憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第十章 ── 関谷 友理 II ──

噂の爪痕【6】

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帰り道、尚斗は無言だった。

一緒に並んでいても、こちらに視線が向けられることすら、なかった。

瑤子のほうも、そんな尚斗の態度に、何をどう話せば良いのか分からずにいた。

「今日……ご飯、食べていく?」

それでも、いつものように、瑤子を家まで送り届けてくれた尚斗に対し、ためらいつつ声をかける。

思えば、そんな風に尋ねるのも、久しぶりのことだった。

二人の話の流れのままに瑤子の家に上がるというのが、決まりごとになっていたからだ。

「───お邪魔します」

瑤子と目を合わせずに、考えこんでいるようだった尚斗から、ようやく出たひとことだった。

瑤子はホッとして笑った。

「どうぞ。
……今日は、ミルクティーでもれるわ」

尚斗の態度は、先ほどまでの|頑
《かなく》なな感じから、いくぶん軟化しているようにも見える。

瑤子はドアを開け、尚斗を招き入れた。

後ろで尚斗がドアを閉める気配がしたので、瑤子は靴を脱いで玄関マットに片足を乗せた。

とたん、ぐいと腕を引かれ、バランスをくずした瑤子は、そのまま尚斗の胸に受け止められた。

「尚斗くん……?」

なんの前触れもなく、そのような体勢をとらされ、瑤子は驚いて尚斗の名を呼ぶ。

訳を尋ねようと仰ぎ見れば、尚斗の顔が瑤子の上に影を落としていた。

(冷たい……)

注がれる眼差しは、瑤子を観察するように見つめている。

およそ尚斗らしくない表情に、瑤子はとまどいを隠せなかった。

「尚斗くん、苦しいわ。放して?」

わざと冗談めかした口調で言い、尚斗から身を起こそうとする。

だが尚斗は、瑤子の身体を力任せに反転させると、玄関の扉に押さえつけてきた。

「……っ!」

背中に痛みが走る。

尚斗は、そんな瑤子を気にも止めず、強引に瑤子の唇を奪った。

荒々しく乱暴なくちづけの仕方に瑤子は混乱してしまう。

「……尚斗くん!?」

尚斗の唇が、首筋を伝い、片手がセーラー服のスカーフをほどいていく。

すそから入りこんだもう一方の指先が、下着の上からふくらみに触れ、瑤子はぎょっとする。

「やめて、こんな所で……」

次の瞬間、尚斗が悲鳴のように叫んだ。

「斎藤先輩とは、美術室あんなところでしてたのにっ」

びくっとして、尚斗を見返す。

ダンッ、と、尚斗の両拳が瑤子を囲うように、背にした扉に叩きつけられる。

「オレとは、玄関先こんなところじゃできないわけ!?」

肩で息するように言いきり、尚斗は怒りを内に向けるように、拳を握りこんだまま腕を下ろした。

「斎藤先輩と会ってたこと、オレ聞いてないよ……」

「尚斗くん、それは……!」

「別に、瑤子さんのしたこと全部を、報告しろだなんて言わないけど。
なんていうか……前に付き合ってた人と、そうやって二人きりで会うなら、瑤子さんの口から聞きたかったよ。
───人の噂話とかじゃなくて!」

言って、こちらをにらむように見た、尚斗の苦しげにゆがめられた頬。

瑤子は言葉を失って、立ち尽くしていた。

尚斗は、そんな瑤子から顔を背けると、落としていた自分のバッグをつかみ上げ、そのままの勢いで帰って行ってしまった。



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