純歪ー王と王弟のはざまでー

【苦悩】

5.

　けれど頭がいいために、狡猾な娘を選んでしまったらどうなるだろう。側室の座に甘んじていることに不満を持ち、自分がエミナの女王となるためホスセリの秘密を暴く、あるいはそれを盾にして、権力や富を欲したら。

（ああ、だめ――）

　こんなふうに、彼らも悩んだのだろうか。だからこそあんな行為をしたのかもしれない。

（はじめに、説明をしてくれたら）

　はたしてそれで、納得をしてシキタカを受け入れたか、どうか。

（わからない）

　どうしてこんな試練を、天はお与えになられたのだろう。

　トヨホギは浮かんでは打ち消される思考に眉をひそめた。

「お懐かしゅうございますね」

　トヨホギの隣に、母親と同年代の女が来た。なつかしそうに目を細めて、草花を摘んでいる娘たちの姿の先に記憶の景色を浮かべている。

「トヨホギ様たちは幼いころ、よくここで遊んでいらっしゃいました。はやくに亡くなられた、先の女王様や私たちの草摘みについてこられて」

「……そうね」

　そうだったわと、トヨホギも女とおなじく遠い目をして景色をながめる。

　子どものころの無邪気な笑い声が、耳奥に湧き上がってきた。

　命をかけて守ると言ってくれた、幼いホスセリ。

　全力でホスセリを支え、トヨホギを守ると宣言をしたシキタカ。

　そしてトヨホギが、ふたりを守り支えるのだと誓った場所は、どのあたりだったろうか。

　そのしるしを刻んだ木があったはずだと、トヨホギは腰を上げて記憶をたどりながら進んだ。

　ほどなくして、その木は見つかった。子どもの背丈よりも高い位置に移動している幹のしるしに、年月を思い知らされる。

「なつかしい」

　トヨホギは小刀で掘られた誓いのしるしに手を乗せた。

　それはただの、三本の線だった。しかしトヨホギにとっては、なによりも強く尊い証の文様だ。ひとりずつ、誓いを口にしながら幹に小刀を突き立てた、気持ちのこもったしるしだった。

　ふたりの好意を無邪気に受け止め、笑っていられた時間が遠すぎて、トヨホギは泣きたくなった。

　　　＊＊＊

　三年の間に変わってしまった風景に眉をひそめながら、ホスセリは里の様子を見て回っていた。

　ホスセリの姿を見止めた民が、疲れた顔で安堵の笑みを浮かべる姿に、課せられたものの重圧と責任を感じる。

「畑は、ずいぶんと荒れてしまったな」

　そのうちのひとりに声をかけると、老いていたがゆえに戦場行きをまぬかれた男が、顔を曇らせながらも笑った。

「残された人数分の食い扶持を育てるには充分でしたが、これからは戻ってきた者たちの食べる分も育てなくてはなりませんからな。荒れた畑を元に戻さねば」