魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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強制送還(2)

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 闇の祠と思われる建物より手前の森で、ギルが停止する。彼は大口を開け、まるで何かに噛み付くかのような動作をした。
 直後、ミシミシという何かが軋む音が辺りに響く。
 そして、バリンと何かが割れるような音がして。同時にギルの姿はフッと消えてしまった。

「えっ」

 驚いた私の声に、ツッチーの「おー」という感嘆の声が重なる。

「相変わらず無駄に魔力高いな、当代の魔王は。日があるうちに闇の領域に強引に入るなんてさ。あんな奴をここに引き留めたいなんて、人間は本当怖いもの知らずだよな」
「やっぱりギルは、相当強いんですか?」

 私は、しゃがんで土の精霊と目線を合わせた。

「やばいな、あれは。先代なんて比じゃない。先代魔王が来た時は、おれっちたちが作った道を魔物と一緒に渡ってきた。世界を繋いだ道はそう大きくないから、少数精鋭だ。でもギルガディスはこっちで増えた魔物たちも、残留希望者を除いて全員連れ帰るつもりらしい」
「あ、はい。私もそう聞いてます。まずはギルが魔界に帰って、そこから魔物たちを纏めて手元に回収するとか」
「それさ、どういう意味かわかるか?」
「どう?」

 私はツッチーの質問の意図がわからず、首を傾げた。
 どうも何も、ギルの言葉通り向こうに帰ったら回収するという話ではないのだろうか。

「魔王から直接聞いてるお嬢ちゃんでも思い至らないなら、他の人間がわからなくても無理ないか。――あ、光のところへ行くなら、おれっちも祠ごと連れて行ってくれ。新しい祠をまた壊されるのは、ごめんだ」

 言って、ツッチーが木桶の中に戻り、その中でゴロリと横になる。
 私は木桶を抱えて、立ち上がった。

「魔界からこっちの魔物を呼べるんだから、当然逆もできるんだよ。やろうと思えば、あいつは魔界の魔物を全部こっちに呼べる。人間なんて数日で滅ぶだろうよ」
「え」

 歩き出そうとして、その足が止まる。
 しかしそれをツッチーに「ほら、歩いた歩いた」と促され、私は鈍いながらも歩みを再開した。

「それをしないのは、この地に先祖の夫婦が眠っているからとか、人間の街が面白いからとか。そんな些細な理由なわけ。生かすも殺すも、あいつの気持ち次第なんて、生きた心地しねぇよ。おれっちが人間なら、一刻も早くお帰り願いたいとこだぜ、そんな奴」

 高台のワープ地点を越え、辺りの景色が集落に変わる。
 さて、今回はどのワープから出て来たのか。私はミニマップを注視して――思わず目を見開いた。

「!?」

 最初に来た時には無かった、敵を現す赤いマークが表示されている。
 この場所で敵として表示される存在。――間違いない、カシムだ。

「どうした、お嬢ちゃん」

 ツッチーが身を起こしたのが、気配でわかった。
 けれど私はマップの赤いマークから、目が離せない。

(やっぱり、真っ直ぐこっちに向かって来てる……!)

 今日の私の服装は、精霊の村と保護色になっているはず。あんなに遠くから、私を正しく認識できるはずがない。

(……待って。ミニマップはプレイヤーの機能。で、勇者と言えば大体プレイヤーキャラなわけで……)

 考えながら、頬が引き攣るのがわかる。
 カシムもミニマップが見えている。そうとしか考えられない。

「もうっ」

 私は手近の空き家に入った。そして手早く物陰に木桶を隠す。

「お嬢ちゃん?」
「ツッチーは、ここにいて下さい。それから今通って来たワープを、高台に繋げてもらえませんか。カシムが私を追ってきてる」
「えっ、お、おい」

 家の扉を閉め、私はもう一度マップを確認した。
 カシムは距離を詰めてはいるが、動きは慎重。つまり彼は敵がいることはわかっても、視認できてはいないということだ。相手が私だとわかれば、彼は警戒などしないだろうから。
 私は急いで今し方通って来たワープ地点を、もう一度踏み越えた。ツッチーに頼んだ通り、ちゃんと高台に出る。
 花畑を過ぎ、急斜面の下に広がる森を見下ろす。
 ゴクリと生唾を飲み込む。

(実は来た時から気になってた、一方通行のアイコン表示ーーー!)

 そして私は心の中で叫びながら、目の前の斜面を駆け下りた。
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