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15・奥様はマンドラゴラがお好き
第39話 ドロテアさん、僕の犬と出会う
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いつものように、昼間からギルマスの家に顔を出す。
当然、主であるギルマスは留守。
冒険者ギルドの奥で、しかめっつらをしながら書類を睨んでいることだろう。
では、主なきギルマス邸で僕は何をするのか?
それは、ギルマス婦人であり、永遠に年を取らぬ神秘の女性であるドロテアさんからお料理を習うのである。
「ドロテアさん! ナザルが参りました。あなたの弟子のナザルです!」
「ナザルさんいらっしゃい! 楽しみにお待ちしていました! とってもいい粉が手に入ったんですって?」
「そうなんですよ……。あ、こっちは最近僕の従者になったコゲタです。僕が仕事をしている間に宿のおかみさんにゴシゴシ洗われたらしくて、ちょっと汚い犬だったのが毛並みがフワッフワになりまして」
「ご主人、コゲタ、まだちくちくする」
「あらまあ!」
ドロテアさんが目を輝かせた。
一見すると、人間離れした美貌に真っ白な肌。
星がまたたく夜闇のような艶ある黒髪の、見る者に息を呑ませるような美女。
だが、彼女がとても人懐こい表情で笑うのを僕はよく知っている。
ニコニコしながら、コゲタを撫でるドロテアさん。
あまり可愛くない犬だと思っていたが、徹底的にクリーニングされて美人さんになってしまったコゲタである。
確かに撫で回したくなる気持ちはよく分かる。
「きゃうーん、ご主人~」
「ドロテアさん、その辺りで勘弁してあげてください。コゲタはまだスキンシップが苦手なのです」
「あらあら、ごめんなさいね。あまりに可愛らしかったものだから……。お二人とも中へどうぞ」
僕らは招かれ、ギルマス邸に入った。
いつもながら、大きな家だ。
貴族のお屋敷に比べればこじんまりしたものだが、庭はあるし、木造二階建てで一階ごとに部屋は5つもある。
「子どもたちが独り立ちしてから、すっかり広くなってしまったわ」
ドロテアさんはちょっと寂しかったのだろう。
そこへ僕がやって来たので、こうして良くしてくれているのだ。
ギルマスからの紹介もあったしね。
なお、ドロテアさんに手を出したら肉体的にも社会的にも殺すとギルマスから言い聞かせられている。
恐ろしいことだ。
あの男は実際にやる。
入口で靴の土を落とし、コゲタの足の裏を拭いてやる。
すると、コゲタはまっさきにトコトコと部屋の中へ歩いていった。
「コゲタ、変なのに触ってはいけないぞ」
「ご主人、ここ、怖いもののにおいしない」
「そうかそうか。ギルマスがいるから怖いものはいるけどな!」
「ふふふ。あの人は確かに、怖く見えることがあるものね」
本当は優しいんですけど、と言うドロテアさんだが、そりゃああなたが相手だから優しいんですよ!
「ではドロテアさん、粉の話をしましょう……。極上の粉ですよ……。って、またコゲタを撫でてる」
「あっ、ごめんなさい。つい……」
「犬を撫でた手で料理はできませんからね。手を洗ってから開始しましょう」
「はあい。ふふふ。ナザルさんがまるで先生みたい」
「そういうこともあります」
ドンッと粉の入った紙袋を置く。
この世界、まだビニール袋が開発されていないからね。
全ては紙袋でどうにかするしかない。
パタパタとドロテアさんがやって来た。
僕は木製のボウルに、粉をあける。
「まあ……! なんてきれいな粉……! キラキラ輝いているわ!」
「職人が手ずから挽いた極上の粉ですよ……。衣にしてよし、そのまま練って焼いてよし、茹でてうどんにしてよし」
「うどん……?」
「今度研究してからごちそうしましょう……」
油に頼らないという手もあるな。
僕のアイデンティティの否定という気もするが。
「じゃあ早速……ドーナッツを作りましょう!」
「いいですね! やりましょう!」
ということで、僕はこの粉を用いてスイーツを作ることにしたのだった。
二人でバリバリと生地を作る。
卵でゆるく溶いて衣にしたことはあったが、砂糖を混ぜて本格的なお菓子は作っていなかったからね。
「いい香り……。麦の良さを活かしながら挽いたのね。これ、本当にいい粉だわ」
その横で、僕は砂糖を入れない小さい生地を練っておく。
「あら。それは?」
「コゲタのドーナッツです」
「いい御主人様ね。コゲタちゃんは幸せだわ」
「犬は大事にすることにしてるんですよ」
コゲタはギルマス邸を探検しているようだ。
あまり触ったりするなよと言い聞かせているから、変なことはしないと思う。
コボルドは犬よりも賢いから、こういうところは安心だ。
さて、本来ならしばらく置いておいて発酵させるところだが……。
「ここで秘密兵器……いや、秘密の道具ですよ」
「あらまあ! 何かしら!」
「重曹です」
「まあ! お鍋をきれいにするために使うものじゃないの?」
「それの食べられるのを見つけたんですよ。この間、コゲタの職場探しで商業地区行った時に。これをですね、パラパラっと入れると……」
「泡立ってきたわ。不思議……」
「そういうものなんです。これで中にたっぷり空気を含ませて、熱した油に……!」
じゅわーっと揚がるドーナッツ。
素晴らしい香りが部屋中に広がっていった。
「これは……前までのドーナッツとは別次元の香りだ……。腹が減る……」
「わんわん!!」
コゲタが匂いに惹かれて戻ってきた。
おや?
頭の上に何か載せているが……。
小さな鉢植えみたいだ。
「あれ? なんですかあの鉢植え」
「ああ、あれはね。露天商の方から買った種なの。万能のお薬になる野菜の種ですよって言われて買ったんだけど、魔力が無い人には育てられないんですって」
「へえー。青々と葉を茂らせているように見えますけど」
「ええ。私と相性が良かったみたい。たった数日であんなに育って」
たった数日で……!?
それは普通じゃない。
そもそも、魔力を吸って育つ植物なんて、モンスターみたいなものじゃないか。
もしかして……。
何か怪しいものだったりするのでは?
そんなこをと思っていたら、ドーナッツがいい感じで揚がったようだ。
僕はしばらく、この揚げ菓子に集中するのだった。
当然、主であるギルマスは留守。
冒険者ギルドの奥で、しかめっつらをしながら書類を睨んでいることだろう。
では、主なきギルマス邸で僕は何をするのか?
それは、ギルマス婦人であり、永遠に年を取らぬ神秘の女性であるドロテアさんからお料理を習うのである。
「ドロテアさん! ナザルが参りました。あなたの弟子のナザルです!」
「ナザルさんいらっしゃい! 楽しみにお待ちしていました! とってもいい粉が手に入ったんですって?」
「そうなんですよ……。あ、こっちは最近僕の従者になったコゲタです。僕が仕事をしている間に宿のおかみさんにゴシゴシ洗われたらしくて、ちょっと汚い犬だったのが毛並みがフワッフワになりまして」
「ご主人、コゲタ、まだちくちくする」
「あらまあ!」
ドロテアさんが目を輝かせた。
一見すると、人間離れした美貌に真っ白な肌。
星がまたたく夜闇のような艶ある黒髪の、見る者に息を呑ませるような美女。
だが、彼女がとても人懐こい表情で笑うのを僕はよく知っている。
ニコニコしながら、コゲタを撫でるドロテアさん。
あまり可愛くない犬だと思っていたが、徹底的にクリーニングされて美人さんになってしまったコゲタである。
確かに撫で回したくなる気持ちはよく分かる。
「きゃうーん、ご主人~」
「ドロテアさん、その辺りで勘弁してあげてください。コゲタはまだスキンシップが苦手なのです」
「あらあら、ごめんなさいね。あまりに可愛らしかったものだから……。お二人とも中へどうぞ」
僕らは招かれ、ギルマス邸に入った。
いつもながら、大きな家だ。
貴族のお屋敷に比べればこじんまりしたものだが、庭はあるし、木造二階建てで一階ごとに部屋は5つもある。
「子どもたちが独り立ちしてから、すっかり広くなってしまったわ」
ドロテアさんはちょっと寂しかったのだろう。
そこへ僕がやって来たので、こうして良くしてくれているのだ。
ギルマスからの紹介もあったしね。
なお、ドロテアさんに手を出したら肉体的にも社会的にも殺すとギルマスから言い聞かせられている。
恐ろしいことだ。
あの男は実際にやる。
入口で靴の土を落とし、コゲタの足の裏を拭いてやる。
すると、コゲタはまっさきにトコトコと部屋の中へ歩いていった。
「コゲタ、変なのに触ってはいけないぞ」
「ご主人、ここ、怖いもののにおいしない」
「そうかそうか。ギルマスがいるから怖いものはいるけどな!」
「ふふふ。あの人は確かに、怖く見えることがあるものね」
本当は優しいんですけど、と言うドロテアさんだが、そりゃああなたが相手だから優しいんですよ!
「ではドロテアさん、粉の話をしましょう……。極上の粉ですよ……。って、またコゲタを撫でてる」
「あっ、ごめんなさい。つい……」
「犬を撫でた手で料理はできませんからね。手を洗ってから開始しましょう」
「はあい。ふふふ。ナザルさんがまるで先生みたい」
「そういうこともあります」
ドンッと粉の入った紙袋を置く。
この世界、まだビニール袋が開発されていないからね。
全ては紙袋でどうにかするしかない。
パタパタとドロテアさんがやって来た。
僕は木製のボウルに、粉をあける。
「まあ……! なんてきれいな粉……! キラキラ輝いているわ!」
「職人が手ずから挽いた極上の粉ですよ……。衣にしてよし、そのまま練って焼いてよし、茹でてうどんにしてよし」
「うどん……?」
「今度研究してからごちそうしましょう……」
油に頼らないという手もあるな。
僕のアイデンティティの否定という気もするが。
「じゃあ早速……ドーナッツを作りましょう!」
「いいですね! やりましょう!」
ということで、僕はこの粉を用いてスイーツを作ることにしたのだった。
二人でバリバリと生地を作る。
卵でゆるく溶いて衣にしたことはあったが、砂糖を混ぜて本格的なお菓子は作っていなかったからね。
「いい香り……。麦の良さを活かしながら挽いたのね。これ、本当にいい粉だわ」
その横で、僕は砂糖を入れない小さい生地を練っておく。
「あら。それは?」
「コゲタのドーナッツです」
「いい御主人様ね。コゲタちゃんは幸せだわ」
「犬は大事にすることにしてるんですよ」
コゲタはギルマス邸を探検しているようだ。
あまり触ったりするなよと言い聞かせているから、変なことはしないと思う。
コボルドは犬よりも賢いから、こういうところは安心だ。
さて、本来ならしばらく置いておいて発酵させるところだが……。
「ここで秘密兵器……いや、秘密の道具ですよ」
「あらまあ! 何かしら!」
「重曹です」
「まあ! お鍋をきれいにするために使うものじゃないの?」
「それの食べられるのを見つけたんですよ。この間、コゲタの職場探しで商業地区行った時に。これをですね、パラパラっと入れると……」
「泡立ってきたわ。不思議……」
「そういうものなんです。これで中にたっぷり空気を含ませて、熱した油に……!」
じゅわーっと揚がるドーナッツ。
素晴らしい香りが部屋中に広がっていった。
「これは……前までのドーナッツとは別次元の香りだ……。腹が減る……」
「わんわん!!」
コゲタが匂いに惹かれて戻ってきた。
おや?
頭の上に何か載せているが……。
小さな鉢植えみたいだ。
「あれ? なんですかあの鉢植え」
「ああ、あれはね。露天商の方から買った種なの。万能のお薬になる野菜の種ですよって言われて買ったんだけど、魔力が無い人には育てられないんですって」
「へえー。青々と葉を茂らせているように見えますけど」
「ええ。私と相性が良かったみたい。たった数日であんなに育って」
たった数日で……!?
それは普通じゃない。
そもそも、魔力を吸って育つ植物なんて、モンスターみたいなものじゃないか。
もしかして……。
何か怪しいものだったりするのでは?
そんなこをと思っていたら、ドーナッツがいい感じで揚がったようだ。
僕はしばらく、この揚げ菓子に集中するのだった。
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