憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第九章 ── 関谷 友理 ──

別れの疑似体験【1】

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友理と入れ替わりで、尚斗が瑤子の部屋に戻って来た。

小さいカップのアイスクリームを持っている。

「姉貴が、ひょっとしたら冷たい物のほうが、口にしやすいかもって言ってたんだけど……。

食べる?」

ひょいと、目の高さに持ち上げ尚斗が訊いてくる。
瑤子は、乱暴に首を振った。

「そう?
食欲ないのかもしれないけど、ちょっとは食べないと、体によくないよ。

まぁ、姉貴が作った物じゃ、不安だろうけど……。
あ、オレ、味見しようか?」

いろいろと気を遣ってくれているのは、分かる。

しかし、瑤子はいま、尚斗の気遣いを素直に受け入れられる気分ではなかった。

掛け布団をたぐり寄せ、そこへ顔を伏せる。
悲鳴のように、告げた。

「いいからっ……、もう、帰って」

「瑤子さん……?」

尚斗が呆然とつぶやいた。

それは、そうだ。
尚斗にしてみれば、自分が好意でしてきたことを、すべて否定されたようなものだ。

わけも分からず、困惑して当然の状況だろう。

「オレがいないほうが、瑤子さんがゆっくり休養できるっていうなら……帰るよ」

それでも、なんとか自分のなかで結論づけたのだろう。

しばしののち、尚斗は立ち上がった。

「じゃ、お大事にね、瑤子さん」

尚斗の言葉が、瞬間、とてつもなく重い響きをもって、瑤子の胸を突いた。

感情のこもらない言い方は尚斗らしくなく。
そして、だからこそ瑤子の耳には、それが彼の『別れの言葉』のように届いたのだった。

「待って、尚斗くん……!」

(さよなら……って、言われた気がした……)

来るべき、ふたりの『別れ』の時にしか、聞くつもりのないセリフを。

本当なら、永遠に聞きたくもないことを、いま。

「ごめん…なさい……。お願い、帰らないで……! お願い……」

立ち上がっていた尚斗のシャツの背中をつかみ、瑤子はうつむいて懇願する。

気づくと、熱い涙が頬を伝い、やがて冷たくなって、あごから床へと落ちていった。

自分でも驚くほどの大粒の涙は、おそらく高熱も手伝っているのだろう。

すると、瑤子の指先が握り返された。
尚斗はふたたび、腰を下ろしたようだった。

小さな溜息が、瑤子の耳に入ってきた。

「……良かった、引き止めてもらえて。
このまま帰らなきゃいけないのかと思ったよ。

───え……って、瑤子さん、泣いてる?」

思わず、尚斗に背を向けた。
あわてて涙をぬぐい、もう一度、謝る。

「ごめんね……せっかく来てもらったのに……」

「いいよ。オレも、なんか意地悪かったし」

笑い含みの声と共に、尚斗が背中から瑤子を抱きしめてきた。

「病気の時って、理由わけもなく我がまま言って、甘えたくなるよね。
オレも、そうだし」
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