頭がいいのか悪いのか

水戸けい

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「これから、恭平さんは俺に襲われるんですよ」

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 目を開ける前に布団の感触を頬に感じた恭平は、反射的にいつもの癖で伸びをしようとした。が、なぜか手足が動かない。動かそうと思うのに、なにかに引っ張られて自由が利かない。

(なんだぁ?)

 怪訝に思いつつ目を開けると、部屋の壁が見えた。体を起こそうとしたが、自分の腹を抱く形で腕が縛られている。

「うえっ?」

 それだけでなく、脚は座禅を組んだ恰好で縛りつけられていた。おまけに衣服は下着にいたるまですべて取り払われている。

 まったくわけがわからなくて混乱していると、声をかけられた。

「おはようございます」

 首を伸ばして見れば、文庫本を手にした誠が涼しい顔で自分を見ている。

「なんだ、こりゃあ」

「座禅縛り、というものだそうです。江戸時代などで、罪人を縛るときに使われたようですよ。本来、腕は後ろで縛るようですが、それだと寝かせられないので、前で固定させていただきました」

「そういうことを聞いてんじゃねぇよ。なんで俺ぁ、縛られてんだ? それに、どうして素っ裸なんだよ」

 誰のしわざかは問わなくてもわかっている。怒るでも呆れるでもなく、恭平はただ誠の意図を知りたがった。そんな恭平の反応に、誠は首をかしげる。

「怖いと思われるのではないかと、縛ってみたんです」

「は?」

「安心してください。縛った跡が残っては困りますし、こういうものは体に負担がかかるとわかっているので、専門の方にきっちり指導をしていただいています」

「専門家に指導って……そういう趣味があったのか。じゃなくて、なんで?」

「恭平さんを縛ることもあるかなと思いまして、事前に用意をしていたんですよ。べつに、緊縛趣味があるわけではないです」

「いや。そっちを聞いてんじゃなくって、なんで俺を縛ったのかって話だよ」

「さっき言ったじゃないですか。恐怖を感じてくれるかなと思ったんです。一糸まとわぬ無防備な状態なら、いくらおおらかな恭平さんでも焦るのではと」

「襲うって……殴ったり蹴ったりするってことかよ」

 そんなことをするようには見えなくて、恭平は怪訝に片目をすがめた。

 誠は淡々としている。

 むしろそういう相手のほうが危ないと、なにかで読んだか聞いたかしたなと頭の隅で考えながら、恭平はまったく危機感を持っていなかった。自分の身に起こっていることなのに、なぜだか他人事な気分でいる。

「まさか! 怪我をさせるようなことはしませんよ。そんなことをするつもりなら、わざわざ跡が残らない縛り方を習いになんて行きません」

 不快を示した誠の手が伸びてくる。頬に触れられ、恭平は誠の手に視線を向けた。

「じゃあ、このまま放置しておくつもりか」

「いいえ」

 誠の指は顎をなぞると首筋を滑り、鎖骨で止まった。

「女性の気持ちを体験してもらいますと、はじめにお伝えしたはずですよ。契約書も交わしました。覚えていますか?」

「ああ、なんかそんなようなモンにサインしたなぁ」

 つぶやいた恭平は、はたと気づいた。

「まさか、チカンも部屋の掃除も、おまえのしわざか?」

「はい」

 あっさりと悪びれもせずに答えられ、恭平はポカンとした。

「……なんで」

「そういう契約だったはずですが」

 女性の気持ちの疑似体験と言っていたなと、恭平は誠を見上げつつ思い出した。

(妙な体験をして、それについての感想を聞かせろだとかなんだとか……言っていたような)

 そのためにチカンなんて危ういことをし、勝手に部屋に上がり込んで掃除までしていたのか。

(合鍵は、どうやって手に入れたんだ?)

 そういう疑問も残るものの、それ以上に強く浮かんだ感想を恭平は告げた。

「頭がいいヤツは変わりモンが多いって聞くが、誠もそのクチかぁ」

「感心をしていないで、怖がってください」

「そう言われてもよぉ。誠をどう怖がれっつうんだよ。縛って転がされてるだけだしよ」

「これから、恭平さんは俺に襲われるんですよ」

「殴ったり蹴ったりはしねぇんだろ?」

「はい」

「なら、どう襲うって……ひゃっひゃっひゃ」

 脇腹をくすぐられて、恭平は身をよじった。

「く、くすぐってぇ」

「どうですか? 怖いですか」

「誠にくすぐられたって、ちっとも怖かぁねぇよ……くっ、ひゃっひゃっ」

「どうして怖くならないんです」

 眉間にしわを寄せた誠に、そういうとこなんだよなぁと恭平はこぼした。

「ぜんっぜん危険を感じねぇんだよ。それどころか、誠は俺の部屋を掃除したり、うまい飯を食わせてくれたり、世話してくれてんじゃねぇか。何度も言ってるけどよ、誠が女ならってアレ。そんぐれぇ気を許してるって意味だからな。だから、この程度じゃあ怖くなんてならねぇんだよ」

 ったくよぉ、と親しみを浮かべた目を細めれば、誠の瞳がこぼれるぐらいに見開かれる。まんまるになった目で見降ろしてくる誠の顔が、ゆっくりと赤くなっていった。

「そ、それは……僕を好きだということですか」

「まあ、そうなるな」

 バッと口元を手で押さえた誠が体ごと顔を背けた。

「なんだ。どうした」

「いえ、なんでも」

 そう答える誠の肩が震えている。うっすらと桃色になっているうなじが妙になまめかしくて、恭平は喉を鳴らした。
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