「別にセックスを比べている訳でもないのに」
と、才川と似た様な反応をする友達もいた。
何れにしても年上相手に「初体験」をとっくに済ませていた事がバレて、からかわれ羨ましいと言われた。
別れた事は才川にとっても辛い事だったが、友達が側にいて気が紛れて助かったと言える。
(荒れ気味の心も落ち着くな)
そんな事を考えていたが、お節介気味の仲間もいたのだ。
神社で行われる夏祭りに、バレーボール部の仲のいい男女で遊びに行った。結構な大人数になったが楽しく過ごしていた。しかし、花火が上がる前になり突然才川は数人の女子と男子に囲まれる。
そして明日香と同じくクラスの安原 緑から告白を受けた。
◇◆◇
「何や結構こっぴどく振ったらしいやん?」
何故か事情を知っている七緖だった。
「別に……正直に自分の気持ちを言っただけだ」
低い声で才川は答える。
「何事もスマートにこなす才川くんにしては珍しいなぁ」
緩い七緖の声に才川は脱力するしかなかった。
振った相手の安原は、今年に入ってから才川のスマホに頻繁にメッセージを送ってくる女子だった。
才川に気がある女子はメッセージを送り、なんとかして近づこうとしてくる事が多い。どうやって才川のアドレスやIDを知るのかは分からない。誰かが漏らしているのだろう。才川を悩ます一つなのだが、安原のメッセージ内容は明日香の話で満載だったのでつい目を通す様になっていた。
明日香と仲良く話をしている男の情報を次々と送ってくるから、それを才川自身も活用していたつもりだった。サッカー部の野田と仲良くなったと聞いた時はすぐに明日香に声をかけ付き合う事に成功した。しかし、二回目のバーテンダーっぽい男と一緒にいたという話は、私を信じていないのかと明日香を怒らせてしまい、返す言葉がなかった。
その事は自分の判断が起こしたミスだから、安原に対して何か不満は感じた事はない。
安原の告白を手伝ったのはバレーボール部の男友達だった。怜央の家によく遊びに来るメンバーだ。明日香が別れたいと言い出した時も、揉めているところも見られている。
そんな様子を知っている男友達の繋がりを使って、告白して来た安原だ。そういうところが萌々香に似ていると感じてしまい、才川は冷静に告白を受け流す事が出来なかった。
誰が置いたのか分からないが、木の下には公園でよく見るスチールベンチが置いてあった。誰も寄りつかないこのベンチで、仰向けになり顔を本で隠すと丁度良い。お昼休みや休憩時間にここで一人ゆっくり過ごすのが七緖は好きだった。
最近はこの場所にもあまり訪れなくなった。彼女である巽 明日香と過ごす事が多くなったからだ。しかし今日は午後最後の授業が自習になっので、七緖はこの場所で自習という名の居眠りをしようと決めた。
しかし、その安眠も一人の男の声で破られてしまう。
「よう。こんなところでサボりか? 英数科首席様」
顔を隠す為に被せた本をひょいと持ち上げられる。
閉じた目を開くと、木漏れ日の中長身の男が一人立っていた。
制服のシャツをズボンからだらしなく出しているのに長い足が目立つ。緩く結んだブルーのネクタイはスポーツ科の生徒である証し。伸びた黒髪の奥で切れ長の一重が笑っていた。才川 怜央だ。
「……灰になるやん。止めてーな」
七緖は体を起こすと才川の手から本を奪い返す。そしてスチールベンチの端にだらりと背を預けて座る。緩くウエーブのかかった前髪で、獰猛に光る狼の様な瞳を隠している。
「ヴァンパイアかよ。お前は」
軽く笑いながら才川は、大きな体を滑り込ませる様にして七緖の横に座った。投げ出された足が無駄に長い。
「気持ち良く寝よったのに。サボりは才川くんやろ。午後の授業しよる最中やのに」
寝起きで機嫌の悪い七緖が口を尖らせて文句を言う。
才川はヴァンパイアと比喩したがあながち外れていないなと思う。そう思えるほど七緖の肌は白かった。ノルウェー出身のお祖父さんがいると聞いているのでその影響だろう。
「七緖だってサボりだろ」
「ちゃうよ。自習しよるよ」
「寝てたじゃねーか」
「睡眠学習や」
「お前なぁ」
才川は文句をポンポン言い返す七緖に苦笑する。それでも、その方が何を考えているのか分かりやすくてましだと感じる。
七緖と才川はそこから数分間無言のまま座っていた。風がザーッと吹いて二人の頬を撫でる。涼しい風で暑さを少しだけ紛らわせてくれる。
「ほう言えば才川くん夏祭りん時、バレーボール部の女子に告白されたらしいやん?」
先に話し始めたのは七緖だった。
特に才川の方を見る事なく七緖はのろのろと話す。
「……ああ」
才川はぽつりと呟く。
◇◆◇
才川と巽明日香が別れた経緯は、才川からバレーボール部の仲間に話した。自分から話し始めたのではなく、仲の良い一人が「そういえば──夏祭りは巽さんと行くのか?」と尋ねてきたら答えただけだ。
(そのうち七緖と明日香が付き合っているのも分かるだろうし。その前に言っておいた方がいいよな。面倒くさいけど)
才川はそう思った。
何処まで話したらいいか才川は悩んだが気の知れた男友達だ。別れた原因を正直に打ち明けた。すると面白いぐらい反応が様々だった。
「それは最悪だろ。墓場まで持って行けよなぁ」
と、明日香と同じ反応をする友達もいた。
「別にセックスを比べている訳でもないのに」
と、才川と似た様な反応をする友達もいた。
何れにしても年上相手に「初体験」をとっくに済ませていた事がバレて、からかわれ羨ましいと言われた。
別れた事は才川にとっても辛い事だったが、友達が側にいて気が紛れて助かったと言える。
(荒れ気味の心も落ち着くな)
そんな事を考えていたが、お節介気味の仲間もいたのだ。
神社で行われる夏祭りに、バレーボール部の仲のいい男女で遊びに行った。結構な大人数になったが楽しく過ごしていた。しかし、花火が上がる前になり突然才川は数人の女子と男子に囲まれる。
そして明日香と同じくクラスの安原 緑から告白を受けた。
◇◆◇
「何や結構こっぴどく振ったらしいやん?」
何故か事情を知っている七緖だった。
「別に……正直に自分の気持ちを言っただけだ」
低い声で才川は答える。
「何事もスマートにこなす才川くんにしては珍しいなぁ」
緩い七緖の声に才川は脱力するしかなかった。
振った相手の安原は、今年に入ってから才川のスマホに頻繁にメッセージを送ってくる女子だった。
才川に気がある女子はメッセージを送り、なんとかして近づこうとしてくる事が多い。どうやって才川のアドレスやIDを知るのかは分からない。誰かが漏らしているのだろう。才川を悩ます一つなのだが、安原のメッセージ内容は明日香の話で満載だったのでつい目を通す様になっていた。
明日香と仲良く話をしている男の情報を次々と送ってくるから、それを才川自身も活用していたつもりだった。サッカー部の野田と仲良くなったと聞いた時はすぐに明日香に声をかけ付き合う事に成功した。しかし、二回目のバーテンダーっぽい男と一緒にいたという話は、私を信じていないのかと明日香を怒らせてしまい、返す言葉がなかった。
その事は自分の判断が起こしたミスだから、安原に対して何か不満は感じた事はない。
安原の告白を手伝ったのはバレーボール部の男友達だった。怜央の家によく遊びに来るメンバーだ。明日香が別れたいと言い出した時も、揉めているところも見られている。
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