召喚された勇者ですが魔王様のペット『犬野郎』として後宮で飼われています。

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1章 『勇者』は失業の危機にある。

『犬』から『妃』に職種変更命令(プロポーズ)お受けします! 7

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 ご主人様が沈黙なされた後、分身たる蛇ちゃんも大人しくなり俺も落ち着きを取り戻した。
 それでも何かの拍子にあられもないお声が出るが、それについては許してほしい。

 蛇ちゃん分身を介しての会話ではあるが、ご主人様からはこの部屋に籠城する前の、昂り猛っていらしたご様子は感じられなかった。
 もう既にお鎮まりになられたのだろう。

 (あのご様子なら冷静に話し合うこともできるやろ)

 未だに細心の注意を以て、結界の書き換え作業をされているランちゃん(仮)はんを見る。
 俺のせいで集中が何度も途切れたからか、かなりの疲労が見受けられるほどに汗をかいていらっしゃる。

 さっき俺が『逃げる気はない』と言った時、彼は『守れるかわからんぞ』と答えて下さった。

 (頼れる気のええお兄はんなところは変わっとらへん)

 だが、彼は誰かの命令で俺を拉致しようとしている。

 そんな友だちの鬼生(人やないからな)まで狂わせてしまう、異世界に来ても健在な、俺の異常に誘拐&拉致されやすい体質に落ち込むが、以前ご主人様からお伺いしていた彼の気質であれば、多少の交渉の余地はあるかと思えた。

 (なら、おとんの誘拐対処マニュアルの出番や)

『拉致されないように抵抗し、無理なら落ち着いて対応すること』
『犯人についてよく知り、理由によっては逃亡も考えること』
『犯人とは友好な関係を築くこと』
『常にポジティブな思考で諦めないこと』

 これらはゲイで同性婚したパートナーがいたのに、あのぶっ飛んでるおかんとの間についうっかりで俺をこさえた、俺の遺伝子提供元その2。
 元祖『堕天使』でオスを堕としまくった魔性の男。
 亡くなった俺のおとん、ちょっぴりクズなアレックスはんのお言葉である。

 (俺は色々とおとん似やねん)

 彼は連邦捜査局にお勤めの誘拐事件捜査のプロで、おかんと兄貴をカルト教団から救った恩人でもあった。

 俺の誘拐されやすい体質はおかん譲り。
 メンヘラやストーカーに執着されやすい体質はおとん譲りで、彼は兄貴と俺に対処法を教えてくれた。

 ……彼自身は恋慕を拗らせたストーカーに殺されてしまったが。

 (そやさかいひょっとするとあんまり効果ないかもしらへんけど)

 だが、ご主人様(本体)が来られるまで少しお時間がかかるのなら、俺にできる事をやる。
 ダメ元ではあるが彼に話を持ちかけることにした。

「ラン?ちゃん、すんまへんがよろしおすか?」

 俺の問いかけに彼は汗を拭うと、件の超巨大ダイアモンドから手を離した。
 そして俺の方に視線を寄越し、

「まだその呼び方をするのか?」

 と不平をこぼされた。
 俺が彼を呼ぶ名に随分と不服であるらしく、「やめろ」と言いたげなご様子だし、先程から何度も指摘されていた。
 だが彼は鬼の『掟』という決まりごとでは、その御名前を俺が勝手にお呼びすることは許されない身分の方で、俺は教えられたとおりにしているだけなんだか……

 (やっぱラン?ちゃんも気づいとらへんのか)

 険しい目つきの彼に負けじと俺もじっと見返したが、それはご主人様の腹心中の腹心であるはずの彼が、ご主人様を裏切るなんてことをしてはいけないだろうという想いもあった。

 なんせご主人様はランちゃん(仮)はんこと、蘇芳様のことを『特別な従者』で『唯一無二の友』とそれは嬉しそうにお話になられていた。
 そのうえ『側近の中で最も強い力を持つ鬼』で『小器用で優秀。使いやすい』から『皇様はとこ殿に請われ、度々貸し出しレンタルしている』と仰られ、俺に自慢されていたくらいにご主人様の大切な方なのだ。

 ご主人様が彼のことを信頼していらっしゃるのはよく分かったが……

 (なんや褒めてはるのか貶してはるのかそれやとようわかりませんよ?ご主人様)

 実は北殿にお住まいだということもご主人様がぽろりされて存じていたし、隅々まで散々うろついて居住者全員の顔と名前を憶えている俺が、そのようなご事情で一度もお会いしたことがなかったくらい、本当に有能でご多忙な方……だと思っていた。

 (それがまさかのまさかでラン?ちゃんやし)

「そやかて、許しもなしに貴方様のお名前を呼ぶことはできまへん。ご主人様の腹心様?」

「めっ!」という感じの視線で睨むと、俺の言葉でようやく彼も気づいたらしく「あ、悪いな、気を使わせた」と俺に謝ると申し訳なさそうに釈明をしてきた。
 
「すまんなナシくん。黙ってたけど俺は本当は大将の側近というか…
大将の為だけに存在する神官であり、魂の従者の『いつき』ってやつなんだ」
「誘拐罪が成立すると実刑で10年以下の懲役食らうけど、既に懲役食らってるこの場合はどうなるんやろ?」

 俺はこちらの法律に明るくないが、鬼では未だに『五罪』(内容は少々異なるが)で裁くらしいので、厳密化された現代の法と大きく異なる。
 法律家のたまごさんな俺としては、今のままだと結界をぶち破って突入したご主人様に、その場で殺されてしまいそうであるので、なんとかお許し頂きたい。
 
 その方法を一緒に考えたいとも思っている。
 その為に俺は自分の持つ知識の中から必死に方法を探していた。

「もしもし?ナシくん聞いてるか?
俺はもともと犯罪者でも、あのド鬼畜な合法ショタのペットでもないぞ?」

 (どうしても難しいときは、ご主人様のお好みのプレイにお付き合いするっておねだりしましょ)
 
「へ?なにか仰りましたか?ラン?ちゃんはん」
「あー、もうっ!お前さんなぁッ!」

 思考の海を漂っていたら、なぜかランちゃん(仮)はんがキレた。

「大将より先に名を許したなんて、バレたら後がほんとに怖いんだが……」

 俺が頑なに彼を偽名で呼び続けるので、それに対してとうとう不満を爆発させた彼は、今更すぎることを仰った。

 彼はルーンを刻む作業を完全に止めて、離れて座っていた俺の方に向かい歩いて来られた。
 ところが俺のところまであと数歩くらいのところで「ん?」と呟き、足を止められた。
 すんと鼻を鳴らしたかと思うと、唐突に部屋にある灯籠全てに一斉に焔を灯された。

 その瞬間、ご主人様(分身)がびくりと大きく動かれた。


「ふひぃぃッ♡」
「ほんとに可哀想だなぁ…こりゃ大将と孔雀に説教だな」


 ご主人様(分身)に翻弄されあまりにも乱れている俺の様子に、同情的だった彼もとうとうドン引きになってしまい、こんな発言が飛び出した。
 
 ───蛇足かもしれへんけど、ちょっと会話がままならんかったさかいに、落ち着くまで待ってもろた。

「……俺の気のせいか?
一瞬だけ大将の薫りフェロモンが微かに強くなったんだが」

 そうポツリと呟いたランちゃんはご主人様の仰られたとおり鼻が利き、瞬きするくらいのそんな一瞬だけ、俺にとても鋭く恐ろしい視線を向けとったらしい。
                                                                                  
                                                         ◇

 灯籠には黒味を帯びた暗い赤い焔が踊っている。
 焔の主である彼の名と同じ蘇芳色の灯りが部屋を暖め照らしていた。

 ご主人様の美しい白焔と違い、思わずひれ伏してしまうような強さや、神々しく犯し難いような神聖さすらを感じさせるものではないが、安心感を与えてくれる穏やかな色だ。

 ───鬼火はその鬼の持つ魂の色…つまり属性を表しとるんよ。
 ランちゃんは赤寄りの【黒】で、鬼の中でもおひとりだけしかいらっしゃらないという、ご主人様の【白】と並ぶ希少属性なんよ。

 部屋も明るく照らされ、ようやく暖も取れるようになった。
 ご主人様も大人しくされていらっしゃるが、おけつの違和感は全く以て消えることがなかった。

「寒そうにしていたのに気づかなくて悪かった」
「おおきに。おかげさんで今はもう平気やさかい」
 
 ランちゃん(仮)はんは俺の返事に「そうか」と答えると、俺の頭をぽんぽんと優しく叩いてから、衣ずまいを正して正座になり、座礼をした。
 そしてその状態のまま丁寧な名乗りをしてくれたが、

「私の名は蘇芳と申します。
【白】の君様の齋にして、鬼の氏族が一つ【赤】の一族の長をしております」

「うっへぇーーーーーーーーーッ?!」

 これには思わず寄声をあげて驚いてしまった。

 彼は思っていたよりもずっともっと大物だった。

 鬼族は絶対的な階級社会である。
 上は皇様を筆頭に皇族の方たち、下は『犬』などの奴隷に至るまで、どんな者もこれには従う。

 鬼の中…ケネルで暮らす為に基礎知識として教え込まれたが、その中でも【赤】【青】【黄】【緑】の四色ししょくの一族は、まとめて【四家】と呼ばれている鬼の四大貴族家だ。

 ランちゃん(仮)はんはそのうちの一つの頂におられた。

 (【赤】実家を頼れて…アンタのことやあらしまへんか!)

 これは皇族の方以外では最高位の地位である。

 そんな彼が土下座の状態のままで固まってしまわれたのにも、困った。
 俺が驚いたり慌てたりなんかを暫くしていると、彼は「くく…」と笑い「『許す』って言え」と助言をくれた。

 結局、俺は言われたそのとおりに「ゆ、許しますぅ」と言うしかなかった。

 (ランちゃんは絶対に腹黒はんや!)

 だが、そんな茶番みたいなやり取りの後に、やっと顔を上げてくれた彼はいつもの…
 ランちゃんの柔らかい穏やかな笑顔になっていて、

「よろしくお願い致します。お妃さま」

 と非常に丁寧に名乗って下さったが、これにも俺は困った。 

 (俺がずっと偽物疑惑的な呼び方をしていた事に対する仕返しなんか?)

 ご主人様は俺を妃にすると仰られたが、まだそれにはなっていないし(ステータス参照)、そもそも俺は人族である。
 恭しい態度を取られたことで実感した鬼の社会の身分のことや、彼が高い地位にありながら犯そうとしていること。
 その事態の深刻さと、先程のご主人様(分身)のお振る舞いにより、軽く震えた。

 (そら『犬』の皆がビビっとる訳やわ!)

 そんなおひとが誘拐犯ならば黒幕は一体どんな大物なのか?

  ───実は北殿の俺のお世話をしていた皆さんも『犬』ではなく、それを装っていたランちゃんの『眷属』という従者さんたちやったんやけど、今ここでは蛇足やな。

 仕方がないので、これからはランちゃん(仮)はんを再度改めて、蘇芳様とお呼びすることにした。

 (とりあえずはやけどな)

「これはえらい丁寧なご挨拶をおおきに。ほんなら貴方様を蘇芳様とお呼びします」
「様は要らん。慣れんのなら、とりあえずは今までみたいにランちゃんで構わんぞ?」

 恭しく丁寧な態度から、いつものランちゃんの調子に戻った彼にそのように言われたが、さすがにそれは良くないだろう。  

 (ラン?ちゃんが良くても他の方が許しまへんえ)

「そないな訳にはいきまへん。……蘇芳はんでよろしおすか?」
「まぁ…構わんが」

 蘇芳はんはそれにも眉間にシワの寄ったお顔で、大変不服そうにされた。
 ちょっぴり寂しそうなお顔もされているが、こればかりは仕方ない。

 (後で落としどころを決めなあかんわ)

 正式に名乗りをした彼は結界を維持する作業を何故か放棄した。
 暫くの間目を閉じて黙っていたが「はぁ…テレパシーも封じられたか」と呟くと、懐からスマホを取り出してどこかに連絡しようとしている。

「大将に石熊たちを介して仕掛けていた、感覚阻害魔術ジャミングまで返されたのが痛いな…」
「えぇ?!ご、しゅ…じん様は…っそ……ない、なこと、も出来…ますのん?」 

 ───新たに教えられたご主人様のお力の凄まじさに、俺はもう「えぇ… 」ぐらいしか言えんかった。

「軽い軽い。アイツ反則チートだから」

 俺からの問いかけにもスマホの画面を操作しつつ、大変投げやりで適当な返事を俺に返した。
 彼はスマホのメッセージアプリか何かで誰かと連絡を取っているらしかった。
 
「大将はこの世界の理に通じる【白】。る者だ。こんなもん軽い」

 蘇芳はんは視線は画面に集中しながらも、暇を持て余している俺に「お前は無知すぎる」と軽くお説教をしてから、少しこの世界について教えてくれた。

 例えば『常夜とこよ』や『此方こちら』、『赤』などとと呼ばれるこの世界では、術は全て『ことわり』というシステムみたいなものにアクセスして、行使するということ。 
 その際にそれぞれの種族の神様にお願いしてそれを叶えて頂くらしいのだが、ご主人様の場合はそれがフリーパスであるということ。

 (各種族に一人だけ存在する【白】の君様は皆さんそうであるらしい)

 種族固有で鬼は呪術。エルフは魔術。妖怪こと、モンスターは妖術が使えるが、残念ながら人族ニンゲンの神はお隠れになられており、その為に術は存在せず、俺ら人族は多種族の血を引いていなければどれも使えないということなど。

 (アクセス権限のある方が行方不明でしゃーないけど、憧れの魔法が使えんのにはがっくりきたわ)

 鬼族にはご主人様よりもっととんでもない方『旦那様』がいらっしゃるが、それでも充分すぎるくらいのチートであることがわかった。
 術に関して天賦の才をお持ちで知識も深く、あらゆる術に精通されておられる。
 そのうえ鬼の使う術式である呪術の基礎体系を作られたのも、ご主人様でいらっしゃるそうだ。

 (ご主人様、まだお若いのに凄すぎへんか?)

 その為、蘇芳はんは鬼の術である呪術で争うことを潔く諦め、エルフの術である魔術で対抗することにしたそうだ。

 それでもそれを選んだのは消去法でしかない。

 剣術に関しても、さっきしまわれた太刀は『波切なみきり』といって、蘇芳はんがご主人様より賜ったもので、元は薄緑ちゃんと同じようにご主人様の分け魂であるそうだ。
 そのような理由からご主人様の刃をなんとか防げても、傷をつけることなど絶対にかなわない・・・・・・・そうだ。

 (こら早々に勇者を辞めてご主人様のペット…いやヨメになって正解やったわ)
 
 異世界に召喚拉致はされたが、俺の好みに合致したスパダリの人外攻め様に出会えたことには感謝した。
 俺はご主人様に助けられたあの時の、自分の選択が間違ってなかったことに安堵していた。


 ───この時は。

 
 蘇芳はんは一通り術についての説明が終えると、素早く画面をタップしていた手をピタリと止めて、俺の方をちらりと見てから、

「アイツはどんな術も息を吸うみたいに自由に扱うぞ、例えば……」

 ご主人様が来る度に撫でていらしたくらいにお気に入りの、宝石で出来た蛇の置物を指差し「【ᛖᛉᛈᛚᛟᛋᛁᛟᚾ爆ぜろ】」と唱え破壊した。

「ランちゃん!それはご主人様のお気に入りおすぅッ!」

 いきなりのことに俺が慌て彼の呼び名も戻ってしまっていると、

「良いか?ナシくん。大将はこれ・・を依代に色々出来る。
お前さんの護りと監視以外に憑依して動かしたり、転移の目印にしていた。
さっきからどうも大将の匂い濃くなってきていて壊したが………」

 そのように置物破壊について詳しく説明してくれたが、彼は眉間にシワを寄せて険しい顔で俺の方に鼻を寄せてきて、俺の匂いをすんすんと嗅ぐと、
 

「どうやら大将の名残りお前さん…からだったみたいだな?」
 

 と笑いかけてくれたが、その目は笑っていない。

 (や…ヤバいッ!
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!)


 怖い。


 多分、彼はもう気づきかけているか、分かっていて俺に聞いている。
 そんな蛇に睨まれた蛙みたいな状況だが、負けるわけには行かない。

「ご主人様は俺と同じように『鬼殺しキラー』のスキルをお持ちでいらっしゃいます。
貴方様はそれでもご主人様に刃を向けはるんですか?」
  
 恐怖からか彼が窮する質問を厳しい口調で問いかけてしまった。
 咎めるような言い方をしているが、これは彼の身を案じていることから来るものでもある。

 鬼を屠る力、鬼キラー。

 驚くことに鬼で、それも皇族であるご主人様もなぜかお持ちなのだ。 
 それも俺よりよほど強力な『鬼神殺し』というものをだ。

 俺は全く使いこなせていないが、俺を助ける際にも揮われたご主人様のお持ちのそのお力は、本当に恐ろしいものなのだ。 

 ご主人様のそれは3つのスキルからなる複合スキルなのだが、

『攻撃無効(鬼)』『攻撃特攻(鬼)』『特殊毒(鬼)』

 という内容の鬼からしたら恐ろしすぎる力だった。

 (ご主人様は鬼専門の殺し屋かなんかやろか?)
 
 これは鬼である蘇芳はんにはどう考えても無理がありすぎる。
 製作者を連れて来いと言いたいレベルのクソゲー並だ。 

 (ご主人様は流石にチートが過ぎへんやろか?)

 ───ご主人様が恐ろしいのは実はそれだけやない。

 彼は俺を誘拐しようとするおひとであるが、この一月あまりの間共に暮らしたお友だちでもあった。
 俺はそんな彼のことが非常に心配でもある。

 (今はめっちゃおとろしいけどな)

 認識阻害魔術による隠蔽が剥がれた今、えるようになったステータスで、彼がビビるくらいえらい強い鬼さんであることが判明した。
 察しの良い方にはご想像がつくかもしれないが……


 パラメータは安定の測定不能バグってますである。(こんなんしかおらんのか!)


 そして驚愕としか言えない彼のレベルは、あのラスボスっぽい皇様よりも上で、1万のちょっと手前。

 ………もう嘘と言ってほしい。

 (ご主人様もそやけどアンタら裏ボスとかそんなんやあらへんか?)

 こんなおひとがゴロゴロいる鬼を退治しろと。その為に俺が召喚されたらしいということに呆れた。

 (神さんアンタええ加減にしろ!)

 無茶振りも良いところである。

 盛りに盛られたチートオブチート、人外オブ人外のご主人様に、蘇芳はんがいくらレベル1万弱のものごっっっつう強い鬼さんであるとはいえ……到底敵うとは思えなかった。

 なんせ弱冠17歳にして、あのおとろしすぎる去勢マン皇様よりもお強いのだ。

 俺の質問に蘇芳はんからは怖い笑顔がなくなり、一瞬だけものすごくしょっぱい顔になった。
 どうやら彼もそのことは良く理解しているらしい。

 暫く黙っていたが、目を閉じて再び眉間を揉みながら、彼自身の難しい境遇を俺に語りだした。

「………どうしてもお前に会いたいって、俺にお前を連れてくるように命じたさるお方がな?」
「はぁ…」
「『蘇芳は僕と同じでハーフエルフって認識されてる。だから大丈夫!……多分?』とか言われてな?」
「へぇ?」
「俺以外には無理だからって………それで無茶振りされたんだよ……」
「うわぁ………」

 無茶苦茶な暴論を振りかざす、俺の誘拐を指示した者にドン引きする。
 苦しい境遇を語る彼は溜息混じりで口も重い。

「……やらないと…大将の持ってるやつほどじゃないが……めちゃくちゃ痛い【血吸ちすい】ってので、ボコるぞって脅されたんだよ…………」

 さらに蘇芳はんは暴力によって恐喝され、犯罪の片棒を担がされていることを俺に告白した。

「……………………」 (そいつ最悪なやっちゃなぁ…)
 
 彼が挙げた『血吸』というものは、確か最凶最悪の鬼とされる『酒呑童子』の討伐に使われた『童子切どうじきり』と呼ばれる有名な太刀の異名である。
 予想でしかないが、鬼や妖怪退治で有名な武将の源頼光がかつて所持していたとされる、それと同じ名のものも多分、鬼キラーかと思う。

 (こないにお強い蘇芳はんを脅すようなおとろしい力を持った、そないな鬼畜なやつのとこに、俺は連れてかれんのか?)

 どうやらご主人様の救助が間に合わなければ、俺は蘇芳はんのいう『彼の方』とかいうとんでもない外道に売られるらしい。

 ──『は?【血吸】……だとッ?!』──

 ご主人様(分身)が沈黙を破り叫ばれ、再び蠢かれた。

「あひぃッ♡」

 もう何度目になるのかわからない俺の痴態を目にした蘇芳はんは、顔を顰め何か魔術を使おうとしたが…「魔術これじゃナシくんが危ないな」と呟くと、難しいお顔をしてそれを諦めた。

 そろそろ誤魔化すのは本当に無理があると俺が思っていると、 

「他でも自信はないが、よりによって術で大将とやり合うなんて…ほんとに勘弁してほしかったんだわ」

 蘇芳はんはうんざりした様子で苦笑いして俺に愚痴をこぼした。

 だが、次の瞬間に彼は暗い赤の瞳を金色こんじきに変え、鋭い眼差しで俺を見据え「だからな許せナシくん」といきなり謝罪した。 

 (はい?)

 なんの意味か全くわからず、頭がパーンしそうな俺に蘇芳はんは、

「出てこい大将・・っ!!」 

 と叫びながら鬼火の焔と同じ色の刀身を持つ太刀を、振り下ろして来た。


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