気まぐれ女神に本気でキャラメイクされました

ハチミツ

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1巻

1-2

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「なんだろう……ちょっと行ってみよう。カローナさん、魔法ってどうやって使うんですか?」
『あら、魔法を使っていいの?』
「困っている人を助けるのに、力を出し惜しみなんてしてられないでしょう。私は自分がなまけるために魔法を使うのが嫌なんですよ」

 デコピンされてフラフラしていたカローナさんが目の前に降りてきたので、手の平を差し出して、そこに着地させる。カローナさんはそのままじっとしながら、話を続けた。

『ふーん……魔法なら、適当にイメージすればだいたい使えると思うわ。下界の子たちはみんな呪文とか言ったりしてるけれど、私、そんなの使ったことないし。イメージが難しかったら、まあ、適当に何か呟いたりしてみればいいんじゃない?』
「ま、魔法ってそんなアバウトな感じで使えるんですか!?」
『使えるわよ。女神だもの』

 当たり前でしょ? とでも言うように、カローナさんは淡々と告げる。
 その言葉を信じて、私は恐る恐る魔法を試してみることにした。

「わ、分かりました……えっと、じゃあ……と、飛べっ!」

 自分が空を飛んでいる姿をイメージして、それを口に出してみると、不思議と魔力が体の中を流れていくのが分かった。瞳の色と同じ、薄い紫色をした魔力が体から流れ出たかと思うと、次の瞬間には、私は空に浮かんでいた。

「……うわあ! すごい、すごい! カローナさん! 私、空飛んでます! 本当に空飛べてますよ!」
『私も飛んでるわ』
「はい! 一緒ですね! すごいです!」
『……可愛いわね……』

 カローナさんの言葉を無視して、自由に空を飛び回る。
 不思議と、魔力をどう使えば空を飛べるのかは、頭で考えなくても、手や足を動かすことのように自然に分かった。いや、むしろ慣れないこの体よりも、魔力を動かす方がはるかに簡単だとさえ思えた。
 空を飛ぶという経験があまりにも新鮮で、楽しかったので、しばらく我を忘れて夢中になってしまっていた。
 そして気が付くと、私は先ほどの集団に近付きすぎていたらしい。眼下では、馬車を取り囲んだ一団が、あんぐりと口を開けて茫然ぼうぜんとこちらを見つめていた。

「……ね、ねえカローナさん……この世界の人って、よく空を飛んだりするんですか?」

 どうかそうであってくれと願いながら、私はカローナさんに問いかけた。

『え? さあ……私は今まで見たことないわ、そんな人』
「ですよね。すっごい目で見られてますもんね、私たち」
『たちじゃないわ。あなただけよ。私の姿はカンナ以外には見えないもの』
「あ、そうなんですか……それは説明がはぶけて助かりますね……」

 焼け石に水だけど、と心の中で付け足した。
 さて、どうやって誤魔化ごまかしたものか……とりあえず、ばっちり目が合ってしまった以上はいつまでも空中にいるのも不審なので、ゆっくりと地上へ降りていく。
 私が降りてきたのを見て、下にいる人たちが一斉にざわついた。うう、気まずい……
 そこには、商人のような格好をした男が数人と、その護衛なのであろう、しっかりと武装した男四人、女二人が集まっていた。武装した人たちは、みんな手に武器をにぎっている。構えてはいないまでも、少なからずこちらを警戒していることがうかがえた。

『カンナ、気を付けなさい。今のあなた、接近戦は虫より弱いわよ』
「悲しいこと言わないでくださいよ……」

 カローナさんがふわふわ飛んできて、私の頭の上におさまる。本当に私以外の人に見えていないのか、少しだけ不安だ。
 とりあえずこれ以上警戒させないように、ゆっくり、慎重しんちょうに地上へ着地した。

「あー……えっと……こ、こんにちは」
「………………」

 ひとまずあいさつしてみたが、返事はない。警戒されているのか、そもそも言葉が伝わらないのか。

『転生するときに調整したから、言葉は伝わっているはずよ』

 私の考えを察知して、カローナさんが教えてくれる。

「えっと……私は、カンナという魔法使いです。町を目指して歩いていたところ、みなさんをお見掛けしまして……あの、何かお困りですか?」

 一語一語はっきりと、慎重に伝える。こちらの善意がちゃんと伝わるように真っ直ぐに相手を見ながら、しかしいざという時のために逃げ出す心の準備だけはしっかりとしておく。
 彼らのうち、先頭に立つ護衛たちの、リーダーらしき男がこちらに向かって声を発してきた。

「俺たちはセルフィアの町の商隊だ。俺はハンターギルド所属、銀狼ぎんろうのリーダーのモーラン。一応Dランクハンターで、この商隊の護衛として雇われている。あんたは、敵ではないんだよな?」

 いぶかしむような目を向けられた私は、思わず焦って否定してしまいそうになる。しかしここで慌ててはますます怪しまれてしまうため、冷静に、毅然きぜんとした態度で答えた。

「敵ではありません。あなたたちに危害を加えるつもりもありません。もしもご迷惑であれば、今すぐにこの場を去ると約束しましょう」

 モーランの眼を真っ直ぐに見返しながら、はっきりと告げる。そのまましばらく視線を合わせていると、やがてモーランが溜息ためいきをついて視線をらした。

「……分かった、敵ではないようだな」
「ご理解いただけたようで、嬉しいです」
「まだ信用したわけでもないんだがな」

 そう言ってニヤリと笑う。私もつられて、にこりと微笑んだ。

「……しかし綺麗なじょうちゃんだな……最初見た時は、女神かなんかかと……」

 モーランがそう言って私の顔をしげしげと眺める。私は恥ずかしくなって、顔を逸らした。
 すると突然、モーランの後ろからひょこっと女性が顔を出し、目を輝かせながら、私に詰め寄ってきた。

「ねえねえ! さっき飛んでたのって、魔法?」
「え? は、はい……そうですけど……」
「ほんとに!? すごい! 私も魔法使いだけど、あんな魔法初めて見たよ!」

 嬉しそうに私の手をとって、ぶんぶんと振り回す。華奢な体で抵抗することもできない私は、口からあうあうと情けない声を漏らした。

「あ、あのあの、腕、痛いです……」
「え? あ、ごめんね!」

 女性はバッと手を離して、すぐに謝ってくる。申し訳なさそうな顔をしているが、それでも目だけは興味深そうに私を見つめていた。
 モーランもこの女性も、この世界の人々は私が元いた世界と比べて、みんな容姿がとても整っているように見える。私も今はその中の一員なのかもしれないが、自分ではそんな意識はまったくないため、やはり少し戸惑ってしまう。つまり、あまりジロジロ見られると照れるのだ。日本人のつつましさをめるな。

「それで、何かお困りでしたか? 私になにかできることがあれば、お力になりますけど」

 仕切り直してそうたずねる。
 モーランはわずかに逡巡しゅんじゅんすると、一歩横へ退いた。判断を雇い主に任せたのだろう。
 後ろから、年嵩としかさの商人が顔を出す。彼は私を見据えると、困ったように眉尻を下げて言った。

「実はな……さっき魔物に襲われて、五台あった馬車の内の一台が壊れてしまったんだよ。エルネ村からの荷物を運んでいたんだが、馬車一台分の荷物を失うのはもったいなくてな……なんとか馬車を修理しようとしても、なかなか上手くいかず……なあ魔法使いの嬢ちゃん。あんた、直せないか?」

 なるほど、そういう事情が……と思う前に、まず「え? 魔物出るの? こわっ」と思ってしまった。生まれてこの方、戦いなんてしたことないのだから仕方ない。

「……嬢ちゃん?」

 男性は黙ってしまった私を不思議そうに見ていた。いけないいけない、なんとかする方法を考えないと。

「えっと、ちょっと待ってくださいね……」

 そう言って数歩下がって後ろを向く。怪しまれてるかなーと思いながら、小声でカローナさんを呼んだ。カローナさんはいつの間にか私の胸の中に帰ってきていた。

「カローナさん、カローナさん。物を直す魔法とかってないですかね?」
『なくはないけど……おすすめはしないわね』
「え? 何でですか?」

 カローナさんの言葉の意味が分からずに問いを重ねた。あるなら使ってあげればいいと思うのだが……

『だって、なんでも物を直せる魔法なんてものが広まったら、みんながあなたを放っておかないわよ。それに、新しいものが売れなくなったり、修理屋が潰れたりして、たくさんの人にうらまれるかもしれないわね』

 カローナさんの言葉に納得する。そして同時に、自分の浅はかさに呆れてしまった。

「な、なるほど……でも、じゃあどうすればいいんでしょうか……商人さんたち、とても困ってるみたいですけど……」
『放っておけばいいと思うけど……そうね……ある程度の荷物は他の馬車に分けて積んで、どうしても積みきれなかったものは収納魔法でしまっちゃえば? 収納魔法なら他にも使える人は結構いるし。まあ、容量によっては、ちょっと驚かれるかもしれないけれど』

 カローナさんは悩みながらもそう答えてくれた。さすが女神と言うべきか、いざという時にはちゃんと頼りになるのだと実感した。

「なるほど! じゃあそう提案してみますね!」
『ええ。ちなみに、私があなたの中にいたり、胸にくっついたりしてる時は、心の中でしゃべってくれれば聞こえるわよ』
『先に言ってください!』

 やはり前言撤回ぜんげんてっかいだ。こんな自由でマイペースなやつが女神なんて、私は認めない。
 気を取り直して、商人の男性に向き直る。

「すみません、お待たせしました」
「あ、ああ……なにやらブツブツ言っていたけど、その、なんだ……大丈夫か……?」

 男性が優しい目を向けてくる。なんだろう。頭がおかしい系とか思われたのだろうか。

「ええ、ちょっと解決策を考えていました。それでですね、私、実は収納魔法が使えるんですけど……ある程度荷物を他の馬車に移してくれれば、残りは私が運びますよ?」
「何!? 本当か!?」

 男性が驚きの声を上げる。ここでは収納魔法も、そこそこ珍しいのだろうか。

「それじゃあ、悪いが頼めるか? 嬢ちゃんはどっかの馬車に乗せてもらうといい。荷物を運んでもらう礼に、町まで責任をもって送り届けよう」
「そうですか? なら、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」
「礼を言うのは俺たちの方さ! よしお前ら、急いで荷物を移せ! 嬢ちゃんの負担を少しでも減らしてやれよ!」

 男性が大声を張り上げてその場の全員に聞こえるようにそう言うと、商人たちが一斉に返事をした。

『負担ってなんですか?』

 魔法の仕組みというものがよく分からなかったため、心の中でカローナさんに聞いてみた。

『収納魔法は、中に入れる荷物の総重量と、その体積の掛け合わせによって、消耗しょうもうする魔力量が決定されるのよ。みんな、あなたの負担を少しでも減らそうと、ああして荷物を小さくまとめたり、軽くしたりしているの』

 カローナさんの言葉に、またしてもなるほど、と感心してしまった。魔法、学んでみると奥が深くて楽しいかもしれない。

『魔法大学とかもあるらしいわよ。いつか行ってみたいわ』
『はいはい、そのうち行けたらいいですね。いきなり人の心を読んでこないでください』

 カローナさんとそんな会話をしながら、商人たちが作業を進めていくのを黙って見つめる。
 しばらくすると、先ほどの男性が再び話しかけてきた。

「まだ結構残ってるが、これくらいが限界だな……よし、嬢ちゃん。できる範囲でいいから、頼めるか?」
「あ、はい。分かりました」

 壊れた馬車を見ると、まだ半分近くの積み荷が残っている。置いていくのはもったいないし、頑張って全部持って帰ろう。
 そう思って、大量の荷物を空間に収納するイメージを思い浮かべる。

「……収納」

 無言はなんとなく気まずかったので、ボソッと一言だけ呟いてみた。
 すると馬車の上の空間に大きな黒い穴が開いて、ゆっくりと下降していく。そして馬車の荷物を、壊れた馬車ごとんでいき、地面まで達したところで消失した。
 イメージ通りに魔法が発動したことに、小さく安堵あんどの息を漏らす。

「できました。じゃあ、出発しましょうか」

 そう言って振り返ると、誰もがポカンとした顔でこちらを見つめていた。

「……え? な、なんですか……?」

 見られる意味が分からず、怖くなって思わずたじろいでしまう。

「じょ、嬢ちゃん……あんた今、馬車ごと収納したか……?」
「え? しましたけど……あ、もしかして馬車は捨てていくつもりでした?」
「……いや、嬢ちゃんが大丈夫なら、いいんだが……」
「……? 別に大丈夫ですけど……馬車くらい」

 というか、別に私の馬車じゃないし、持っていこうが置いていこうが私に関係はないだろう。おかしなことを聞くものだと思っていると、周囲からひそひそと声が聞こえてくる。

「嘘だろ……俺、残りの積み荷の三分の一でも収納できればいい方だと思ってたよ……」
「なんつー収容量だよ……おい、お前収納魔法が使えたとして、同じことできるか?」
「できるわけないでしょ、あんなの……速攻で魔力が尽きて潰されちゃうよ……多分、私の百倍以上は魔力があると思う……」

 聞き耳をたてるまでもなく聞こえてくる会話に、サーッと顔が青くなる。

『ねえ、カローナさん。収納魔法の平均的な収容量って、どれくらいなんですか?』
『そうね……一時間維持するとして、だいたい空の木箱一つ分くらいかしら。すごい人は三つ分くらいはれられるらしいけど』

 頬を冷や汗が伝う。何度でも言おう。私は、普通を求めているのだ。

『じゃあ、私が今収納した量って……』
『まあ、中身が詰まってるし……その三十倍くらいはあるんじゃない?』

 それを聞いた途端とたん、急に周囲からの視線を痛く感じ始める。針のむしろに座るような気持ちで、席を空けてくれた馬車の御者台に座った。
 若い商人が、びくびくしながら隣に座る。横目で見てみると、すごい勢いで目を逸らされた。気の毒なことに、今にも泣きだしそうな顔をしている。

『カローナさん……ほんとに、次からはそういうの、先に言ってくださいね……お願いですから……』
善処ぜんしょするわ』
『絶対に! お願いします!』

 馬車は気まずい空気を同乗させたまま、セルフィアの町に向かって走り出す。
 それからの道中は、会話など一切なく、驚くほど静かに過ぎていった。
 あの気まずさは、もはや何らかの罰だったと言っていいだろう。私にとっても、商人たちにとっても。
 ……そんなに怖がられると、私も泣きそうになってくるのだが。



 3 イスク防具店の看板娘


『カンナはどうして、そんなに普通にこだわるの?』

 セルフィアの町までの道中、気まずい沈黙に退屈していたカローナさんが、何とはなしに聞いてきた。

『何ですか、いきなり?』
『別に……ただ、聞いてみたくなっただけよ』

 どうして普通にこだわるのか。そんなこと意識したこともなかった私は、改めて自分が求める普通について考えてみた。

『そうですね……よく分かりませんが……普通って、誰にでも優しく、平等に与えられているようでいて、実際はそうでいるために求められるハードルって、びっくりするくらい高いじゃないですか。そういうところが、私は好きなんです』

 自分でも深く理解はしていないが、一言ずつ、きちんと考えながら話をした。

『どういうこと?』

 カローナさんが、よく分からないというように尋ねてくる。そこまで追及されても、私だってよく分かっていないのだが。

『えーっとですね……周りから見て普通で居続けるのって、実はものすごくエネルギーを使うことなんじゃないかなって思うんです。外からは何気ない日常に見えても、実はすっごく努力して維持いじし続けてるのかもしれないじゃないですか』

 私はそこまで伝えて一息つく。そして少しだけ悩んだあと、また言葉を続けた。

『極端なことを言ってしまえば、一時の間「変わってる」とか「特別だ」とかって言われるよりも、普通の日常を守り続けることの方が、よっぽど大変だと思うんですよ、私は。だからこそ、人から後ろ指を指されたり、馬鹿にされて笑われたりしても、「私はこんなに頑張っているんだぞ」って、強気でいられるんです。私にとって普通って、そういう、心のよろいみたいなものなのかもしれないですね』

 こんなに素直に胸襟きょうきんを開いて語れるのは、心の中での言葉だからだろうか。きっと口に出しては、とてもじゃないが恥ずかしくて言えないだろう。

『……よく分からないわ。私にとっては、自分のやりたいようにやるのが普通だもの。誰に笑われようと、関係ないじゃない』

 カローナさんの言葉に、私は思わず吹き出してしまった。

『そうですね……カローナさんはそうかもしれませんね。きっと、みんなあえて言わないだけで、普通なんてものは人それぞれ違うんですよ。私の普通と、カローナさんの普通は違います。多数派にとっての普通と、誰かひとりにとっての普通も、それと同じくらい意味がまったく違います。そして、それでいいんじゃないですか。その方が、きっと人生は楽しいですよ』

 多少投げやりになってしまったが、いつわらざる私の本心だ。私は私の決めたルールに従って、これからも普通を目指していこうと思う。

『そう……楽しいのは、いいわね。素敵な考え方だわ、ふふっ』

 カローナさんが、そう言いながら愉快そうに笑っている。つられて私も笑顔になった。

『じゃあ、今夜は私、普通のハンバーグが食べたいわ』
『え? カローナさんってご飯食べるんですか?』
『カンナが食べれば私も味を感じるわ。私たちは一心同体だもの』

 ええ、初耳なんですけど……と、私は心の中で抗議の声を上げた。それに今日は麺類めんるいの気分なのだ。ハンバーグの付け入る隙はない。
 急に吹き出し、一人でニヤニヤ笑い、顔をしかめる私の横で、気付けば商人の男の子が、心底恐ろしいものを見る目で私を見ていた。
 いや、違うんですよ! と言い訳をすることもできず、私はポーカーフェイスを極めようと心にちかうのだった。


 半日程馬車に揺られて、最寄りの町、セルフィアに辿たどいた。
 商人さんたちのお店で収納から馬車を取り出すと、こっちが恐縮きょうしゅくするくらい大袈裟おおげさにお礼を言われ、大きな袋に入れられた結構な量の硬貨こうかを無理やり渡された。
 私のことは誰にも言わないでおいてくださいとお願いすると、みんな壊れた人形のようにぶんぶんと首を縦に振った。そうして、商人さんたちとはそこで別れた。
 さて、これからどうしたものか。
 とりあえずもう日も暮れそうなことだし、適当に宿でも探して、仕事は明日探すとしよう。そう考えると、商人さんたちがくれたお金は非常に助かる。ありがとう、商人さん。

「この辺りで、評判のいい宿ってありますかねえ……」
『さあ。聞いてみたら?』
「そうしたいところなんですが……」

 さっきから、もの凄く視線を感じるのだ。老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、すれ違う誰もが無遠慮ぶえんりょに私を見つめてくる。
 気持ちはすごくよく分かる。私だって、こんな現実離れした美少女が歩いていたら、我を忘れて視線を向けてしまうだろう。
 それにこの奇抜きばつな格好も、視線を集めるのに一役買っていた。なにせ、こんなヒラヒラした服で歩いている人など、私の他に一人もいないのだ。
 本当に、カローナさんは余計なことをしてくれた。

「流石に聞きづらいというか……ちょっと声をかけたら、そのままどこかへ連れていかれそうな気がします……」
『そう。物騒ぶっそうな町なのね』
「あなたのせいですからね」

 誰にも声をかけることができず、歩くだけでセルフィアの町をざわつかせながら、私は重たい足取りで宿屋を探し回った。
 周囲に野次馬が多すぎて、逆に誰にも声をかけられなかったことは、ある意味では幸運だったのかもしれない。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 セルフィアは大きな町だ。
 人はたくさんいるものの、人手は常に不足している。それくらい、町には多くの仕事があった。
 内容を選びさえしなければ、少なくとも働いて給金を得ることはできる。
 町には活気があり、人々の顔は明るかった。きっと立派な統治者が、その辣腕らつわんを振るっているのだろう。
 ……あるいは、私の目の前の光景だけが、単に騒々しいだけかもしれないが。

「なあ、カンナちゃん! このガントレット買ったら俺とデートしてくれる?」
「そちら小銀貨四枚と銅貨二枚になりまーす」
「よし、買った! それでさ、今日このあと……」
「ありがとうございましたー。次の方どうぞー」

 接客業をしていると、感情を殺すのが上手くなる。
 セルフィアの町に到着して五日。私は、イスク防具店という店で従業員として働いていた。
 防具店である以上、客として来るのは兵士やハンターといった荒事に従事する人たちが多い。中には女性客も結構いるのだが、面倒なのは男性客だ。
 兵士には基本的に出会いがないし、ハンターたちの周りにいる女性は同じハンターということで、みんな気の強い人ばかり。


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