純歪ー王と王弟のはざまでー

水戸けい

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【迷い】

6.

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 幼子を諭すような声音に、トヨホギは息を呑んで顔を上げた。こぼれおちそうなほど見開いたトヨホギの目に、笑みを浮かべてうなずくホスセリが映る。

「トヨホギは我の妻ではなく、エミナの王の妻だ。……それは、わかっているだろう」

 ホスセリの手がトヨホギの髪を撫でた。年長者の威厳と慈愛を含んだ指に、トヨホギの瞳が潤む。

「エミナの王は、ホスセリよ」

 震える声で、トヨホギは言った。

「そうだ。兄者が王だ。だからトヨホギは――」

 シキタカに手のひらを向けて、ホスセリは言葉を遮った。

「我は王の資格など、持ち合わせてはいない。それをもっとはやくに示すべきだった」

 ホスセリの声には気負いも悔恨もなかった。なにもかもを決断した者の持つ穏やかさだけがある。シキタカは眉根を寄せて奥歯を噛んだ。言いようのない口惜しさがこみ上げてくる。

「エミナの王は兄者だ。兄者にしか務まらぬ。――兄者のほかに、王になれる者などどこにもいない」

「いるだろう。我の目の前に、王となるべき男が。我の自慢の弟は、エミナの王にふさわしい」

「兄者!」

 シキタカの叫びを背中で聞きながら、トヨホギはホスセリを見つめた。

(この人は、なにを言っているんだろう)

 エミナの王の妻になることは、とうの昔から知っている。そしてエミナの王はホスセリだと決まっていた。だから自分はホスセリの妻なのだと、トヨホギはちゃんと理解している。それなのにどうして、ホスセリは確認させるように言ったのか。

(ホスセリは天のなされたことだと、わかっていないんだわ。だから、シキタカに王位をゆずろうとしているのね)

 トヨホギは自分の気づいた真理を、ホスセリに伝えなければと思った。

 ホスセリは無言で見つめてくるトヨホギに目じりを細め、「すまなかった」とつぶやいた。

「――え?」

 謝罪をされる理由が、トヨホギにはわからない。ホスセリはなにもかもわかっているというふうに、ゆっくりとうなずいた。

「シキタカはトヨホギに惚れている。――そうだろう、シキタカ」

「兄者、なにを言い出すんだ」

「いいから聞け」

 トヨホギはまばたきをして、ホスセリの笑みをながめた。それは人ではとうてい浮かべえぬ、なにもかもを超越したもののように、トヨホギの目には映った。

(この人は、やっぱり天が求めた人なんだわ)

 だから性別を示す機能を失ったのだと、トヨホギは確信を深めた。でなければ大地を見下ろす晴天のような笑顔を、人の身で浮かべられるはずはない。

「そしてトヨホギもまた、シキタカに惹かれている」

 トヨホギはきょとんとした。シキタカが片目をすがめる。

「兄者?」

 ふたりの反応に、ホスセリは笑みを深めた。
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