転生したら悪役令嬢未満でした。

月親

文字の大きさ
22 / 27

真相を知りました。(4)

しおりを挟む
「無邪気に僕に話しかける君に、「僕は腹の中ではこんなことを考えている」って。前と同じことを考えながらも、前はあった罪悪感がなくなった。それまでも君のことは好きだったけど、ストッパーがなくなったからかな、もっと強く君が好きだと思うようになった。――――だから、突然の君のほうに心が付いていけなかった」

 ただ懐かしげに思い出を語っていたリヒト王子が一転、苦しげな表情に変わる。
 彼が絞り出すように言った最後の一言に、私はハッとして目の前にいる彼に意識を戻した。

「菫ちゃんが予約していた『あな届』のファンブックは、僕が買い取ったんだ。なんかさ、君がそのうちひょっこり帰ってきて、予約した本がどうなったかを聞いてくるような気がして。いつでも渡せるように持ち歩いてた。君の名前が書かれた予約票も……ずっと持ってたよ。――まあ、実は僕も割とすぐ風邪をこじらせての肺炎で死んだんだけど。あの本のお陰で僕も君がいるこの世界に来られたのかな」
「そう……だったんだ」

 乾いた笑いを見せたリヒト王子に、私はつかえながら相槌を打った。
 私の方が生きていて理人が死んでしまったなら、やっぱり心が付いていかなかっただろう。それこそ彼がひょっこり帰って来るかと、双子岩で日がな一日過ごしてしまうこともあったかもしれない。
 想像しただけで虚しい。やるせない。本を持ち歩いていたという理人の気持ちが痛いほどわかり、私は切なさで胸が苦しくなった。

「いつだったか、僕が言い掛けて止めた言葉を「秘密」だと誤魔化したよね。あのとき僕は、君が僕のことを好きなんだと気付いて。だからそれを言おうとしたけど、止めたんだ。君自身がそのことに気付いたとき、君はどんな顔をするんだろうって思ったから」

 リヒト王子の表情が幾分か和らぎ、よく見る微笑のそれに変わる。――彼にしては下手な微笑みではあったけれど。

「だから君がいなくなったあの日から、ずっと後悔してた。どうして僕は、いつでも君に好きだと伝えられると思っていたんだろうって。僕が君に好きだと言って、そのときに君の顔がどんな顔をしてくれるのか、そっちを見ればよかったって。ずっと……後悔してた」
「理人は……どうしてヴィオレッタが菫だと気付いたの? 私も前世を思い出したのに、リヒト王子が理人だなんて、全然わからなかった」
「ああ、それ」

 私の問いにリヒト王子はそこで言葉を句切り、そしてくすっと笑った。
 その笑った顔は、ようやくいつもの彼に戻っていた。

「単純な話だよ。四歳のヴィオがもう、菫ちゃんと同じ癖を持ってた。だからずっとそうじゃないかと思ってた」
「癖?」
「そう、癖。菫ちゃんはさ、考えごとをしていると、テーブルとか自分の身体とかを叩く癖があるんだよ。で、それが三三七拍子。どうみても西洋風な顔つきの女の子がそれをやったときには、思わず笑いかけちゃったよ。中身がめちゃくちゃ日本人! って」
「知らなかった……」

 トントントン
 トントントン
 三三七拍子の三三の部分を、リヒト王子が指先でテーブルを叩いてみせる。
 確かにそのリズム、身に覚えがあるような……。

「でも、同じ癖を持っているだけという可能性も勿論あって。だから次に会ったときに、紙風船をヴィオに贈ったんだ。菫ちゃんの家にあったものとよく似たものを見つけたから、これしかないって思って。でも残念ながら、そのときの君は「こんな珍しい物見たことがない」って言った。その後、会う度に日本ぽい物を渡したけど、やっぱり君は「珍しい物」と認識してた。――だから、『陽だまり』のアップルパイを君が用意してくれたときは、本当に驚いたんだ」

 リヒト王子が、自分の食べかけのアップルパイを見下ろす。それから彼は目をつむり、込み上げる感情を味わうかのように一度大きく息を吸い、吐いた。

「君はあのとき僕に、僕がアップルパイを好きだと聞いたと言ったけど、それは有り得ないんだ。だって僕はあの時点で、リヒト王子として生まれてから一度もアップルパイを食べたことがなかったんだから」
「……え?」
「君にヴィオでない記憶があって、『あな届』のリヒト王子の好物を知っていて。そして菫ちゃんと同じ癖があって。――ようやく確信できた。ずっと会いたかった君に会えた。あのときの衝撃と言ったら、言葉では言い表せない。今も鮮明に覚えているよ」
「あ……」

 リヒト王子の『衝撃』という単語に、アップルパイを前に呆然となっていた彼を思い出す。
 私はそのときただ、そんなに大好物なのかとしか思っていなかった。まさかあれがそんな重大出来事だったなんて。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

気づいたら悪役令嬢でしたが、破滅フラグは全力で避けます!

腐ったバナナ
恋愛
目を覚ますと、乙女ゲームの世界で悪役令嬢として転生していた私――リリナ・フォン・ヴァルデン。 ゲームでは、王子への婚約破棄やヒロインへの嫌がらせが原因で破滅する役回り。 でも、私はもう一度人生をやり直せる! フラグを確認し、全力で回避して、自由に、そして自分らしく生きると決めた。 「嫌なイベントは全部避けます。無理に人を傷つけない、そして……自分も傷つかない!」 だけど、自由奔放に行動する私のせいで、王子もヒロインも周囲も大混乱。 気づけば、破滅するはずの悪役令嬢が、いつの間にか一目置かれる存在になってしまった!?

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

処理中です...