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終
終 教師の前に必要なのは
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翌日、ユインは魔王の側近トレスカに呼び出された。
どこか納得のいかない顔で、ユインに向け言い渡す。
「そなたには二つの選択肢がある」
「聞こうか」
「一つは、この国でこのまま暮らすことだ。陛下は、そなたに帝国時代と同じ将軍職を用意しようとおっしゃっている」
「ほう」
同格の職とは言え、敵国の捕虜に対しての申し出と思えば、破格と言えよう。
「もちろん、足枷は付けさせて貰う。いや、物理的なものではない。そなたの家族や婚約者を帝国から魔王領へ呼び寄せろ、という話だ」
「ああ……それで。もう一つは」
ユインは頷いただけで、先を促した。
苛立って、だがそれを声の裏に潜ませただけでトレスカは残る選択肢について語った。
「もう一つは、帝国に戻ることだ」
「帰してくれるのか、捕虜のおれを?」
これこそまさに、青天の霹靂だ。
良くも悪くも意外過ぎる話に、ユインは思わず身を乗り出した。
トレスカは相変わらず眉をひそめていたが、説明を途中でやめるつもりはないらしい。
「もちろん、制限はある。代わりにそなたの婚約者をこの国に送るのだ。交換条件、というやつだな」
「……なるほどな」
ユインは苦笑し、そしてゆっくりと首を左右に振った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「なぜお前は、どっちも頷かないのだ!」
扉を開けた途端、枕と共に罵声が飛んできた。
聞きなれた声は、その姿を見る前にユインの唇を緩ませてくれる。
「なんだ、アグラヴィス。おれを魔王領の将軍に就けたかったのか?」
「バカ、そういう話ではない! 俺の妹を返せと言っておるのだ、分かっているだろう!」
ユインの部屋の粗末な寝台にあぐらをかいている魔王は、どうやらずっとご立腹だったらしい。
扉を閉めた途端に、ユインの元へと駆け寄ってきた。
「我が妹のわがままを別にすれば、お前の方は特段、あいつのことが好きな訳でもないだろう? その身柄をここに返すことを考えれば、どちらを選んでも損はない。いや、あのイカレ帝国の皇帝を見限って俺の元で働けるならこれ以上の幸運はないだろう!? なのに、あの好条件をけんもほろろに断るとは……!」
「お前は少し、考え違いをしているな」
首を傾げ、見上げてくる紅の瞳をまっすぐに見下ろし、ユインは自嘲の笑みを浮かべた。
「お前は妹を取り戻すために、おれに抱かれている。おれがどんな無体をしようと断れない。そういうことだったな?」
「……そ、そう……とも言えるが」
「ならば、おれにとって最も良い待遇は、今のこの状況だ。なんなら、例の肉体労働を課して貰っても構わないぞ。お前を好きに抱けるなら、多少の苦労はなんの問題もない」
見開かれた目がきょろきょろと泳ぐ。
ユインはその白い額にそっと口づけた。
「だから、お前こそ、余計なことを考えても無駄だぞ。早々に妹を取り返し、夜の講義を切り上げようとしているのだろうが、おれはそんな提案に乗るつもりはない」
「あ……いや。それはまあ、また別の話なのだが」
「なんだ?」
会話の隙間に、唇は額から頬へ、そして唇の上へと滑った。
触れた唇の隙間から、意外にも小さな舌先が入り込んでくる。
「……つまりだな。妹のことはこれでケリをつけるが、その……閨には教師の前に必要なものがあると、俺は学習したのだ」
「それはなんだ?」
吐息を吸うように、鼻先でアグラヴィスの薄桃色の唇が動く。
「閨には、恋人がいてしかるべきだ。そうだろう?」
「ほう」
「……いや、さすがにもうちょっとその……回数は控えてほしいところなのだが」
「ああ、善処しよう」
「ほ、本当か!? 今度執務中に寝落ちたりしたら、トレスカに死ぬほど怒られるのだから、重々頼むぞ!」
実際にそれが叶うかどうかは、ユインの忍耐力次第ではあるのだが。
さすがに寿命を縮める程に抱き潰すのは、大変にまずいと理解はしている。
ユインが重々しく頷くと、魔王はほっとしたようにユインの胸にしがみついてきた。
「であれば、公私ともに俺の片腕として働くことに興味があるだろう? あるな? 例の話を受けるな?」
「……おれは私だけでも十分満足だが」
「考えてもみろ。次に帝国との戦になれば、俺は再び戦場に赴くぞ。帝国と違って、俺は自ら軍を率いるからな。その時にお前が将軍の地位にあれば、昼も夜も我が天幕で過ごすことができる訳だが」
「分かった。すべての条件はお前の言う通りで構わない。お前の元で公私ともに忠誠を誓おう」
二つ返事で告げるユインを、アグラヴィスは困ったように見つめている。
「……お前、そんなに俺のことを信じていいのか? 俺はまあ……自分で言うのもアレだが、そこそこ嘘をつくし、あまり誠実とは言い難いぞ」
「だが、おれの恋人なのだろう? ならば、その言葉と心を疑うことはしない」
単純な、と囁かれたが、ユインに前言を撤回するつもりはなかった。
なにせ、魔王の閨教育は始まったばかりなのだ。
恋人にはどのように尽くすべきか、この身をもって教えてやらねばならないのだから。
どこか納得のいかない顔で、ユインに向け言い渡す。
「そなたには二つの選択肢がある」
「聞こうか」
「一つは、この国でこのまま暮らすことだ。陛下は、そなたに帝国時代と同じ将軍職を用意しようとおっしゃっている」
「ほう」
同格の職とは言え、敵国の捕虜に対しての申し出と思えば、破格と言えよう。
「もちろん、足枷は付けさせて貰う。いや、物理的なものではない。そなたの家族や婚約者を帝国から魔王領へ呼び寄せろ、という話だ」
「ああ……それで。もう一つは」
ユインは頷いただけで、先を促した。
苛立って、だがそれを声の裏に潜ませただけでトレスカは残る選択肢について語った。
「もう一つは、帝国に戻ることだ」
「帰してくれるのか、捕虜のおれを?」
これこそまさに、青天の霹靂だ。
良くも悪くも意外過ぎる話に、ユインは思わず身を乗り出した。
トレスカは相変わらず眉をひそめていたが、説明を途中でやめるつもりはないらしい。
「もちろん、制限はある。代わりにそなたの婚約者をこの国に送るのだ。交換条件、というやつだな」
「……なるほどな」
ユインは苦笑し、そしてゆっくりと首を左右に振った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「なぜお前は、どっちも頷かないのだ!」
扉を開けた途端、枕と共に罵声が飛んできた。
聞きなれた声は、その姿を見る前にユインの唇を緩ませてくれる。
「なんだ、アグラヴィス。おれを魔王領の将軍に就けたかったのか?」
「バカ、そういう話ではない! 俺の妹を返せと言っておるのだ、分かっているだろう!」
ユインの部屋の粗末な寝台にあぐらをかいている魔王は、どうやらずっとご立腹だったらしい。
扉を閉めた途端に、ユインの元へと駆け寄ってきた。
「我が妹のわがままを別にすれば、お前の方は特段、あいつのことが好きな訳でもないだろう? その身柄をここに返すことを考えれば、どちらを選んでも損はない。いや、あのイカレ帝国の皇帝を見限って俺の元で働けるならこれ以上の幸運はないだろう!? なのに、あの好条件をけんもほろろに断るとは……!」
「お前は少し、考え違いをしているな」
首を傾げ、見上げてくる紅の瞳をまっすぐに見下ろし、ユインは自嘲の笑みを浮かべた。
「お前は妹を取り戻すために、おれに抱かれている。おれがどんな無体をしようと断れない。そういうことだったな?」
「……そ、そう……とも言えるが」
「ならば、おれにとって最も良い待遇は、今のこの状況だ。なんなら、例の肉体労働を課して貰っても構わないぞ。お前を好きに抱けるなら、多少の苦労はなんの問題もない」
見開かれた目がきょろきょろと泳ぐ。
ユインはその白い額にそっと口づけた。
「だから、お前こそ、余計なことを考えても無駄だぞ。早々に妹を取り返し、夜の講義を切り上げようとしているのだろうが、おれはそんな提案に乗るつもりはない」
「あ……いや。それはまあ、また別の話なのだが」
「なんだ?」
会話の隙間に、唇は額から頬へ、そして唇の上へと滑った。
触れた唇の隙間から、意外にも小さな舌先が入り込んでくる。
「……つまりだな。妹のことはこれでケリをつけるが、その……閨には教師の前に必要なものがあると、俺は学習したのだ」
「それはなんだ?」
吐息を吸うように、鼻先でアグラヴィスの薄桃色の唇が動く。
「閨には、恋人がいてしかるべきだ。そうだろう?」
「ほう」
「……いや、さすがにもうちょっとその……回数は控えてほしいところなのだが」
「ああ、善処しよう」
「ほ、本当か!? 今度執務中に寝落ちたりしたら、トレスカに死ぬほど怒られるのだから、重々頼むぞ!」
実際にそれが叶うかどうかは、ユインの忍耐力次第ではあるのだが。
さすがに寿命を縮める程に抱き潰すのは、大変にまずいと理解はしている。
ユインが重々しく頷くと、魔王はほっとしたようにユインの胸にしがみついてきた。
「であれば、公私ともに俺の片腕として働くことに興味があるだろう? あるな? 例の話を受けるな?」
「……おれは私だけでも十分満足だが」
「考えてもみろ。次に帝国との戦になれば、俺は再び戦場に赴くぞ。帝国と違って、俺は自ら軍を率いるからな。その時にお前が将軍の地位にあれば、昼も夜も我が天幕で過ごすことができる訳だが」
「分かった。すべての条件はお前の言う通りで構わない。お前の元で公私ともに忠誠を誓おう」
二つ返事で告げるユインを、アグラヴィスは困ったように見つめている。
「……お前、そんなに俺のことを信じていいのか? 俺はまあ……自分で言うのもアレだが、そこそこ嘘をつくし、あまり誠実とは言い難いぞ」
「だが、おれの恋人なのだろう? ならば、その言葉と心を疑うことはしない」
単純な、と囁かれたが、ユインに前言を撤回するつもりはなかった。
なにせ、魔王の閨教育は始まったばかりなのだ。
恋人にはどのように尽くすべきか、この身をもって教えてやらねばならないのだから。
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