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第十話『王妃の資質と、蘇る記憶』
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「王妃にふさわしいのはこの私ロザリアですわ」
自信に満ちたロザリアの宣言に広間の空気は一気に緊迫した。
彼女を支持する貴族たちがそうだそうだと頷いている。完全にアウェーだ。
ロザリアは私を頭のてっぺんからつま先まで侮蔑するように見下ろした。
「このような異国のそれも素性の知れぬ田舎娘に偉大なるリンドールの国母が務まるはずがございませんわ」
その言葉は私だけでなく私を選んだアレクシオス陛下への侮辱でもあった。
陛下の顔からすっと笑みが消える。
その瞳に冷たい怒りの光が宿った。
「ロザリア。私の決定に口を挟むか」
「王妃を決めるのはこの国の王である私だ。そして私はイリスを選んだ。これ以上の異議は王命への反逆とみなすが良いか?」
絶対零度の声に並の貴族なら震え上がるところだろう。
しかしロザリアは臆さなかった。彼女はむしろ妖艶に微笑む。
「まあ怖い。ですが陛下、民も貴族も納得のいかない王妃をいただくわけにはまいりませんわ。……よろしいでしょう。ならば決闘で決めさせていただきとうございます」
「決闘ですって?」
私が驚きの声を上げるとロザリアはクスクスと笑った。
「もちろん剣を取ってなどという野蛮な真似はいたしません。王妃に求められる資質……すなわち社交と教養の決闘ですわ」
詩の暗誦、歴史の知識、作法の優雅さ、芸術への造詣。
あらゆる分野でどちらが王妃にふさわしいか皆の前ではっきりとさせようというのだ。
それは国内最高の教育を受けてきたロザリアにとって絶対に負けない自信のある土俵だった。
「ほう面白い」
アレクシオス陛下が楽しそうに口の端を上げた。
「ならば私も審査員として参加しよう。採点基準は『どれだけ私の心をときめかせられるか』だ。これなら公平だろう?」
「陛下! おやめください!」
宰相のダリウス卿が陛下のあまりに不真面目な提案に慌てて止めに入る。そのやり取りに少しだけ場の緊張が和んだ。
ロザリアはそんな陛下の冗談を無視し最初の課題を提示した。
「ではまずはこちらから。王家の書庫に眠る古代魔法語で書かれた石板の解読ですわ。もちろんこんなものあなたには読めませんでしょうけれど」
彼女の指示で運び込まれた石板にはミミズが這ったような不可解な文字がびっしりと刻まれている。
ロザリアですら最初の数文字しか読めないという超難問だ。
私はその石板を見た瞬間なぜか懐かしい気持ちになった。
(この文字……どこかで……)
そして私の口から無意識にあるメロディが零れ落ちた。
それは幼い頃、亡くなった祖母がいつも歌ってくれた「おまじないの歌」。
私がその不思議な歌を口ずさんだその時。
ポゥ……
私の胸に下げていた祖母の形見のペンダントが淡い優しい光を放ったのだ。
そして信じられないことに石板に刻まれた文字が頭の中にすらすらと流れ込んでくる。
「……『星の導きを受けし者、月の涙をその手に抱き、古の契約は果たされん』……」
私が石板の文章を最後まで読み上げると広間は水を打ったように静まり返った。
ロザリアも信じられないという顔で私を見ている。
私自身が一番驚いていた。
なぜ読めたの……?
その答えはすぐ隣にいた人物が知っていた。
アレクシオス陛下が光を放つ私のペンダントと私の顔をハッとした表情で見比べている。
「その歌……そのペンダント……まさか……」
陛下は私の肩をがっしりと掴んだ。
その紫の瞳が激しく揺れている。
「まさか君は……! 10年前『迷いの森』で道に迷って泣いていたあの小さな女の子じゃないのか……!?」
その言葉が引き金になった。
私の脳裏にずっと忘れていた幼い日の記憶の扉が勢いよく開かれる。
森で迷子になり泣いていた私。
そんな私を見つけ慰めてくれた年上の少年。
彼は怪我をした私の指に自分のハンカチを巻いてくれた。
そして別れ際に彼がなくしたという大切なペンダントの代わりに私が持っていたお菓子の宝石をあげたんだ。
あの時の少年。
彼が目の前の……アレクシオス陛下……?
嘘。そんな奇跡みたいなことがあるはず……。
私の思考が驚きと混乱でいっぱいになったその時。
陛下は確信に満ちた声でもう一度私の名前を呼んだ。
「思い出した……! 君の名前はイリス……! あの時確かにそう言っていた!」
自信に満ちたロザリアの宣言に広間の空気は一気に緊迫した。
彼女を支持する貴族たちがそうだそうだと頷いている。完全にアウェーだ。
ロザリアは私を頭のてっぺんからつま先まで侮蔑するように見下ろした。
「このような異国のそれも素性の知れぬ田舎娘に偉大なるリンドールの国母が務まるはずがございませんわ」
その言葉は私だけでなく私を選んだアレクシオス陛下への侮辱でもあった。
陛下の顔からすっと笑みが消える。
その瞳に冷たい怒りの光が宿った。
「ロザリア。私の決定に口を挟むか」
「王妃を決めるのはこの国の王である私だ。そして私はイリスを選んだ。これ以上の異議は王命への反逆とみなすが良いか?」
絶対零度の声に並の貴族なら震え上がるところだろう。
しかしロザリアは臆さなかった。彼女はむしろ妖艶に微笑む。
「まあ怖い。ですが陛下、民も貴族も納得のいかない王妃をいただくわけにはまいりませんわ。……よろしいでしょう。ならば決闘で決めさせていただきとうございます」
「決闘ですって?」
私が驚きの声を上げるとロザリアはクスクスと笑った。
「もちろん剣を取ってなどという野蛮な真似はいたしません。王妃に求められる資質……すなわち社交と教養の決闘ですわ」
詩の暗誦、歴史の知識、作法の優雅さ、芸術への造詣。
あらゆる分野でどちらが王妃にふさわしいか皆の前ではっきりとさせようというのだ。
それは国内最高の教育を受けてきたロザリアにとって絶対に負けない自信のある土俵だった。
「ほう面白い」
アレクシオス陛下が楽しそうに口の端を上げた。
「ならば私も審査員として参加しよう。採点基準は『どれだけ私の心をときめかせられるか』だ。これなら公平だろう?」
「陛下! おやめください!」
宰相のダリウス卿が陛下のあまりに不真面目な提案に慌てて止めに入る。そのやり取りに少しだけ場の緊張が和んだ。
ロザリアはそんな陛下の冗談を無視し最初の課題を提示した。
「ではまずはこちらから。王家の書庫に眠る古代魔法語で書かれた石板の解読ですわ。もちろんこんなものあなたには読めませんでしょうけれど」
彼女の指示で運び込まれた石板にはミミズが這ったような不可解な文字がびっしりと刻まれている。
ロザリアですら最初の数文字しか読めないという超難問だ。
私はその石板を見た瞬間なぜか懐かしい気持ちになった。
(この文字……どこかで……)
そして私の口から無意識にあるメロディが零れ落ちた。
それは幼い頃、亡くなった祖母がいつも歌ってくれた「おまじないの歌」。
私がその不思議な歌を口ずさんだその時。
ポゥ……
私の胸に下げていた祖母の形見のペンダントが淡い優しい光を放ったのだ。
そして信じられないことに石板に刻まれた文字が頭の中にすらすらと流れ込んでくる。
「……『星の導きを受けし者、月の涙をその手に抱き、古の契約は果たされん』……」
私が石板の文章を最後まで読み上げると広間は水を打ったように静まり返った。
ロザリアも信じられないという顔で私を見ている。
私自身が一番驚いていた。
なぜ読めたの……?
その答えはすぐ隣にいた人物が知っていた。
アレクシオス陛下が光を放つ私のペンダントと私の顔をハッとした表情で見比べている。
「その歌……そのペンダント……まさか……」
陛下は私の肩をがっしりと掴んだ。
その紫の瞳が激しく揺れている。
「まさか君は……! 10年前『迷いの森』で道に迷って泣いていたあの小さな女の子じゃないのか……!?」
その言葉が引き金になった。
私の脳裏にずっと忘れていた幼い日の記憶の扉が勢いよく開かれる。
森で迷子になり泣いていた私。
そんな私を見つけ慰めてくれた年上の少年。
彼は怪我をした私の指に自分のハンカチを巻いてくれた。
そして別れ際に彼がなくしたという大切なペンダントの代わりに私が持っていたお菓子の宝石をあげたんだ。
あの時の少年。
彼が目の前の……アレクシオス陛下……?
嘘。そんな奇跡みたいなことがあるはず……。
私の思考が驚きと混乱でいっぱいになったその時。
陛下は確信に満ちた声でもう一度私の名前を呼んだ。
「思い出した……! 君の名前はイリス……! あの時確かにそう言っていた!」
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