憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第二章 ── 前田 圭一 ──

再会──秘めごとの続き【1】

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(あれから……4年以上も経つのね……)

机の引き出しの片隅に、しまわれたままの小さな箱。

圭一との現場に踏み込まれた後しばらくして母からもらった───避妊具だ。
使用期限はそろそろ過ぎるだろうが、封を開けてもいなかった。

(変な物、くれたものだわ)

音を立てて、引き出しを閉める。
なんとはなしに開けた、三段並んだ一番下の引き出し。
滅多に使わない引き出しの中身のひとつ。

(無理もないか、あんな場面に出くわしたら)

くすっと笑う。皮肉をこめて。


現実的な対処といえば聞こえはいいが、放任主義───正しく言い換えれば、無責任。

そんな瑤子の両親が心配したのは、未婚の……しかも未成年のうちに妊娠されることであり、瑤子の心身を気遣うことはなかった。

ようは、世間体というものだろう。自分たちのことは、棚上げだ。

瑤子は小さく息をついた。

夕方から降りだした雨は、いまもなお、降り続いている。
雨音を聞きながら、椅子から腰を上げ、ベッドに横になった。

(あの日も、雨が降ってたのよね……)

せつない記憶を封じるようにして、この4年間、生活してきた。

想い出に触れずにいれば、普通に過ごせると、自分に言い聞かせて。

だが、本当に、『普通』に暮らしていたのだろうか?

初めて瑤子は、自身に、そんな問いを投げかける。

思えば、圭一とのあの経験が、瑤子の官能の扉を開け、また、その道を突き進むという行為を招いたのだろう。

(そういえば……)

ふと思いついて、寝返りをうつ。ぼんやりと天井を見上げた。

あおとケイくんって、似てる……)

話し方やしぐさ。表面の穏やかさの裏に隠された、激しいところなど。

(それで、蒼を『初めての人』に選んだの……?)

自分でも気づかないうちに、そういう思いがあったのかもしれない……。

とりとめもなく、考える。蒼と自分のことを。
彼を好きで、けれども恋愛感情でなかった想い。

彼以外の者とも積み重ねた経験。得られた快感は、瞬間に消え去っていた。

にもかかわらず、蒼と肌を重ねる時は、他の誰よりも心地よかった───その、意味。

(ケイくんの、代わり……)

蒼が自分に与える快楽を、圭一から与えられたものだと、すり替えていたのだろうか?

そんな風に考えたくはないが、蒼と自分の関係を支えていたのは肉体だけで、心のつながりがあった訳ではない。

(いくら似てても、別人なのにね)

瑤子の顔に、微苦笑が浮かんだ。

だとすれば、なるべくしてなった、終局。

蒼は、圭一ではない。
瑤子の肉体的欲求は満たしても、精神を潤してはくれない。

いや、できはしないだろう。
それができるのは、圭一だけなのだから……。

瞳を閉じて、ふたたび雨音に耳を傾ける。

相変わらず不在の両親のせいで、広さが増している家は、それ以外の物音はしない。

───だが、静寂を打ち破るように、固定電話が鳴った。

(誰だろう……)

午後10時すぎ。
両親は共に、外泊するとの確認はとってある。まず、二人ではない。

一人娘を心配して、などという理由で、かけて寄越すことのない者たちだ。

(家族じゃないよね、私たち)

冷めた想いで、瑤子はベッドサイドに置いてあるコードレスフォンを取り上げた。

「もしもし……」

名字は名乗らない。夜間は特に、意識してそうしている。
いたずら電話の可能性もあるからだ。

「───瑤子ちゃん?」

声の主が分からず、瑤子はどきっとする。聞き覚えはあるのに、見当がつかなかった。

「……どちら様ですか」

訊き返すと、受話器の向こう側で、ためらうような気配が感じられた。

間をおいて、苦笑まじりの声が返ってきた。

「俺のこと、忘れちゃった?」

声質よりも、抑揚の付け方に、在りし日の愛しさがよみがえる。

「圭一だけど……」

覚えてない? と、続く。
が、瑤子の耳は、半分以上その音を拾ってなかった。

(ケイくんからだなんて……)

タイミングが良すぎて、夢でも見ているのかと、錯覚を起こしそうになった。
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