憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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断章/葵篇

『好き』のカタチ【2】

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       ☆


「や、めろっ……」

カメラから引き抜かれたフィルムが、ドラム缶の炎のなかへと近づく。

「やめろぉっっ……!!」

葵の絶叫をあざわらうかのように、フィルムは乱暴に投げ捨てられた。

取り乱す葵の姿を前にし、私はなんとか立ち上がる。

その時、左肩が鈍い音を立てた───。

無理やり解いた拘束に、信じられないといった表情で、男が一歩後ずさった。

「なっ……」

「殺すわよ。本気だから。
悪いけど、私、執念深いわよ? これでも一応、女だし。
死にたくないなら、あんたも……本気でかかってきなさいよっ……」

力をこめる右腕とは逆に、左肩の激痛から、脂汗が背中と胸もとを伝っていく。

少し……めまいがした。

「ばっ……馬鹿じゃねーの? 遊びだよ、こんなの。なに、本気にしてんだよ……?」

「遊び? 遊びだから、なんだっていうの?」

私は鼻で笑ってやった。

目の前に突き付けられた角材に、思いきりかかとを叩きつける。

瞬間、弧を描いてそれが宙を舞い、コンクリートに転がった。

ひっ……と、相手がひるむのが分かった。

そのまま距離をつめ、そいつの顔の前に手の甲を突きだし、寸前で止める。

「遊びでも───」

私の拳にびびって目をつぶった男のあごを、ぐいとつかむ。

「葵の本気、燃やしてんだからねっ。
あんたも……っ……、あんたの本気のオッズを示せって、言ってんのよっ!!」

勢いにまかせ、あごを突き飛ばすように放す。

よろめいて、しりもちをついた男から、葵を捕えた二人に目を向ける。

「あんたらもっ! それなりの覚悟は、できてるんでしょうねぇっ……!?」

「───っだよ、やってらんねーよ。なんだよ、この女……」

「オレ、関係ねぇからな」

怒鳴る私の姿を見て、ただでは済まないと感じたらしく、さっきまで余裕かましてた二人が後ずさりながら倉庫を出て行く。

「ま、待てよっ……」

残された一人が、おぼつかない足取りで立ち上がった。

けれども私は、そいつの腕をつかみ寄せ、今後いっさい葵に手出ししないという約束をさせる。

機械仕掛けの人形みたいにコクコクうなずく男から、投げるように手を放した。

情けないほど手と足をバラバラに動かし、去って行くそいつの背中を見送る。

ほっとしたのと同時に気がゆるみ、片ひざをついた。

「かえでっ……!?」

視界が、揺らいだ。
葵が私の側に、駆け寄ってきたのが分かる。

葵の『本気』は守れなかったけど、『葵自身』は護れて、良かった……今回は。

気を失う寸前、葵のごめんという声と共に、抱き止められたのが分かった。

そして、覆いかぶさる顔から、あたたかな滴が落ちたのを感じた。





「前に楓にいわれた言葉、返すからね、僕。
……楓、自分の身体、大事にしなよ」

「こんなの、稽古けいこじゃしょっちゅうだし、癖になってんのよ。
別にいいじゃない、生死に関わるわけじゃないし」

肩をすくめかけ、痛みが走る。
ごまかすように、あわててミルクティーをすすった。

葵の視線が、ちらりと動く。

私の浅はかさにあきれつつも、心配してくれているのが分かった。

そして、いまになってようやく、自分のしでかした事の重大性に気づく。

あんな風に威嚇いかくはしたものの、仕返しされる可能性も、残っているからだ。

ひょっとしたら、あいつら、また葵に手を出すかもしれない。

そしたら……そうしたら?

「大丈夫だよ。もう、あの連中の好きにはさせないから」
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