渉くんの育性日記

秋元智也

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第一話 出会い

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初めに言っておくが、これは渉くんを助ける目的でした
事である。

俺は教育実習生として都内の私立学校へと来ていた。
そこは小学校ながら、成績が優秀な推薦組しか入れない
ようなお高く止まった学生達が通っている。

なので、やんちゃな生徒はほとんどいないと思われていた。

指導員の先生に付いてクラスを回ると、いつも一人でいる
生徒が目に入った。

「あの生徒はいつも一人ですね?何かあったのでしょうか?」
「あの生徒はね、いつも成績が優秀でよくできた生徒ですよ」
「じゃー、何でも一人なんですか?放課なら他の生徒と談笑
 しててもいいですよね?」
「優秀で馴染めないのでしょう。あまり気にしないでいいで
 すよ!」

指導員の先生にはそう言われてしまったが、その日から俺は
その生徒の事が気になって仕方がなかった。

ある日、帰りにゴミ捨て場に彼を見かけた。
近づいて話しかけようとすると、手には落書きがされた教科書
が握られていた。

「これはどうしたんだ!誰がこんな事を…?」
「大丈夫なので、ほかっておいて下さい…」

今にも泣き出しそうな目で言われると心臓が高鳴った。

「親は知ってるのかい?俺から話してみよう!」
「やめて!話さないで!」

必死に服を握る手が震えていた。

「なら、誰にも言わないから俺にだけ教えてくれないか?ここで
 言いにくいならうちにおいで。この近くだから。」

そう言って家までのメモと鍵を渡した。

やる事を終えて家に着くと、鍵は空いていて彼がいた。
俺は少し嬉しくなって鍵を後ろ手で閉めた。

「何があったんだい?話してくれるね?」
「僕…両親が共働きでいつもいないんです。母も父も夜遅くにしか
 帰って来ないし。そんな時、クラスの人にバカにされて、悔しく
 て言い返したら無視されるようになって。最近では靴を隠された
 り、教科書に落書きされてたり、今日は…教科書なくなってて、
 ゴミ捨て場に…。」
「辛かったね?君はこのままで耐えられるのかい?」
「…悔しいし…辛い…です。こんな事、親になんて言えないし…」

泣き出しそうな彼を見ると、つい抱きしめていた。
俺の胸の中で静かに泣いている彼が可愛くて仕方がなかった。

「そうだ、毎日うちにおいでよ。親御さんが帰ってくる間一人は
 辛いだろう?俺も早く終われば帰って来るし。どうだい?」
「いいの?でも…僕何も出来ないよ?」
「なら、ここで色々覚えればいいよ。ご飯や、勉強俺にできる事な
 らなんでも教えるよ!」

その時の彼の顔が忘れられないくらい、美しく感じた。
それからというもの毎日、学校が終わると家で待っていてくれるよ
うになった。
誰にも言えない秘密の友達みたいで、彼は嬉しそうだった。
彼の名前は後で知ったのだが、水嶋みずしま 渉わたるとい
った。小学6年生であどけない顔が中性的な子だった。

教育実習もあと残りわずかとなったある日、数人の生徒が体育倉庫
からぞろぞろと出て来ていた。
鍵をかけると、何やら笑いながら通り過ぎて行く。
俺は気にも止める事なく、1日を終えて家へと帰ってきた。

しかし、いつものように渉くんはいなかった。
静まり返った家に、寂しさを覚える。
携帯を鳴らしても一向に出ない。いくら待っても今日は渉くんは
来なかった。
次の日はテスト週間ということもあってか、自習にする先生も多
かった。

「あのー渉くん、今日は来てないですよね?」
「あぁ、彼なら優秀だから平気だろう?気にしなくていいよ。」
「ちょっと待って下さい。彼はいじめにあってますよね?知ってる
 んですか?」

俺は声を荒げて突き詰めると、先生はわかっていたかのように答え
てきた。

「仕方ないのだよ。成績が良ければ嫉妬や妬みを買うんだ。だが、
 そんな事を認めてしまえば教師はどうなる?保護者から何を言わ
 れるか分かったもんじゃないんだよ?君も分かったら、この事は
 黙っているように…今後教師を目指すのなら尚更だ!」

悔しくてならなかった。
自分に懐いてくれている渉くんを助ける事すらできない無力な自分。
俺は必死で渉くんを探した。携帯に何度か電話をするとトイレの奥
で鳴っているのが聞こえた。
慌てて中に入ると奥の掃除道具入れの中で鳴っている。

扉を開けるとそこには渉くんの学生服や鞄などが無造作に放り込ま
れていた。

俺は愕然となった。
昨日の夕方見た体育館倉庫…あそこを思い出して職員室に鍵を取り
に行くと急いでむかった。

学生時代以外にこんなに走ったのはいつぶりだろうか?
鍵を開けて中に入るとツンとした臭いが漂って来た。
アンモニアの臭い。電気をつけて中を探すと腕を縛られてパンツ
一枚で放置された渉くんがいた。
漏らしたのか酷い臭いと泣き腫らしたのか目の周りが腫れていた。

すぐに上着をかけると抱き上げて俺の部屋へと運んだ。
学校なんかにおいては置けない。
身体を拭くと俺のベッドに寝かせておく。
水分を飲ませたくても意識がないままじゃ、飲み込む事もできない。
俺は仕方なく、自分の口に含むと口移しで飲ませた。

こくんっ、と嚥下すると瞼が微かに震えていた。

目を覚ました渉くんに優しく触れると自分で止められない感情が芽
生えていた。
彼をだきしめたい。いや、ぐしゃぐしゃに抱いて、自分だけの渉くん
にしてしまいたい。

いつもの幼児に対して向けてしまう一種のトラウマ的な感情に心惹か
れながら、何度も口写しで水分を飲ませた。

「せん…せい…うぅ…うわぁぁぁーー」

怖かったのか、安心したのか涙が溢れ泣き出していた。



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