27 / 27
エピローグ 転生する前から愛され令嬢でした。
しおりを挟む
ほんの少し日が傾いた時間帯の港町。私とリヒト王子は今日もなかなかの釣果を上げた後、桟橋に二人並んで座っていた。
来週結婚式のはずが、もう熟年夫婦のお出かけになっている気がする。
「昔もこうやって二人で、桟橋で日が沈むのを見てたことがあったよね」
そう思ったところに始まった昔語り。
熟年夫婦感を増してどうする――と呆れた直後、はたと私は、彼の言う「昔」がいつを指すのかに気付いた。すっかり夕焼けになった空に目を移した彼の横顔を見る。
「僕が将来、父さんのような漁師になりたいって話をしたら、君も漁船に乗りたいって言い出して。君の夢は明らかに漁師じゃないから一時的な興味かと思っていれば、予想に反していつまでもそう言っていて。だから僕は君を船に乗せる約束をして。――したのに、君があんなに喜んでくれたのに、僕はその約束を果たせなかった……」
私に話すというより独白のようだったそれに、私はハッとさせられた。
そうだ、「船を買ったら乗せてあげる」と約束してくれたのは理人だった。そして私が漁船に興味を持ったきっかけは、理人が漁師になりたいと言ったこと。――あれ? 私もしかして、知らないままにかなり初恋を拗らせていた……?
「ねぇ、菫ちゃん。……キスしていい?」
「!?」
出かけた「ほへっ」という奇声を、慌てて空気ごと呑み込む。
ええい、だから来たる結婚式に向けて、菫な言動になりかねない遣り取りは厳禁だというのに。少しは協力をしてくれても――って今、そもそも菫呼びしなかった?
「来週、リヒトはヴィオと結婚するでしょ。で、そこから先はずっとリヒトとヴィオで幸せになる――」
リヒト王子――理人がそこで言葉を区切って、私に向き直る。
「だから先に、理人で菫ちゃんにしてもいい?」
「……」
どんな理屈だと言おうとして、言えなくなる。
思いの外、真剣な眼差しがそこにあって。私は口を――それから瞼を閉じた。
理人が息を呑んだ音がした。次いでふわりと、香水や石鹸とは違った理人の匂いがした。
「……っ」
瞬間、唇に柔らかな感触がくる。いつでも涼しい顔をしているくせに、唇は熱くて。
反射的に跳ねた肩に、大きな手が置かれた感覚がする。横髪を梳いてきた手に、頬を撫でられる。その間、絶え間なく重ねるだけのキスが繰り返される。
五感をすべて理人に持って行かれているのに、どうして自分の心臓の音だけはよく聞こえるのか。こんなにドキドキしていたら、絶対に本番の式でしくじる。どうしよう。
いやその前に既に、どうしたらいいかわからないことがある。ねぇこれ、いつ目を開ければいい!?
「ふふっ。そろそろ目を開けて」
言ってくれるとか親切!
私はパチッと目を開けて、途端、バチッと理人と目が合った。でもって、お互い明後日の方角を向いたはずが、明後日が同じ場所にあったようで。ここでもまた、示し合わせたようにお互い頭を掻いてしまう。
「……理人。やっぱり私の心の声、聞こえてない?」
「そんな超常的な力はないなあ。いつだって僕は、可能性がありそうなことを言ってるだけだよ。ほら、日本にあった占い本的な。誰が読んでも大体「思い当たる節がある」ってなる、あれと同じ」
「じゃあ今、私が何を考えているか当ててみて」
「今? そうだなあ……君から僕にキスをしたい、かな」
「えっ? ――そう見えるの?」
思いも寄らない答えが来て、まじまじと理人を見てしまう。
触ったところでわかるはずもないのに、ついぺたぺたと手で顔も探ってしまう。
「いや、そう見えるわけじゃないよ。普通に言い当てようとすれば、「僕はどう答えるんだろう」になるだろうから。言ったでしょ、可能性がありそうなことを言うって。で、言われて「思い当たる節がある」となったら、せいぜい「思い当たる」くらいだったその気持ちに急に焦点が行って、行動に移したくなる。また占い本に例えたなら、パワーストーンを買ってみたり、カーテンの色を替えてみたりね」
「……そうやってネタばらしをして、私がすると思うの?」
ここまで騙しの手口を語られて騙されるほど、馬鹿ではないと思うのだけれど? 私はジトッと理人を睨んでやった。
「するんじゃないかな?」
「その根拠は?」
まだそんなことを宣う彼に、私はすかさず問い質した。
「僕がして欲しいから。君は僕にする」
が、それ以上の高速反応で理人から返事がくる。しかも私を思わず「うっ」と言わせるような。
にこにこ顔な理人の、無言の催促。それを前にして彼の思惑通り「思い当たって行動に移したくなってしまった」のだから、仕方がない。
「……ぐぅ」
私は敗北の呻き声を上げた後、最高にあざと可愛いその顔へと唇を寄せた。
-END-
来週結婚式のはずが、もう熟年夫婦のお出かけになっている気がする。
「昔もこうやって二人で、桟橋で日が沈むのを見てたことがあったよね」
そう思ったところに始まった昔語り。
熟年夫婦感を増してどうする――と呆れた直後、はたと私は、彼の言う「昔」がいつを指すのかに気付いた。すっかり夕焼けになった空に目を移した彼の横顔を見る。
「僕が将来、父さんのような漁師になりたいって話をしたら、君も漁船に乗りたいって言い出して。君の夢は明らかに漁師じゃないから一時的な興味かと思っていれば、予想に反していつまでもそう言っていて。だから僕は君を船に乗せる約束をして。――したのに、君があんなに喜んでくれたのに、僕はその約束を果たせなかった……」
私に話すというより独白のようだったそれに、私はハッとさせられた。
そうだ、「船を買ったら乗せてあげる」と約束してくれたのは理人だった。そして私が漁船に興味を持ったきっかけは、理人が漁師になりたいと言ったこと。――あれ? 私もしかして、知らないままにかなり初恋を拗らせていた……?
「ねぇ、菫ちゃん。……キスしていい?」
「!?」
出かけた「ほへっ」という奇声を、慌てて空気ごと呑み込む。
ええい、だから来たる結婚式に向けて、菫な言動になりかねない遣り取りは厳禁だというのに。少しは協力をしてくれても――って今、そもそも菫呼びしなかった?
「来週、リヒトはヴィオと結婚するでしょ。で、そこから先はずっとリヒトとヴィオで幸せになる――」
リヒト王子――理人がそこで言葉を区切って、私に向き直る。
「だから先に、理人で菫ちゃんにしてもいい?」
「……」
どんな理屈だと言おうとして、言えなくなる。
思いの外、真剣な眼差しがそこにあって。私は口を――それから瞼を閉じた。
理人が息を呑んだ音がした。次いでふわりと、香水や石鹸とは違った理人の匂いがした。
「……っ」
瞬間、唇に柔らかな感触がくる。いつでも涼しい顔をしているくせに、唇は熱くて。
反射的に跳ねた肩に、大きな手が置かれた感覚がする。横髪を梳いてきた手に、頬を撫でられる。その間、絶え間なく重ねるだけのキスが繰り返される。
五感をすべて理人に持って行かれているのに、どうして自分の心臓の音だけはよく聞こえるのか。こんなにドキドキしていたら、絶対に本番の式でしくじる。どうしよう。
いやその前に既に、どうしたらいいかわからないことがある。ねぇこれ、いつ目を開ければいい!?
「ふふっ。そろそろ目を開けて」
言ってくれるとか親切!
私はパチッと目を開けて、途端、バチッと理人と目が合った。でもって、お互い明後日の方角を向いたはずが、明後日が同じ場所にあったようで。ここでもまた、示し合わせたようにお互い頭を掻いてしまう。
「……理人。やっぱり私の心の声、聞こえてない?」
「そんな超常的な力はないなあ。いつだって僕は、可能性がありそうなことを言ってるだけだよ。ほら、日本にあった占い本的な。誰が読んでも大体「思い当たる節がある」ってなる、あれと同じ」
「じゃあ今、私が何を考えているか当ててみて」
「今? そうだなあ……君から僕にキスをしたい、かな」
「えっ? ――そう見えるの?」
思いも寄らない答えが来て、まじまじと理人を見てしまう。
触ったところでわかるはずもないのに、ついぺたぺたと手で顔も探ってしまう。
「いや、そう見えるわけじゃないよ。普通に言い当てようとすれば、「僕はどう答えるんだろう」になるだろうから。言ったでしょ、可能性がありそうなことを言うって。で、言われて「思い当たる節がある」となったら、せいぜい「思い当たる」くらいだったその気持ちに急に焦点が行って、行動に移したくなる。また占い本に例えたなら、パワーストーンを買ってみたり、カーテンの色を替えてみたりね」
「……そうやってネタばらしをして、私がすると思うの?」
ここまで騙しの手口を語られて騙されるほど、馬鹿ではないと思うのだけれど? 私はジトッと理人を睨んでやった。
「するんじゃないかな?」
「その根拠は?」
まだそんなことを宣う彼に、私はすかさず問い質した。
「僕がして欲しいから。君は僕にする」
が、それ以上の高速反応で理人から返事がくる。しかも私を思わず「うっ」と言わせるような。
にこにこ顔な理人の、無言の催促。それを前にして彼の思惑通り「思い当たって行動に移したくなってしまった」のだから、仕方がない。
「……ぐぅ」
私は敗北の呻き声を上げた後、最高にあざと可愛いその顔へと唇を寄せた。
-END-
7
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
気づいたら悪役令嬢でしたが、破滅フラグは全力で避けます!
腐ったバナナ
恋愛
目を覚ますと、乙女ゲームの世界で悪役令嬢として転生していた私――リリナ・フォン・ヴァルデン。
ゲームでは、王子への婚約破棄やヒロインへの嫌がらせが原因で破滅する役回り。
でも、私はもう一度人生をやり直せる!
フラグを確認し、全力で回避して、自由に、そして自分らしく生きると決めた。
「嫌なイベントは全部避けます。無理に人を傷つけない、そして……自分も傷つかない!」
だけど、自由奔放に行動する私のせいで、王子もヒロインも周囲も大混乱。
気づけば、破滅するはずの悪役令嬢が、いつの間にか一目置かれる存在になってしまった!?
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。
これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは?
命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
初めまして。
こちらのお話をお勧め作品(?)を辿って行っているうちに辿り着きまして、最後まで引き込まれるように読ませて頂きました^^
ヒロインも勿論可愛いのですが、ヒーローも若干腹黒が垣間見えるのに可愛いってどう言う事!?と思いながら読んでました(笑)
あと個人的には、名称だけ(?)出てきて実際には話に一切絡んでこなかった王太子殿下がどんな方なのか気になりました(きっとお茶目な方だと言うのは想像できますがw)
最後までとても可愛らしいお話を有難う御座いました。
これから他の作品も是非読ませて頂きますね^^
久遠さん、初めまして!
読了に加えて感想まで、ありがとうございます!
ヒーローについて、ちゃんと正統派とは違う可愛さが表現できていたようで、ほっとしております(笑)
王太子殿下は弟の影響をかなり受けている、幸せな犠牲者的な役柄を意識してみました。私も彼は考えが柔軟なお茶目な方だと思います(笑)
他の作品も読んでいただけるということで、感謝の気持ちでいっぱいです。
楽しんでいただけたなら幸いです。
ありがとうございました!