憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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断章/葵篇

葵と私の関係【1】

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───『あおいが好き』

そのことに気づいたのは、つい最近のことだ。

そのとき私は、自分のもつ感情に少なからずとまどっていた。

女子校まわりの子から告白されるたび、私は異性愛者なんだけど、という否定的な思いと。
一途に誰かを想う、その少女らしい健気けなげな眼差しに、強い劣等感を抱いていたから───。

そう。

私は、普通に普通の、そのへんにいる男にしか、そういう感情をもたないんだと思っていた。





「───なんだよ。そっちから誘っておいて、そりゃねーだろ。
お前だって、その気があんじゃねーのかよ?」

…………またか。

葵の部屋(といっても、葵は他にもいくつか自分の部屋を持っている)の前で、溜息をついた。

誤解されないうちにやめときなって、あれほど忠告してあげたのに。

懲りずにまた、オトコ連れこんで。

しかも、ご丁寧に時間見計らって私を呼んでいるあたり、抜かりがない。

「そういう言い方って、白けるよねえ。もっとマシな誘い方、してほしいよ。
……どうせならね」

挑発的な笑みを浮かべる葵の顔が、容易に想像できる。
悪いけど、聞いてるこっちの方がシラケるよ。

家政婦のえつさんから預かったお茶セットを、扉の前に置いて、そのまま帰ってしまおうかと思う。

その瞬間に響いた、扉の向こうの鈍い音さえしなければ。

……帰れそうもない、か。

「はい。お茶が入りましたよー」

さりげない口調でなかに入るのは、毎度毎度の騒動にあきれ半分の思いからと、相手を刺激させないためのもの。

実際、相手の動きは、止まってくれてるし。

葵好みのルックスだな、というのが第一印象。

いわゆる体育会系の美丈夫が、がっちりとした筋肉質の上半身裸をさらし、葵のシャツを引き裂かんばかりに手をかけ、こちらを見ている。

「……いま、取り込み中だ。出てろ」
「でも、葵、イヤがってるし。無理やりって犯罪だよ? 分かってると思うけど」

私の言葉に、あからさまに頬をゆがめ、葵を床に押し倒したまま男が言う。

「同じこと二度も言わせんな。失せろ!」

唾棄だきせんばかりだ。
……あぁ、もう、面倒だな、ホントに。

仕方なく手にしたトレイを安全地帯───殺風景な部屋に不釣り合いの、アンティーク調のテーブルに運ぶ。

葵が他の自室から、必要に応じて持ち込んだものだから、なんだか、すごく場違いな感じなんだよね。

ま、私は嫌いじゃないけど、似合わないからよしなって、このあいだ教えてあげたんだけどな。

「聞こえねーのか、このアマっ」

中身のない男が好きだよね、葵って。趣味悪いよ。

唯美主義だかなんだか知らないけどさ。理解できない、私には。

「……男のシュミ変えてよ、葵。
私、こういうやから 相手すんの疲れたし、こんなヤツに拳ふるうの、もったいなくて」
「検討するよ」

ふっ……と小さく笑う葵。

言葉だけなんだから。

私たちのやり取りにカッとなったらしい男が、投げるように葵から手を放した。

立ち上がりざま、私に向かって来る。

「っざ、けんなっ! てめ、このっ───」

殴りかけ、息を飲む。
瞬時にひねられた腕に、声がでないらしい。

「彼、野球部のエースなんだ」
「あっそう。サウスポーなのね。……商売道具、折ってもいい?」

背中に回してやった左腕に力をこめ背後からすごむ私に対し、首を振って応える。

自分の置かれている状況が不利だってことに、気づける程度の男で良かったよ。
命拾いだね。



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