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第六章 ラオドールとアシェル
第四話
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アシェルが三度、ラオドールが二度放ったあと、やっと部屋に静寂が訪れた。
荒い息が落ちつき、そのままラオドールの腕の中でまどろみかけていたアシェルはハッと体を起こした。
慌ててベッドから下り、よたよた歩きになりながらも何とか自分の部屋から鞄を取ってくる。
王都へ行くときにずっとアシェルが大事に肩から下げていたものだ。
ベッドの上で驚いた顔をしているラオドールに、鞄の中から取り出した物をアシェルはそっと手渡した。
「アシェル……これは……」
「ラオドール様、どうぞ受け取ってください」
ラオドールがずっと返してほしいと望んでいたもの。
竜と人間の争いのきっかけになってしまったもの。
王宮からの帰り際にアシェルがロベルト国王から手渡されたそれは、ラオドールの体に巻きつける布袋の中には入れずに、ずっとアシェルが大事に抱えて運んできていた。
「……僕のご先祖さまが勝手に盗んでしまい、これまでずっと返さずにいて、申し訳ありませんでした」
目を丸くしているラオドールの前でアシェルは深く頭を下げ、ラオドールに謝った。
今まで知らなかったことだが、アシェルがロベルト国王とクレリア妃の息子だったということは、竜の宝を盗んだのは、自分の先祖ということになる。
そんなひとが先祖だなんてがっかりだが、自分の複雑な心情はさて置き、その子孫としてきちんと謝らなければ……。
言葉を失い、じっとアシェルから渡されたものを見つめていたラオドールが、深い息を吐き出した。
「長かった……やっと戻ってきたか」
そして顔を上げ、アシェルの頭を優しく撫でた。
「……まさか、おまえから返されるとは思わなかった」
不思議な縁だ、としみじみと言うラオドールにアシェルも頷く。
「……ラオドール様。父様……いえ、ロベルト陛下は石ころ、などと言っていましたが。竜の宝はその……見た感じは割と、ふつうなのですね……」
何と表現したらいいかわからず、アシェルは一生懸命言葉を選んだつもりだったが、ニワトリの卵の五倍くらいの大きさのそれは、もしどこかの森の中に置かれていたら、気付かずにその前を素通りしてしまいそうなものだった。
遠慮がちにアシェルがそう言うと、ラオドールが笑った。
「そうだろう。それにこれは、ヒトにとっては見た目そのままの単なる石にしか過ぎない。……竜が自分たちの住処で大事に守っているから、何か勘違いをしたのだろうが。……だがこれは、竜にとってはなくてはならないものだ」
竜の石。
それがなくては、竜は滅びてしまうしかない、という。
「……それは、どういう……?」
「竜の石は、竜が子を成すためにあるのだ。竜は雄しか生まれない。成長して大人になると竜がヒトになるのは、自分の子を産んでくれる人間の番を探すためだ。そして番を見つけたら、この竜の石に頼み、その人間を竜の子を産める体にしてもらう」
竜の石に認められるとその人間は竜の番として、種族をこえ、竜の子を産める体になる。
そしてその寿命も、番の竜と同じだけの長さになるという。
「……すごい」
そんな不思議な力があるものなのか。
アシェルが驚いてラオドールの手の中の竜の石を見ると、ラオドールが頷いた。
「……だから竜は絶対にあきらめずに、必死でこの竜の石を取り返そうとしたのですね……」
「そうだ。……だが不思議なものだな。竜が躍起になればなるだけ、人間の王はこの竜の石を欲しがった」
アシェルはそっとラオドールが手にしている竜の石に触れた。
「竜にとって、そんな大事なものなのに。……本当に、僕のご先祖さまが申し訳ありませんでした」
すると突然、竜の石がきらきらと光り始めた。
ただの灰色だったものが虹色に変わり、部屋の中いっぱいに眩い光を放つ。
それはまるで、アシェルの言葉に呼応しているかのようだった。
「わっ……! どうしたんでしょうか、急に……!」
「アシェル、手を離せっ! 今すぐに!」
「ええっ?」
――認める。
不意にそんな声がどこからともなく聞こえてきた。
慌てて周りを見回したが、やはりこの部屋の中にいるのはアシェルとラオドールの二人だけで、他の人間の姿は見当たらなかった。
――おまえを竜の番として、認める。
再びはっきりと声がして、アシェルはことりと首を傾げた。
……となるとその声は、この竜の石の中からした、ということになるが……。
竜の石から出てくる、きらきらとした金色の靄のようなものがアシェルの体に移り、アシェルの周りを漂いはじめた。
それはまるで、ラオドールが変身する時に現れるものと、とてもよく似ていた。
「……しまった!」
ザァッと青褪めるラオドールの表情に、どうやらただならぬことが起きてしまっているようだ――と、アシェルは呑気にそう思った。
「ラオドール様、別にいいではありませんか」
『よくない』
「なぜですか? 竜の石に僕がラオドール様の番だと認められた……ということですよね?」
竜に変わったラオドールの背に乗り、アシェルは空からケイレブの街を眺めた。
あれから何度もラオドールとしたやり取りだが、ラオドールは竜の石のしたことにまだ納得していないようだった。
憤るラオドールをなんとか落ち着かせようと空を飛ぶことにしたのだが、ラオドールの気持ちはなかなかおさまらないようだ。
『……最後の竜として、ひとりでひっそりと生を終えるつもりでいたのに……なぜこうなった……!』
ブツブツとなにやら竜の石に文句を言うラオドールの言葉を聞きながら、けれどアシェルは、こっそり竜の石に感謝していた。
ラオドールと同じ長さで生きることが出来る。
ラオドールをひとりだけ残して、先にいかずにすむ……。
それは子供の頃からアシェルが願っていたことが、叶うということだ。
ラオドールのそばに、ずっといること――。
人間の男が竜の子を産むことが可能なのかどうなのかわからなかったが、もし可能ならば、それにもいつかアシェルは挑戦してみたい、と思う。
(ラオドール様に、もしいつか二人の家族を作りたい、と言ったら……どんな顔をするかな……?)
――それはきっと、もう少し先の話だが。
その時のラオドールの表情を想像して、アシェルはつい、笑ってしまった。
荒い息が落ちつき、そのままラオドールの腕の中でまどろみかけていたアシェルはハッと体を起こした。
慌ててベッドから下り、よたよた歩きになりながらも何とか自分の部屋から鞄を取ってくる。
王都へ行くときにずっとアシェルが大事に肩から下げていたものだ。
ベッドの上で驚いた顔をしているラオドールに、鞄の中から取り出した物をアシェルはそっと手渡した。
「アシェル……これは……」
「ラオドール様、どうぞ受け取ってください」
ラオドールがずっと返してほしいと望んでいたもの。
竜と人間の争いのきっかけになってしまったもの。
王宮からの帰り際にアシェルがロベルト国王から手渡されたそれは、ラオドールの体に巻きつける布袋の中には入れずに、ずっとアシェルが大事に抱えて運んできていた。
「……僕のご先祖さまが勝手に盗んでしまい、これまでずっと返さずにいて、申し訳ありませんでした」
目を丸くしているラオドールの前でアシェルは深く頭を下げ、ラオドールに謝った。
今まで知らなかったことだが、アシェルがロベルト国王とクレリア妃の息子だったということは、竜の宝を盗んだのは、自分の先祖ということになる。
そんなひとが先祖だなんてがっかりだが、自分の複雑な心情はさて置き、その子孫としてきちんと謝らなければ……。
言葉を失い、じっとアシェルから渡されたものを見つめていたラオドールが、深い息を吐き出した。
「長かった……やっと戻ってきたか」
そして顔を上げ、アシェルの頭を優しく撫でた。
「……まさか、おまえから返されるとは思わなかった」
不思議な縁だ、としみじみと言うラオドールにアシェルも頷く。
「……ラオドール様。父様……いえ、ロベルト陛下は石ころ、などと言っていましたが。竜の宝はその……見た感じは割と、ふつうなのですね……」
何と表現したらいいかわからず、アシェルは一生懸命言葉を選んだつもりだったが、ニワトリの卵の五倍くらいの大きさのそれは、もしどこかの森の中に置かれていたら、気付かずにその前を素通りしてしまいそうなものだった。
遠慮がちにアシェルがそう言うと、ラオドールが笑った。
「そうだろう。それにこれは、ヒトにとっては見た目そのままの単なる石にしか過ぎない。……竜が自分たちの住処で大事に守っているから、何か勘違いをしたのだろうが。……だがこれは、竜にとってはなくてはならないものだ」
竜の石。
それがなくては、竜は滅びてしまうしかない、という。
「……それは、どういう……?」
「竜の石は、竜が子を成すためにあるのだ。竜は雄しか生まれない。成長して大人になると竜がヒトになるのは、自分の子を産んでくれる人間の番を探すためだ。そして番を見つけたら、この竜の石に頼み、その人間を竜の子を産める体にしてもらう」
竜の石に認められるとその人間は竜の番として、種族をこえ、竜の子を産める体になる。
そしてその寿命も、番の竜と同じだけの長さになるという。
「……すごい」
そんな不思議な力があるものなのか。
アシェルが驚いてラオドールの手の中の竜の石を見ると、ラオドールが頷いた。
「……だから竜は絶対にあきらめずに、必死でこの竜の石を取り返そうとしたのですね……」
「そうだ。……だが不思議なものだな。竜が躍起になればなるだけ、人間の王はこの竜の石を欲しがった」
アシェルはそっとラオドールが手にしている竜の石に触れた。
「竜にとって、そんな大事なものなのに。……本当に、僕のご先祖さまが申し訳ありませんでした」
すると突然、竜の石がきらきらと光り始めた。
ただの灰色だったものが虹色に変わり、部屋の中いっぱいに眩い光を放つ。
それはまるで、アシェルの言葉に呼応しているかのようだった。
「わっ……! どうしたんでしょうか、急に……!」
「アシェル、手を離せっ! 今すぐに!」
「ええっ?」
――認める。
不意にそんな声がどこからともなく聞こえてきた。
慌てて周りを見回したが、やはりこの部屋の中にいるのはアシェルとラオドールの二人だけで、他の人間の姿は見当たらなかった。
――おまえを竜の番として、認める。
再びはっきりと声がして、アシェルはことりと首を傾げた。
……となるとその声は、この竜の石の中からした、ということになるが……。
竜の石から出てくる、きらきらとした金色の靄のようなものがアシェルの体に移り、アシェルの周りを漂いはじめた。
それはまるで、ラオドールが変身する時に現れるものと、とてもよく似ていた。
「……しまった!」
ザァッと青褪めるラオドールの表情に、どうやらただならぬことが起きてしまっているようだ――と、アシェルは呑気にそう思った。
「ラオドール様、別にいいではありませんか」
『よくない』
「なぜですか? 竜の石に僕がラオドール様の番だと認められた……ということですよね?」
竜に変わったラオドールの背に乗り、アシェルは空からケイレブの街を眺めた。
あれから何度もラオドールとしたやり取りだが、ラオドールは竜の石のしたことにまだ納得していないようだった。
憤るラオドールをなんとか落ち着かせようと空を飛ぶことにしたのだが、ラオドールの気持ちはなかなかおさまらないようだ。
『……最後の竜として、ひとりでひっそりと生を終えるつもりでいたのに……なぜこうなった……!』
ブツブツとなにやら竜の石に文句を言うラオドールの言葉を聞きながら、けれどアシェルは、こっそり竜の石に感謝していた。
ラオドールと同じ長さで生きることが出来る。
ラオドールをひとりだけ残して、先にいかずにすむ……。
それは子供の頃からアシェルが願っていたことが、叶うということだ。
ラオドールのそばに、ずっといること――。
人間の男が竜の子を産むことが可能なのかどうなのかわからなかったが、もし可能ならば、それにもいつかアシェルは挑戦してみたい、と思う。
(ラオドール様に、もしいつか二人の家族を作りたい、と言ったら……どんな顔をするかな……?)
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