憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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断章/葵篇

葵と私の関係【2】

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綺麗な顔をしているくせに、葵はたびたび、その口もとにアザをつくっている。

あきらかに、殴られた跡を、だ。


葵は、綺麗で美しくあるものが好きで、それは、人から動物から自然から、あまりこだわりはない。
それらをフィルムに焼き付けるのを、日常にしている。

高校に入ってからは、それが主に身の回りの人間に向くようになったらしい。

今日みたいに、自室の撮影所に、モデルとして自分の気に入った相手を呼んだりなんかして。

でも、なかには葵の誘いを、モデルを口実にした口説きと思ってしまうような、そっち方面にしか頭がいかない人間もいるみたいで。

……正直、私は最近の葵の素行を感心しない。

そんな私の胸中をよそに、のんびりとした口調で葵が言う。

かえでが幼なじみで良かったよ。助かること、多いし」

顔は完璧に女の子。
体つきも華奢きゃしゃで、男色家が好みそうな、いわゆる美少年。

こんな男が好きだなんて、レズビアンな女の子と、そう変わらない。

えつさんが持って来てくれた救急箱から軟膏を取り出し、溜息をつく。

それから、葵の綺麗な顔に指を伸ばして、今度は感嘆の溜息。

……なんで現役男子高校生のくせして、こんなキメ細かい肌してるかな。

「……変なコトされなかった?」

「楓が入って来るのが、あと五分遅かったら、されてたかもね」

冗談ぽく言う葵に、少し胸が痛む。

葵がそういうこと、こだわらなくなったのは、いつなんだろう?

自分の身体が汚されるのを他人事みたく語った時のことを、私はまだ、忘れられない。

「葵……自分の体、もう少し大切にしなよ……」

ぽつんともらしたつぶやきは、葵の心に届くのかな。

かなり冷めきったオレンジ・ペコを飲みながら、葵はそうだねぇと、あいまいな笑いを浮かべる。

だから私は、自分の発言をフォローするように、突き放して言うしかないんだ。

「ちゃんと、ノーマルならノーマルって、断っておきなさいよ、もうっ。面倒がらずに!」

「別に僕、性別にこだわりはないよ。
男でも女でも、好きになったら関係ないし」

「えっ、バイなの、葵って!」

「なんでも決めつけたがるよね、楓は。

男でも女でも、自分の気持ちが、それだけ傾けられる相手に出逢えるかどうか、そこが問題なわけであってさ。

求めているのは、そういう魂の結びつきみたいなものだよ。性的指向がどうのじゃなくて。

今のところ、写真やってるほうが楽しいし。邪魔されたくないって気持ちも、正直あるからなぁ」

のんきに言い切って、傍らのCDケースに手を伸ばす。

楓が好きだよね、このアーティスト。
さっきの彼の置き土産だけど、良かったらあげるよ、僕は興味ないから。

……あんた、私にケンカ売ってんの? この人の曲聴いてると、落ち着くのよ。
私の還るべき場所なのよ───。

「あ。もうこんな時間……」

「夕飯食べていきなよ、楓。
どうせ、えつさんも用意してくれてるだろうし」

葵と話すのは息するのと同じで。

一週間も話さないでいると、抱えてる感情、もてあましてしまう。

なんでだろ。なんでこうなんだろう?

解んないけど、葵と一緒にいると、心が休まるんだ。



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