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第五章 王宮にて
第七話
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「ラオドール様!」
サリファ王妃の姿が消えると同時に、アシェルは走り出していた。後ろから侍女たちの悲鳴が聞こえたが、無視をしてラオドールだけに声をかける。
「アシェル!」
「僕がサリファ様を捕まえます! ラオドール様は僕たちを受け止めてくださいッ!」
「なに……ッ?」
「お願いしますッ!」
窓の縁に手を掛けたアシェルは一瞬だけ後ろを振り返った。服に手をかけ、きらきらと輝き始めたラオドールの姿が見え、口の端を軽く持ち上げる。
金の双眸が燃えるように光るのが見えて、(ああ、もしかしたら、これは後でこってり叱られてしまうかも……)と思ったが、後は何も考えずに窓の外へと体を投げ出した。
サリファ王妃が身に着けていたドレスはふわりとしていて、思っていたよりも空気抵抗があったようだ。アシェルは自身の体がなるべく一直線に下りてゆくことだけを考えていたから、あっという間にサリファ王妃へ追いつくことが出来た。
何度もラオドールと飛ぶ練習をしていたせいか、王宮の上層階から落ちたことへの恐怖は全く感じていなかった。むしろ、地上に着くまでの時間を稼げたから、高い場所にある部屋で良かった、とすら思う。
サリファ王妃の体を掴まえて腕の中に抱きしめると、アシェルは黒い竜の姿を探した。
――さすが、ラオドール様!
二人の真下でラオドールは大きく翼を広げ、すでに待ち構えていた。
『アシェル! 全く、おまえは! なんという危ないことをするッ!』
大きく吠えた竜の背中で、アシェルは態勢を整え、しっかり両足を挟んで跨ると「……ごめんなさい」とひとまず謝った。
「でも、ラオドール様なら、必ず受け止めてくださると思っていました……!」
『当たり前だ! 私がおまえの姿を見失うはずがない!』
アシェルの言葉に思わず反射的にそう返したラオドールが、グルル……ッと唸り『いや、そういうことを言っているのではない。こんなに危険なことをするなと言っている!』と尾を大きく振り回した。
かなり怒っているようで、アシェルは項垂れて眉を下げた。
「でも、サリファ様の命がかかっていましたし……」
「……アシェル?」
「……あ、気が付きましたか?」
気を失っていたサリファ王妃がアシェルの腕の中でもぞりと動いた。目を瞬いて周りを見回している。
「なに……? わたくしは夢を見ているの……?」
あたたかい夕日が大きな竜の背に乗る二人を照らしていて、確かにまるで夢の中にいるかのような光景だ。
アシェルはふと、腕の中にいるサリファ王妃の瞳の色がいつもと違う色をしていることに気が付いた。
緑の瞳が、日の光を受けて、綺麗な琥珀色をしている――。
(ああ……そうなんだ。クレリア様は……僕の母様は……)
ロベルト国王の言葉を思い出した。
――クレリアには沢山の贈り物をしたが、自分には分相応だからと全て断られ、何一つ受け取ってはくれなかった。ダイヤのついた指輪も、ルビーのついたネックレスも。
――あの琥珀色のドレスは、好きな色だからと、唯一、気に入って着てくれたのだ。
(母様が、たった一枚気に入って受け取ったあのドレスは、日の光を受けて輝くサリファ様の、瞳の色だったんだ……)
ぎゅっと強く唇を引き結ぶ。
そして、腕のなかのサリファ王妃を見つめた。
もし、大好きなひとと一緒にいるために、好きでもない男と結婚することになり、その男の子供を身ごもって。
それがきっかけで、大好きなひとからは疎まれ、遠ざけられることになってしまったのだとしたら……。
……母様の人生はなんて、かなしい選択ばかりだったのだろう……。
こっそり気付いてしまったその事実を、アシェルはサリファ王妃に言おうか言うまいか迷ったが、結局、口に出来なかった。
ふと見上げた空に、自分そっくりのそのひとが現れて、シッと口元に指をあてるような仕草をされたような気がしたのだ。
「……サリファ様。……どうか、生きてください……。僕の母様なら、きっとそう言ったはずです。生きて、あなたの人生を歩いて、どうか幸せになってください……」
そう、呟くのがやっとだった。
かなしくて、せつなくて。
胸がいっぱいで、きゅっと痛む。
腕のなかにいるサリファ王妃に、母の想いが少しでも伝わりますように――と祈るように見つめていると、やっとサリファ王妃が弱々しく頷いた。
「……クレリアの息子にそう頼まれてしまったら……そうするしかないわね……」
ほっと安堵の息をつき、見上げた空の上で。自分に似たそのひとが、やわらかく微笑むのが見えた気がした。
――私の大事なひとを守ってくれて、ありがとう。アシェル……。
そんな呟きが、どこからか聞こえたような気がしたが、アシェルがなにかを言うまえに、呟きもその姿も、空気のなかにふわりと溶けて消えてしまった……。
サリファ王妃の姿が消えると同時に、アシェルは走り出していた。後ろから侍女たちの悲鳴が聞こえたが、無視をしてラオドールだけに声をかける。
「アシェル!」
「僕がサリファ様を捕まえます! ラオドール様は僕たちを受け止めてくださいッ!」
「なに……ッ?」
「お願いしますッ!」
窓の縁に手を掛けたアシェルは一瞬だけ後ろを振り返った。服に手をかけ、きらきらと輝き始めたラオドールの姿が見え、口の端を軽く持ち上げる。
金の双眸が燃えるように光るのが見えて、(ああ、もしかしたら、これは後でこってり叱られてしまうかも……)と思ったが、後は何も考えずに窓の外へと体を投げ出した。
サリファ王妃が身に着けていたドレスはふわりとしていて、思っていたよりも空気抵抗があったようだ。アシェルは自身の体がなるべく一直線に下りてゆくことだけを考えていたから、あっという間にサリファ王妃へ追いつくことが出来た。
何度もラオドールと飛ぶ練習をしていたせいか、王宮の上層階から落ちたことへの恐怖は全く感じていなかった。むしろ、地上に着くまでの時間を稼げたから、高い場所にある部屋で良かった、とすら思う。
サリファ王妃の体を掴まえて腕の中に抱きしめると、アシェルは黒い竜の姿を探した。
――さすが、ラオドール様!
二人の真下でラオドールは大きく翼を広げ、すでに待ち構えていた。
『アシェル! 全く、おまえは! なんという危ないことをするッ!』
大きく吠えた竜の背中で、アシェルは態勢を整え、しっかり両足を挟んで跨ると「……ごめんなさい」とひとまず謝った。
「でも、ラオドール様なら、必ず受け止めてくださると思っていました……!」
『当たり前だ! 私がおまえの姿を見失うはずがない!』
アシェルの言葉に思わず反射的にそう返したラオドールが、グルル……ッと唸り『いや、そういうことを言っているのではない。こんなに危険なことをするなと言っている!』と尾を大きく振り回した。
かなり怒っているようで、アシェルは項垂れて眉を下げた。
「でも、サリファ様の命がかかっていましたし……」
「……アシェル?」
「……あ、気が付きましたか?」
気を失っていたサリファ王妃がアシェルの腕の中でもぞりと動いた。目を瞬いて周りを見回している。
「なに……? わたくしは夢を見ているの……?」
あたたかい夕日が大きな竜の背に乗る二人を照らしていて、確かにまるで夢の中にいるかのような光景だ。
アシェルはふと、腕の中にいるサリファ王妃の瞳の色がいつもと違う色をしていることに気が付いた。
緑の瞳が、日の光を受けて、綺麗な琥珀色をしている――。
(ああ……そうなんだ。クレリア様は……僕の母様は……)
ロベルト国王の言葉を思い出した。
――クレリアには沢山の贈り物をしたが、自分には分相応だからと全て断られ、何一つ受け取ってはくれなかった。ダイヤのついた指輪も、ルビーのついたネックレスも。
――あの琥珀色のドレスは、好きな色だからと、唯一、気に入って着てくれたのだ。
(母様が、たった一枚気に入って受け取ったあのドレスは、日の光を受けて輝くサリファ様の、瞳の色だったんだ……)
ぎゅっと強く唇を引き結ぶ。
そして、腕のなかのサリファ王妃を見つめた。
もし、大好きなひとと一緒にいるために、好きでもない男と結婚することになり、その男の子供を身ごもって。
それがきっかけで、大好きなひとからは疎まれ、遠ざけられることになってしまったのだとしたら……。
……母様の人生はなんて、かなしい選択ばかりだったのだろう……。
こっそり気付いてしまったその事実を、アシェルはサリファ王妃に言おうか言うまいか迷ったが、結局、口に出来なかった。
ふと見上げた空に、自分そっくりのそのひとが現れて、シッと口元に指をあてるような仕草をされたような気がしたのだ。
「……サリファ様。……どうか、生きてください……。僕の母様なら、きっとそう言ったはずです。生きて、あなたの人生を歩いて、どうか幸せになってください……」
そう、呟くのがやっとだった。
かなしくて、せつなくて。
胸がいっぱいで、きゅっと痛む。
腕のなかにいるサリファ王妃に、母の想いが少しでも伝わりますように――と祈るように見つめていると、やっとサリファ王妃が弱々しく頷いた。
「……クレリアの息子にそう頼まれてしまったら……そうするしかないわね……」
ほっと安堵の息をつき、見上げた空の上で。自分に似たそのひとが、やわらかく微笑むのが見えた気がした。
――私の大事なひとを守ってくれて、ありがとう。アシェル……。
そんな呟きが、どこからか聞こえたような気がしたが、アシェルがなにかを言うまえに、呟きもその姿も、空気のなかにふわりと溶けて消えてしまった……。
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