至宝のオメガ

夜乃すてら

文字の大きさ
12 / 142
本編 第一部

10. お見舞いの花とこちらの世界のアカシア

しおりを挟む


 夕食を食べて落ち着くと、そういえばシオンがお見舞いの品を持ってきたと言っていたのを思い出した。
 僕がタルボに訊くと、すぐに持ってきてくれた。

「こちらですよ」
「小ぶりな薔薇の花ですね。ピンク色で綺麗です」
「ディルレクシア様も薔薇が好きなんですよ。大輪の華やかなものを特に好まれていましたが、ディル様はどうですか?」

「僕はこういった小ぶりな薔薇のほうが好きですね」
「好みは合っていても、微妙に違うのですね。平行世界の人間とは、興味深い。あなたの世界の私は、どんな人物なんでしょうね」

 タルボが呟いて、考え事に沈む。

「そういえば、僕の世界のシオンは、裕福な伯爵家の次男でしたね。だから陛下の近衛騎士として勤めていました」
「王太子が第三王子でしたっけ? 家柄は同じでも、立場が異なるのですね」
「ディルレクシアは伯爵家でしょう? 僕は侯爵家でした」

「元の世界のほうが、裕福で恵まれているんですかね?」
「どうでしょう。オメガは最底辺でしたよ」
「それは混乱しますね!」

 話をしながら、僕は花瓶に薔薇を生ける。テーブルに飾ってもらうことにした。

「弁償する服を送る時に、お礼状を添えていただけませんか」
「え? ええ、構いませんけど」

 急にタルボがそわそわし始めたので、僕は首を傾げる。

「あなたが書かれるのですか?」
「ええ」
「代筆が必要なら……」
「自分で書きますよ」

 いったいこの反応はどういうことだ。
 不思議に思いながら、タルボが用意してくれたレターセットに、僕は筆を走らせる。タルボがわなわなと震え、感動の声を上げた。

「なんと美しい字でしょうか! ディル様は字が綺麗なんですね」
「ということは、ディルレクシアは……?」

「悪筆でして、代理の者が書いていました。でないと私ぐらいしか読めません。それをコンプレックスにされておいでなのに、字の練習は嫌がっていましたよ」

 そういえばディルレクシアは勉強嫌いだと聞いている。字の練習だって嫌いだろう。

「読書も嫌いでした?」
「ええ。絵はお好きでしたけど、読書は……。でも、楽譜だけはすんなり読めるようになったので、音楽の才能は素晴らしかったですよ」
「わがままで、ナルシスト。芸術家のように気難しくて神経質ですか。なるほど」

 だんだんどんな人物像なのか見えてきた。
 ハーブティーを飲んでいると、訪問の知らせがあった。

百合ゆりきみがお会いになりたいそうです」

 タルボの報告に、僕は首を傾げる。

「誰?」
「百合棟にお住まいのオメガですよ。アカシア・ソファ・リジアン様とおっしゃって、ディルレクシア様より二歳年下です。ディルレクシア様を兄と慕っておいでですが、ディルレクシア様はとろいから嫌いだと、いじめていました」

 そう教えてくれたが、僕はアカシアの名に固まった。

「……アカシア?」

 王太子を奪ったオメガの少年を思い出す。
 しかしこちらでも同名とは限らない。

「お知り合いですか?」
「いや、はっきりしない。会ってみます」

 僕が許可すると、タルボはアカシアを案内した。
 扉が開くと、金色の花のような少年が現れた。小柄で、可愛らしい顔立ちをしている。金目をうるませて、小首を傾げる。

「ディルレクシアお兄様、ご機嫌うるわしゅうございますか。重い病で寝込んでいたと聞きました。見舞いが遅くなって申し訳ございません」

 アカシアという少年は、まさに前世の彼そのものだった。

(駄目だ、無理!)

 見た瞬間、強烈な拒否感が体を駆け抜ける。
 十人中十人が可愛いと褒めそやすだろう顔立ちと雰囲気だが、僕は前の世界での悪印象が強すぎて、ぶりっこ演技をしているように見えた。

「実は私も風邪で寝込んでいまして、やっと部屋を出られるようになったんです。どうやら風邪がはやっていたようですね。――わぷっ」

 僕が返事をするか迷っているうちに、アカシアは見舞いが遅れた言い訳をする。こちらに踏み出そうとして、ローブの長い裾を踏みつけた。ベチャンとすごい音を立てて転ぶので、さすがの僕もあっけにとられる。

「……大丈夫?」
「うう、痛い。はい、ありがとうございます」
「タルボ、助けてあげて」
「畏まりました」

 痛そうだなとは思うが、やっぱり近づきたくない。僕の指示に、タルボはすぐに従った。

「僕はもう平気ですから、見舞いなんて結構ですよ。病み上がりでしょう。お帰りください」
「……すみません、今日はご機嫌ななめなのですね。またお伺いいたします」

 アカシアはしゅんと首をすくめ、落ち込んだ様子で退室した。
 アカシアを従者のもとまで送ってから、タルボが戻ってくる。

「アカシア様への冷たい対応、敬語でなければ、ディルレクシア様とそっくりですよ。どうしたんですか」
「彼が王太子を奪った少年だったので」
「うぐっ。そ、そうなのですか。あの方が……」

 タルボはまずいものを飲み込んだ顔をして、不憫そうに扉のほうを見やる。

「こちらのアカシアはどんな人ですか?」
「少々ドジをなさいますが、素直なので人気がある方ですよ」
「あれはわざとではない?」

「ディル様、顔が怖いですよ。わざとしょっちゅう転んだり、腕や足をぶつけたり、怪我をすることはないでしょう。だから裾の長い服を着るなと、ディルレクシア様はお叱りになりますが、あの方は足が大変美しいため、隠さないと下心をもつ輩が続出するのです」

 変態ほいほいということだろうか。僕はほんの少しだけ、アカシアに同情する。

「あの人達と親しくするのは無理ですよ。ここに彼がいるなら、結婚して〈楽園〉を出て行ったほうが平和そうですね」

 いまだに元の世界に戻る気配がない。一ヶ月様子を見て、それでも戻れなければ、ここにディルレクシアとして根を下ろす覚悟を決めたほうがいいかもしれない。
 結婚すれば、相手の家で暮らすことになる。そうすれば、アルフレッドとアカシアには二度と会わないはずだ。
 ディルレクシアには悪いが、ディルの好みで決めさせてもらおう。

「悲惨な目にあわれたのに、結婚が恐ろしくはないのですか?」

 タルボが慎重に問う。
 結婚が恐ろしい? いいや、そんなことはない。結婚は単なる手段だ。

「以前の婚約者のもとに嫁げと言われたら、僕は死を選びます。ですが、あの人が悪いからといって、他の人も悪いわけではない。きっとシオンが最後まで傍にいてくれたから、そう思えるんだと思います」
「違う世界のレイブン卿に、感謝申し上げなくては」

 タルボは神に祈りを捧げると、僕に微笑みかける。

「ディルレクシア様がひとまず認めた婚約者候補はあと一人いらっしゃいますよ。そちらにもお会いになってみてください。珍しいことに、オメガにまったく興味のない方です」

「そんな婚約者候補がいるのですか」
「ええ。他の婚約者候補の暴走をおさえるため、バランサーとして神殿が選んだ方です」

 後ろ盾が神殿というのは、ある意味最強のカードではないだろうか。

「ちょっと興味がありますね。一月経っても元に戻らなかったら、僕はここで再出発するつもりです。夫に愛されて、子どもを産んで、温かい家庭を作りたい。できると思いますか?」
「そのために、我々神官がいるのです。応援しますので、がんばってください」

 僕が前向きになったのがうれしいと、タルボは笑みを深めてお辞儀をした。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...